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19 ラジオ体操感覚なのよね? byマリア


 生い立ち故か、職業故か。

 深夜、自室のベッドに戻って来たアントニオに気が付いてルシアは覚醒する。


「……」


 悪い、起こしたか?

 逆の場合もある。

 起こしてごめんなさい。

 お互いが実際にその言葉を口にしたのは一度だけだ。

 一応一度は口に出してみた、その程度の、確認。

 お互いが目を覚まさない方がどうかしていると思っている。


「……」


 自分のベッドで寝ろ。

 アントニオからルシアへ、その言葉だけは定期的に投げかけているが、聞くつもりはないらしい。

 不自然にベッドの端で寝ていたルシアは再び目を瞑り、アントニオは空いた反対側へ入り込む。

 触れるか触れないか。

 ルシアの手の小指が、アントニオの腕にそっと近づくのも毎度の事だ。

 明確に触れたと言い切る程には近寄らない。

 二人ともすぐに眠りについた。

 眠ればお互いを認識できない程度まで気配が消える。

 ダンジョン内で眠る時、イビキや呼吸音は魔獣の餌食になるのだ。

 生活に根付いてしまった職業病、あるいは癖か。

 けれど、そうやってすべての境界線が消失する様な感覚を、ルシアは幸せだと思う。

 ルシアにとって眠りは、コポリと下向きに沈み、沈み切って水面に出る、そんな印象だ。

 浮上する手間が無くていい。

 パチリと目を開ければ、アントニオも目を覚ましたところだった。


「おはよう」


 微妙にアントニオの方が早かった。

 ルシアは少しだけ悔しいと思う。

 たまにはじっくりと寝顔を観察してみたい。もちろん逆の立場なら断固拒否ではある。


「おはよう」


 二人ともアンダーのまま眠っていたので上から制服を羽織れば着替えは完了だ。

 いつなにがあるかわからない。

 有事の際に着替えのせいで出遅れるなど言語道断。


「今日も一日忙しい?」


「そうでもない。暇も困るけどな。今日は商業ギルドのばあさんに呼ばれている。昼に出る」


 言わずとも予定は把握しているが、会話は大切である。

 商業ギルドのばあさんとは先代のギルドマスターで、いつ死んでも誰も驚かない年齢だがまだまだ現場にいたいらしい。

 自分が動けない分、アントニオはよく呼び出されている。

 ルシアなど顔を出せばひ孫扱いだ。


「マリアのプリン。先代の歯に優しい。手土産に良い」


 軽く体を伸ばす運動をしながらアントニオは頷いた。


「なら後で頼むかな」


 アントニオも最近は歳のせいか急に動くとピキっといくと言い出した。

 ピキっと? と、ルシアにはちょっと意味が分からなかったが、時間が合えば真似をして一緒に体を伸ばしている。


「そっちはどうするんだ?」


「ギルド内、案内する」


「いや、それ、半日もいらねぇだろ」


「……仕事もする。大丈夫」


「休め。そんで休ませてもやれ」


「ラウルもブランカもレオンも今日は仕事。問題ない」


「……ミゲルが良いっつったらな?」


 ポンポンとルシアの頭に手を置いてアントニオは困った様に笑った。

 一通り体を伸ばし終えたアントニオは、窓を開けて外を見渡す。

 ようやく空が白み始めたところで、まだ人通りもない。


「朝の巡回に行くがどうする?」


 室内側に顔を向けて窓枠に腰かけながらアントニオが聞いた。


「行く」


 ルシアは間髪入れずに答える。

 アントニオはそのままニカリと笑って、後方、窓の外に体を倒した。

 下に向かって壁を使って後転し、そのまま壁を駆け下りる。

 ルシアは後を追う様に窓から飛び降りると、アントニオを追い越して地面に着地した。

 街の治安を守るための巡回でもあるが、要するに基礎体力造りや体力維持の為の本気の走り込みだ。

 少なくとも冒険者ギルドでは技術部と処理部、教育部の人間が一日三回、朝昼晩と行っている。

 冒険者ギルド名物と言ってもいいかもしれない。

 裏路地を確認するために壁や街路樹、屋根を移動していると、技術部のレオノールを発見した。

 どん、とアントニオが背中に蹴りを入れて通り過ぎる。


「わわっ」


 ベしょっと壁に激突してズルズルと地面に落ちた。


「痛ったぁ……え? ギルマスだ! うう……気配がなさすぎる……!」


 レオノールは調合課の女子であまり戦闘能力は高くない。


「あれ、ルシア様だ! おはようございますー! うふふ」


 前方から街路樹の上に立っている処理部のリタが手を振って挨拶してきた。


「おはよ。あと誰?」


 ルシアも街路樹を駆け上がって街を見下ろす。


「総務のホアキン、うふふ」


「え? なんで?」


「ギルドの食料を盗んだコがいて、ふふ、ふ」


 リタが笑いながら言う。

 アントニオも近くの建物に飛び移ってきた。


「夜勤中か?」


 大声で話しているわけではないが、身体強化の応用で聴力を上げて話は拾っている。


「そうです、ふふ。配達の箱を一箱ごっそり、ふふふふふ」


 リタは笑いっぱなしである。

 アントニオは片眉を上げてため息を吐いた。


「ホアキンにちゃんと教えてやれよ、食料は入ってねぇって。夜勤の処理部は誰だ?」


 夜勤中に盗人が侵入、いち早く気が付いた処理部が箱の中身を全て出し、


「トニです、ふ、ふふふ。は、箱に、入ってました、あははは」


中に潜伏しているらしい。

 そして盗まれる所に居合わせた総務のホアキンが慌てて後を追ったのだろう。

 とんだ無駄骨だ。

 リタの笑いは収まらない。

 身体強化で視力を上げて何かを見ているのだ。


「あ?」


 アントニオとルシアも視線を追って、リタが見ている場所を見た。

 路地の行き止まり、六人青年が箱を取り囲み、近づいては弾かれている。

 トニが箱の蓋を開け閉めしつつ、青年たちをおちょくりながら的確に攻撃していた。


「あ、レオノールが来ましたよ! うふふふふ」


 騒ぎに気が付いたレオノールが路地を覗き込み、何かを投げつける。

 煙ではないが、路地への視界は遮断された。

 それからせっせと路地の入口に赤い粉を撒く。

 しばらくして全員が鼻をつまんで路地から走り出て来た。

 顔を真っ赤にして涙を流しているので、涙腺を刺激するなにかだろうか。

 赤い粉は足を固定して一人、また一人とつんのめって積み上がる。

 さすが調合課。

 でもその薬品、魔獣用では? と三人は思ったが口には出さない。


「トニも出てきたな」


 レオノールの攻撃は効いていないのか余裕がありそうだ。

 もちろん箱からは出ており、肩に担いでいる。

 赤い粉を跳躍して避け、箱を降ろした。

 上機嫌に上から順番に青年を箱に詰めて蓋を閉じる。

 どうしてあの人数が箱に収まったのかは謎である。

 それから箱を兵士に引き渡して巡回を続けた。

 途中で総務のホアキンが汗だくで植え込みに胃の内容物をぶちまけていて、


「体力なさすぎんだろ。座職も参加させるか……」


とアントニオは真剣に考え込んでいた。



 後日座職者に提案したが、


「一時間全力疾走? 毎日? 普通に死ぬけど?」


と提案した全員から返って来たので、座職者の参加は無事に見送られた。

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