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21 勇者、依頼を請けてみる


 冒険者ギルドの寮と本館の間には中庭がある。

 食堂からルシアとミゲルが通りかかった時に、何人かが戦闘訓練をしていた。


「職員さん?」


「教育部。初級冒険者の訓練」


 どうやら職員が初級冒険者へ訓練をしているらしい。


「切れなきゃ弾け! 距離を取って時間を稼ぐんだ!」


 剣と剣が重なり合い、職員が初級冒険者を弾き飛ばしては転がしている。


「頭から転がるな! 受け身を取れ! 大丈夫か?!」


 初級冒険者は片手を上げて無事を知らせていた。

 ミゲルには戦闘訓練をした経験がない。

 勇者スキルのおかげだろう、体は勝手に動くし、連携もラウルに指示されるままだった。

 連携指示に不備があれば体が拒絶するし、戦闘中に戦闘について考えた事はほとんどない。


「普通の人はあんな感じなんだねぇ」


 今までも冒険者ギルドの世話になった事はあるが、初めて見る光景だった。


「他のギルドでもやってる?」


 ルシアは首を振る。


「隣接する領のギルドはやっている。他はやっていない。他国は知らない」


 ダンジョン魔王城が近いから、だろうか。


「ダンジョンの謎が解明できても続くといいね」


 身の安全のためにも、とミゲルはぼんやり言った。


「産まれた所でも魔獣被害ってあったんだよねぇ。ああ、スタンピードとは関係なく、ね。こういう風に護身術とか教える場所があれば、死んじゃう人は減りそうだよね」


 別の初級冒険者は魔法で盾を出す練習をしている。

 職員は石を投げたり剣を投げては維持できる様に応援していた。

 微笑ましい光景だった。


「私も今はそう思う。マリアの発案。まだ三年目」


「意外と歴史が浅かった!」


「マリアが来てから導入した部分は多い」


「別世界から来たんだっけ? 空しかったり、寂しかったりしてない?」


 なにも考えずに発したミゲルの言葉に、ルシアは足を止めてその顔を覗き込む。

 茶灰の瞳に感情は乗っておらず、ただただミゲルを映していた。


「え? なに?」


「ミゲルがそう思っているのかと思って」


 パッと何事もなかった様にルシアはまた歩き始める。

 ミゲルは急に勇者と言われ、魔獣の前に出れば勇者なのだと分かり、勇者になって世界を旅する生活になった。

 マリアもまた急にこの世界に来て、この世界で生きて行かなくてはならなくなった。

 急に生活が全く違う物になったのは共通する部分で、それはルシアにも心当たりがある。

 二人との違いは、元の生活に戻りたいと思わない事、だろうか。

 家具職人見習いと暗殺者では違いすぎて共感はできないだろうと、ルシアは思う。


「……思う時もある、けど、遠いかな」


 だからミゲルの小さな呟きは耳に届いたけれど、ルシアはなにも返さなかった。

 寮から本館へ入る扉は職員用の扉になる。

 生活部から守衛として常駐している職員と挨拶を交わし、廊下を進めばすぐに冒険者受付の職員側に出た。

 ちょうど交代の時間で引継ぎに代表者が集まっている。

 ルシアはそれを横目に通り過ぎ、受付机の端にあるスイングドアを通って冒険者側へ出た。


「引継ぎの申し送りに参加する。すぐ終わるから依頼票でも見ていて」


 依頼票の前には引継ぎに参加しない職員が数名いた。

 話は聞いていたのだろう、にこやかにミゲルを迎えてくれる。


「おはようございます。依頼票をご覧になった事はありますか?」


「おはようございます。ないです」


「当ギルドでは右から左に向かって難易度が上がり……」


 すぐに始まった説明を耳にしつつ、ルシアは高速で引継ぎの輪に加わった。




***




「本気?」


 マリアが受付でらしくもなく言葉を崩した。

 目の前にはニコニコと依頼票を持ったミゲルと、隣に立っているルシアである。


「うん。ルシアは構わないって」


 そう言うミゲルが差し出した依頼票は十級冒険者用の配達や清掃ばかりだ。

 一応ルシアが選んだのか、急がずに一日でこなせる内容ではある。

 すうっと一度深呼吸をしたマリアは気を取り直して確認する。


「大変失礼いたしました。冒険者タグはお持ちでしょうか?」


 営業用の笑顔だ。


「あるよ。依頼は受けた事ないけど」


 ずるりと襟元から引きずり出したのは特級冒険者タグ。

 さすがにマリアの笑顔は引きつった。


「ぐっ……お、お預かりいたします。依頼票番号を確認いたしますので少々お待ちください」


 照会したミゲルの依頼達成履歴は確かにない。

 が。

 討伐履歴は尋常ではなかった。

 知らない魔獣の名前にマリアの瞳が輝くのを見て、ルシアは慌てて声をかける。


「マリア! 仕事中!」


 ハッとしてマリアは頬を染めて笑む。


「お時間あれば業務時間外に拝見させていただけますか?」


 今度は心からの笑顔である。


「別にいいけど。あれこれ聞かれても分からないよ? 目の前に来たのをヤってるだけで、何をヤってるのかは分からないから」


 魔獣に興味があるのだろうと気が付いたミゲルは、どんな魔獣か聞かれても困るので先に断りを入れた。

 途端にスンとしたマリアは、


「……そうですか。依頼票番号の確認が完了しました。こちらにサインをお願いします。こちらとこちらは本日中に完了報告が必要な案件です。ご注意ください。こちらが依頼完了票です。先方から終了時にサインを貰ってください。それでは、無事なお帰りをお待ちしております。行ってらっしゃいませ」


と営業用の笑顔も忘れて手早く書類をまとめた。

 ミゲルは書類を受け取りつつ、


「ありがとう、行って来ます」


と返事をする。


「行って来ます」


 続いて言ったルシアに、


「ルシア、ついでに側溝工事に参加してる新人を見てきてくれない? あと角の精肉屋の店長さんが魔獣に噛まれたって噂になってるから確認してきてほしいの。それから商業ギルドの近くの依頼って昼に行くの? 夕方行くの? ギルマス目的なら夕方にしてくれない? もうギルマスが帰ってたらいいのだけれど、まだ居たら入れ替わりでもいいからこっちに帰してくれる? 副ギルが夜に鍛冶工房に行くのよ。執務室が無人になっちゃうから。あ、完了報告が遅くなる場合はその旨ギルマスに伝えて頂戴。引継ぎの時に特例で通しておくから。それから依頼内容的にカルメン様の家の前を通るわよね? この手紙を門番さんへ渡してちょうだい。表が門番用のメモ書きで開けたら執事さん用のメモ書きが入っていて、中にカルメン様宛の手紙が入っているわ。だから渡すだけで特に指示をしなくて大丈夫。それから今日は化粧が薄いけれど日焼け止めは塗った? 赤くなるのだから塗っていないなら帽子を……」


怒涛のお願いと注意事項が続いた。

 双方無表情で小刻みに頷いているのがなかなか怖い。

 うん、マリアは、空しかったり、寂しかったりはしなそうだね、とミゲルは思った。

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