表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/32

20 ルシア


 巡回から戻ったアントニオとルシアは交代でシャワーを浴びる。

 アントニオは髭のついでに頭髪を剃り、ルシアは頭髪を剃ったついでに化粧をした。

 本日のルシアは自身の毛髪で作った短い白髪のウィッグを選ぶ。

 顔は白斑を隠して整えただけで素顔に近い。

 ミゲルが、素顔が一番だと思う、と言っていた。

 それならこの装いでも不快に思う事はないだろう。

 短時間で身支度が済むのでルシアにとっては楽なのだ。

 時間になったのでギルドの制服を羽織り、食堂に向かう途中の廊下でミゲルと出くわした。


「おはよう、ルシア。ギルマスも、おはようございます」


 他の勇者メンバーはまだ眠っているらしい。

 ギルドからの送迎馬車が八時に予約されているので、


「ギリギリまで寝ているつもりだろ?」


と、アントニオが笑った。

 朝はスープとサンドイッチ、そこに果物が定番だ。

 量は大・中・小と選べ、ルシアは迷わず大を三人分注文する。

 アントニオは厨房で手土産の依頼をしているので、ミゲルと一緒に受け取って適当に空いている席に置いた。


「足りる?」


「足りない」


 ミゲルは困った顔をしてパンを追加しに行く。

 ルシアも後を追って、隣の飲料が並んだテーブルでコーヒーをカップに注いだ。アントニオとルシアの分だ。


「ミゲルは?」


「ミルクだけー」


 ミゲルの分もカップに注いで、二人で席に戻る。

 二人が食べようとしたところにアントニオもやって来た。


「足らんだろ?」


 席に着いたアントニオは、自分のサンドイッチから肉を半分抜き取ってミゲルの皿に移してきた。


「え、あ、」


 ミゲルはびっくりしてお礼を言いそびれる。

 アントニオは次に本日の果物、オレンジをルシアのトレイに置いていて、気にした様子もない。


「アントニオ、ちゃんと食べて。プリン、頼んだ?」


「ああ、頼んだ。昼に食い攻めに合いそうだから調整だ、調整」


 それからミゲルに笑いかけて、


「若いんだからたくさん食えよ」


と目を細めて笑う。

 それから二人は限界までサンドイッチを圧縮して千切って口に運び始めた。

 行儀が良いのか悪いのか。

 とにかくアントニオがルシアを育てた事が見て取れる光景である。

 一般的な食べ方ではない。


「そういえば、ルシアは、ルシアを……作った人? を知っているの?」


 生みの親だと母親だけになるかと、ミゲルは考えすぎて変な聞き方をしてしまった。

 アントニオは生みの親で分かるだろ、と笑い、ルシアは、


「ボルソバ国のロブレド子爵」


と、あっさりと口に出した。


「産まれた時。一つは、全身が白斑でまだら模様だった。もう一つは魔素経路異常で全身から魔力放出をしていた。二つの理由で人間ではなく悪魔と断定。森に捨てた」


「その魔力放出のおかげで拾われたんだから異常があって良かったけどな」


 アントニオも全く気にせずに付け加える。

 質問した当のミゲルは二の句が告げなかった。


(それで拾ったのが暗殺集団なんだよね? 良かったで片付けていい話なの?)


 内心は大荒れである。


「制御は覚えた。安心していい」


 黙っているミゲルにルシアはそんな風に言ってスープをかき混ぜた。

 なにか話さないと、とミゲルはちょっと慌てる。


「ええっと……なんで実の親が分かったの?」


 ルシアはモグモグと咀嚼しながら、少し考えた後、


「特級冒険者になったから」


と答えたが、それだけだと分からない。

 アントニオがため息を吐いて話を続けてくれた。


「こいつは十八の時に特級冒険者になったんだが、そうすると王宮で授与式がある。ただ、所属がボルソバ国になってるんで、トルエバでは受けられなくてな」


 結局ボルソバ国の授与式に参加する事になり、そこに列席していたロブレド子爵の目に止まったらしい。


「顔が子爵家の顔立ちだった。年齢も合致」


 ルシアはコクコクと頷く。

 どこからどう見ても親子といえる程度には父親似だった。


「跡継ぎがいないとか色々言っていたが、ありゃあ、特級冒険者って肩書を惜しく思ったんだろうな」


 娘ではと詰問されたが、まだら模様の肌は化粧で隠し、放出していた魔力は制御できている。

 人違いでしょうと、その場は逃れたが。


「帰りに馬車を襲撃された。返り討ち」


 ふふん、とルシアは誇らしげに笑った。


「そもそも娘に名前すら付けていなかったんだ。ルシアと顔が似てなきゃぶん殴ってたな」


「あの時の、俺の娘だ! 発言はいまだにショック」


「そこは感動しろよ!」


「せめて二十を超えたら見る目も変わると思っていたのに全然変わらない」


「はっ! 何言ってんだ最近モテやがって。中途半端な男は許さんからな」


 見た目が似ていないからか、ルシアに娘の自覚がないからか、見ただけでは父娘には見えない。

 けれど、雰囲気や行動はとても似ている。

 親子よりは、叔父と姪とか、親戚っぽいのかな、とミゲルはぼんやり思った。

 ガっとアントニオがルシアの顔を掴んでぐるっと横を向けて首を指差す。


「大体みろよこの首の模様! なにが悪魔だ! 天使の羽根みたいだろう!?」


 首には空を飛ぶ鳥の羽根みたいな模様がある。


「アントニオ! カツラがズレる! 放して!」


 ジタジタとルシアはアントニオの手首をつかむがアントニオは不動。

 さすがギルマス。


「うん、悪魔には見えないね。天使かも」


 ミゲルは笑って同意した。


「大体肌がまだら模様程度で悪魔ったってなぁ? 冒険者なんて顔が物理的に半壊しているヤツもいる。むしろ俺が悪魔だと思う顔はあれだ、表情と内面が一致しねぇヤツ。……そう考えると確かにお前、ちょっと悪魔顔かもな」


 ルシアは少々表情が乏しい。


「そういうアントニオだって怖がられる顔」


「面倒事が減って都合がいい……と思ってた時期が俺にもあった……むしろ面倒なヤツほど寄って来るのなんだろうな? 顔の印象ってのは人それぞれだよなぁ?」


 アントニオはパクリといつの間にか最後のひと口になっていたサンドイッチを口に放り込み、パンパンと手を叩く。


「ミゲルは覇気がねぇ顔してるよな。元気出せよ、勇者殿」


 アントニオはニカリと笑ってスープを一気飲みして席を立った。

 その背中を見送ってミゲルはようやく口を開く。


「なんて言うか、しれっとしてるね、ギルマス……」


 ミゲルにはさすがにルシアにそこまで踏み込んだ会話をするのは無理だ。

 話の内容だってどこまでも重たくて酷い内容なのにさらりと語って見せた。

 いや、ルシアに言わせたくなかったのもあるのだろうか。

 節目がちに笑んだルシアがひどく綺麗に見えて、ミゲルは息をのんだ。


(中途半端な男、ね)


 勇者業以外で頑張るのは久しぶりだけど、とミゲルは飲み切ったカップを置いて立ち上がる。


「行こっか。今日からよろしくね」


 エスコートの為に差し出した手に、ルシアはそっとオレンジを乗せた。



※果物は皮を剥かずに提供されるのでおやつに持ち帰る職員さんが多いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ