18 ぐいぐい来られると逃げたくなる
「調査が追い付きませんよぅ!!」
ダンジョン魔王城の調査が進み過ぎて泣きだしたのはレオンだった。
検体を持ち帰りすぎたのだ。
可愛らしく両手を上下に振りながらの発言である。
右手に鉈、左手に引きずり出した腸を握りしめ、胸から下が血まみれでさえなければ。
「ではしばらくは調査をお休みにしましょう。報告書の作成を手伝います」
と、ラウル。
「じゃあアタシは解析を手伝うわ」
と、ブランカ。
ミゲルの返事は待たずにラウルが積み上げられた検体を数えながら、
「レオンにもお休みが必要ですし、再開は五日後でいかがでしょうか? ギルドの方は問題ありませんか?」
ルシアに訊ねる。
「私は問題ない。ロベルトは?」
ルシアと同じくすっかり勇者一行担当になっている解体課のロベルトも、
「こちらも問題ないです」
とラウルに返事をした後、
「毎日決まった時間だしな。解体場所が違うってだけで楽なもんだ。解析対象外の買い取れる部位で人件費も相殺できてる。経理部にも文句は言わせねぇよ。特別手当は期待してっけどな」
と、ルシアに向けてにかりと笑った。
「ギルマスに伝えておく」
つられてルシアも小さく笑った。
そろそろギルドから送迎の馬車が来る時間である。
今日は全員で帰り、明日から三日間は解体、検査作業。二日休んでの調査再開が決まった。
ロベルトも同様に三日間参加して二日間の休暇。
ルシアは通常業務に戻るので、なにかあれば声をかけてと締めくくる。
ミゲルはずっとぼんやりしていて話には加わらなかった。
解体も検査も技術職で、簡単に手伝える作業はほとんどない。
技術があればルシアが参加しないのか聞くはずで、それもないのだから技術もないのだろう。
誰も声をかけない状況が気になって、質問を投げかけたのはロベルトだった。
「勇者さんはどうするんです?」
解体小屋で一日過ごすのも暇だろうし、一人でダンジョンへ行かせるわけにもいかない。
これ運んで、これ洗って、などと雑用を頼むわけにもいかないだろう。
ぼんやりしているが、勇者様、なのだ。一応。
「えー? ぼく? 基本的に役に立たない男だからなぁ」
なるほど。役に立たない返事が返って来た。
ブランカが苦笑いを浮かべて頬に手を当てる。
「まぁ、いつも通り同行してたらいいんじゃない? なにかしらやる事はあるわよ」
どうやら雑用を頼めばよいと思っているらしい。
いつも通り、と言うのだから、ミゲルは普段からあまり単独行動は取らないのだろう。
「……うーん……」
考え込むミゲルに勇者一行の三人はちょっと慌て始めた。
「寮で休憩していても構いませんよ?」
「そうですよ! ミゲル様は解体現場は苦手でいらっしゃいますし!」
「お買い物にでも行ったらどう? ほら、こっち特有の家具とか、実家に送ってみるとか」
「……うーん……」
ちょうどその時、迎えの馬車が到着して御者が解体小屋を覗き込んだ。
「お疲れさまです。お迎えにあがりました」
全員、わたわたと立ち上がって準備を始める。
ギルドへ持ち帰る荷物がそれなりにあったので、話は何となく流れてしまい、結論が出ないまま帰路についた。
結局どうするの? と聞く間もなくミゲルは寝息を立て始めたので、
「大人なんだし、あんまり心配しても、ねぇ?」
とブランカがミゲルの頬を突き、
「ギルドにはご迷惑にならないと思います」
とラウルがルシアに向かって告げたが、到着と同時にその発言はひっくり返された。
到着しましたよ、とレオンに肩を叩かれて、
「……ああ、うん、五日間はルシアと一緒に過ごすね」
起き抜け第一声。
それはもう、ふんにゃりとした笑顔で。
「え?」
瞬間的に眉間にシワを寄せてルシアが聞き返す。
「五日間はルシアと一緒に過ごす」
同じ内容が返って来た。
「は?」
「五日間はルシアと一緒に過ごすから」
「なぜ?」
「五日間はルシアと一緒に過ごしたいから?」
「は?」
「五日間君と一緒に過ごしたい」
「……寝ぼけてる?」
馬車を降りるのも忘れ、全員で動きを止めてしまったところにまた御者が覗き込んだ。
「どうされました?」
「あ、降ります、降ります」
従者らしく慌ててレオンが立ち上がり、
「勤務時間中も同行したいならギルマスの許可取らねぇと」
と、ロベルトがルシアの肩をポンと叩いて立ち上がる。
「……」
本日の報告にアントニオの執務室に立ち寄る予定ではあったが、許可を取るならば付いてくるのでは? とルシアは気が付いた。
(せっかくの二人の時間が……!)
キッとミゲルを睨んだが、ミゲルはちょうど欠伸をしたところだった。
どこまでも気の抜けた勇者である。
ルシアの願望は空しく散り、結局全員で執務室に行ってアントニオに本日の報告をした。
「ルシアもロベルトも変則勤務で固定中だから好きにして構わない。休みだけはきっちり取ってくれ」
アントニオは資料に目を落としつつ、先にギルド職員二人に告げる。
つまりは、任せる、そういう意味だ。
「……ぼくは五日間ルシアと過ごしても大丈夫?」
軽く手を上げて言うミゲルに、アントニオは片眉を上げてルシアを見る。
ルシアの顔には、断って、とはっきりと書いてあった。
アントニオは見なかった事にして説明する。
「期間中、ルシアにギルド内の配置予定はないが、これでも部署の責任者だ。報告会や会議は遠慮してくれたら助かる。その他は同行しても構わんが、」
そこで一度言葉を止めて、ルシアへ一度視線を向けた。
なに? とルシアは目を丸くしてアントニオを見つめ返す。
「……休暇にはなんねぇだろ……」
独り言の様に吐き出したのはため息交じりの忠告だ。
けれどミゲルは、
「ああ。それで大丈夫」
とこくりと頷いて、満足気にルシアへ笑いかけた。
「五日間よろしく、ルシア」
ルシアは嫌そうに眉根を寄せて、
「明日から、ね?」
と後ずさった。
「うん。これからトニとかと報告会でもするんでしょ? 後で食堂で顔を合わせたりするかもしれないけど、今日はこれで解散でいいんじゃないかな。明日は何時から動く? 集合はどこ?」
いつになくやる気を見せたミゲルに、
「……六時、食堂」
と言い捨てて、ルシアはその場から姿を消した。
背後からはそれぞれの保護者が生暖かく見守っていたのだが、二人がそれに気が付く事はなかった。