22 勇者、生贄にされる
冒険者ギルド周辺での依頼は少ない。
近隣には表通りに冒険者用の服飾や雑貨の店、宿屋、飲食店が並び、裏通りには工房や貸し馬車屋などが並んでいた。
「専門店が結構あるね」
ゆっくりでもないがそれ程急いでもいない。
ミゲルはキョロキョロと店の看板を眺めながら感想を口にした。
武器屋、ではなく、盾屋や剣屋などと細分化された看板が多いのだ。
「分裂した」
簡潔すぎる説明にミゲルは首を傾げる。
ルシアは歩きながら元々は武器屋だけだったのだと説明した。
冒険者ギルドが在る街だけあって調整、改良の依頼が多い。
一口に盾と言っても、大きさ、重さ、形状等、希望する商品は人それぞれである。
各商品すべての規格違いを網羅すれば巨大な店舗が必要になってしまう。
そこで少しづつ店を分けている内に元々の武器屋は街道門近くへ移転。
こちらにある店舗は仕入先や下請け業者の扱いになっていった。
表通りには様々な規格の商品を見本として飾り、簡単な調整まではそのまま引き受けて販売。
それ以外の個別に改良を伴う調整は注文を聞いて裏通りの工房へ依頼を出す。これは受注生産に近い。
売れ筋の商品は既製品として街道門の武器屋へ卸す。
同じ商品でも調整が不要なら門や街道の店よりも安く買える。
「何店舗も立ち寄る面倒はあるけど、こだわりは聞いて貰いやすいし、冒険者には嬉しい形式」
感心している間に冒険者の区画を抜け広場に出た。
まだ朝市が開いており、パンや果物の露店が並び、朝食の屋台が出ている。
最初に取り掛かる依頼は朝市での買い物代行。
依頼主の所へ行って購入希望品を聞いて、料金を預かり、購入して届けるのだ。
ご高齢の依頼者が多く、ギルドで定期依頼の契約になっている。
「先に売っている物と金額を確認しておくと話が早い。残り少ない商品も忘れないで」
初心者冒険者はそのまま依頼主の所へ行くので、売り切れや金額不足で行ったり来たりして無駄に時間を浪費するのだ。
なるほどね、とミゲルはまた感心しながら覚えようとして、
「……知らない物が多すぎて覚えられない……」
と、困った顔になった。
移民冒険者あるあるである。
ルシアは指を指しながら頼まれそうな物をいくつか教えた。
購入と配達を終えて次に向かったのは雨どいの清掃。
建物は高くても五階までではあるが、高所作業と言える。
屋根伝いなので初心者冒険者には少し怖いかもしれない。
勿論二人にはなんの問題も無く、清掃自体もそれ程細かい物でもなかった。
「なんか靴がはまり込んでるんだけど?」
「取れなくて諦めたのね」
ルシアにはどうしてここを通ったのかは疑問にもならない。
次に向かったのは引っ越し荷物の荷降ろし。
引っ越し先には人手があるそうで、三階から一階に大型家具を降ろすだけの依頼だった。
運搬の荷馬車がすでに到着している。
三階からルシアが家具を放り投げ、一階でミゲルが受け取る、そんな高速荷降ろしで対応した。
次の依頼は街道門への弁当の配達。
ついでに精肉屋に立ち寄り、店長が魔獣に噛まれたかを確認した。
仮死状態の瀕死状態で最後の悪足掻きだったね、と店長は細くなった左腕を見せながら苦笑い。
中級回復薬で骨や腱は回復したが、筋肉や脂肪まで元通りとはいかなかったのだ。
命が無事で何よりである。
魔獣の種類や仮死状態の瀕死状態にどうやってなったのかを確認し、
「そうですか。冒険者ギルドでも参考にさせていただきます。こちらは情報料です。食後にでもお試しください。お時間いただいてありがとうございました」
と最上級回復薬の小瓶を手渡した。
それは一般人の半月分の給料が飛ぶ金額。情報としてもたいした内容ではなかった。
食後に全回復して驚くだろうな、とミゲルは内心で思いつつ、一緒に礼を告げて店を出た。
それから弁当を受け取り、ついでに二人分の弁当も購入して街道門へ向かう。
途中でカルメンの家の前を通ったので、
「こちらカルメン様へのお手紙です。お渡しください」
と門番へ手紙を手渡した。
街道門では二人とも顔が知られている。
非常に恐縮されながら弁当を受け取って、依頼完了票にサインをしてくれた。
ルシアが側溝工事の新人を確認したいと告げると、門の上を薦めてくれる。
螺旋階段があると言われて二人は顔を見合わせた。
「アントニオを縦に十五人分」
「え、外壁駆けあがったら駄目?」
遠見台としての役割もあるので結構な高さである。
好きにしてくださいと言うので、階段は遠慮して外壁を駆け上がった。
並んで腰かけ、少々早めの昼食になった弁当を食べながら、街道門の外で側溝工事をしている新人を眺める。
休憩前で気合を入れ直したのかなかなかの働きぶりだった。
街の中や外を俯瞰して見るのも面白い。
ベイティアには王宮はないが、立派な領主邸があった。
スタンピード対策で、領の人間の半数を収容できる様に建てただけで、中身は空っぽだとルシアは笑う。
「良い国かはわかんないけど、良い街ではありそうだね」
とミゲルは眩しそうに街並みを眺めた。
十二分に休憩をとった後は石材加工場の依頼を片付ける。
初級者冒険者向けらしく、とにかく岩を粉砕する、そんな雑な指示だった。
一時間程で三日分の岩を粉砕し、ホコリまみれになったのでルシアの風魔法で埃を落とす。
どうにもスッキリしなかったので公衆浴場に立ち寄った。
蒸し風呂と大きな浴槽は常温水。洞窟風の内装は最近の流行りらしい。
二人ともスッキリしたかっただけなので、ザバッと水だけ浴びてすぐに出てきた。
もう一つ商業地区での荷物の配達依頼が残っているのだ。
配達物の集荷場で荷物を受け取り、ニ十件ほど配達する。
集荷場に戻り受取のサインをまとめて提出して、依頼完了票にサインを貰えば本日の依頼は全て終了である。
「初依頼お疲れさまでした。……商業ギルドに寄るけど、ミゲルはどうする?」
「お付き合いありがとう。楽しかった。商業ギルド……は、一緒に行って問題なければ一緒に行く」
最後の行き先は商業ギルドに決定した。
商業ギルド前、アントニオは暇乞いの最中で、
「まだ食わす気か! 食った分だけ太るんだから勘弁してくれ!」
と叫んでいたので夕食にでも誘われているのだろう。
ルシアはとんでもない速度で老婆とアントニオの間に入って微笑むと、
「ギルドマスター、お迎えに上がりました。先代、お元気そうで何よりです。それでは、良い一日を」
と別れの言葉を口にしてアントニオの手を取ってくるりと回転させて歩き出す。
男女逆だが有無を言わせない完璧なエスコートだった。
え? とミゲルが視線を彷徨わせると老婆と目が合う。
「なんだい、ルシアの恋人かと思ったら、あんた、勇者だね? 夕飯食べていきな!」
え? と困惑するミゲルの背中に、
「完了報告は代理で出す。安心して夕食を楽しんで」
と言葉を投げかけて、ルシアはアントニオと冒険者ギルドへの帰路についた。




