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17 言葉だけ聞けば格言めいている


 ラウルはじっとアントニオの次の言葉を待つ。

 普通であれば、緊張が走る、そんな場面になるはずだった。


「アン! 近い!」


 ブンっとルシアがアントニオとアンの間にナイフを投げる。

 アンは飛んで来たナイフを掴み取り、アントニオから距離を取りつつルシアへナイフを投げ返した。

 ルシアに戻って来たナイフは手で払いのけられ、最後にトニの足元に刺さる。


「トニ! 連帯責任!」


「不条理!」


 言い返しはするが、トニは一歩も動かなかった。

 刺さらない事を分かっているし、信じてもいるのだ。

 それから地面を蹴ってナイフを地面から引き剥がし、器用に足の甲に乗せてルシアの手元目掛けて蹴り飛ばす。

 今度は受け取って、ルシアは元々収めていたフォルダーにナイフをしまい込んだ。

 それを横目に見ながら、アントニオは顔をしかめてラウルに言うのだ。


「言っとくが俺が名付けたわけじゃないからな」


 アンは大きく頷いて、


「双子で幸いでした。三つ子設定にしていたら三人目の名前がオになるところでした」


と付け加え、


「いやー、そこは伸ばしてオーにしただろ?」


とトニがルシアを見てにやりと笑った。

 ルシアは、名前がオの一文字になったとしてなんの問題があるのか、と言いたげに首を傾げるだけである。

 ラウルにとっては色々と聞き捨てならないのだが、あまりの内容に緊張感は霧散してしまっている。

 小さく息をもらして、


「念の為に後ほど詳しく聞かせてください」


と返して話を変えた。


「本日はなぜこちらに?」


 なにせラウル以外は全員力の抜けた状態なのだ。

 それはもう気を張っているのが馬鹿々々しいほどに。


「魔王城の定期点検だ。いつもはルシアを入れて三人で行っているんだが、今日はそちらに付かせているだろう?」


 アントニオはあっさりと答える。


「へぇ、ギルマスがわざわざ?」


 ミゲルが目を丸くして驚いた。


「運動不足解消を兼てな。お前さんらが来たんで座り仕事が増えて敵わん」


 ぐるりと肩を回しながら笑うアントニオはとても楽しそうだった。

 それから簡単にお互いのこれからの動向を報告し合う。

 アントニオたちは十階層まで下りながら魔獣狩り。

 勇者側は新しい転送陣の保護であるが、それはすぐに完了する。

 それなら帰りは十階層から上って魔獣狩りを手伝いましょう、と話がまとまった。


「俺、腹減ってるんだけど」


 ミゲルがぼやくが、ルシアは今からアントニオとの合流が楽しみなのだ。

 中止にされては困るとミゲルの口に携帯していたマリア作の栄養調整食品をぐいぐいと押し込んだ。

 マリア曰く菓子ではないらしいのだが、ほとんど焼菓子である。

 モグモグと咀嚼したミゲルは甘さにちょっと嬉しそうにした。

 そのうちロベルトが硬化材の準備ができたと言ってきたので、それでは後ほど、と二手に分かれる。

 勇者一行は再び転送陣を経由し、先程の場所に戻って作業の開始だ。

 出入りは簡単で魔獣が入り難い様に整えてから硬化剤をかける。

 固まるのを待ちつつ周辺の警戒をしたが、やはり大量の死骸に警戒してか、魔獣の影はない。

 あまり知能が高くても困るのだけれど、とブランカは思案顔をしつつ、最後に魔獣除けの薬を撒いた。

 短い作業中の雑談は主にアンとトニの話。


「そうだ、説明する」


 と言い出したルシアに、


「後でギルマスから伺いますよ?」


とラウルは言ったのだが、ルシアは首を振って話始めたのだ。

 ギルマスと話をする場合は時間を作り、執務室で会議や会合の形になる。

 勇者一行一同、こちらではなくギルマスに手間をかけさせたくないのだと察したが、


「十七歳の時、アントニオの養女になる前、母親代わりだった人」


このルシアの話し方である。

 アンが? 年齢的にそんな訳もない。誰か別の人物の話だろう。

 最終的には時間を作ってもらうはめになるに違いないとブランカとラウルは思った。

 ちなみにミゲルは、


(って事はギルマスって母親代わり?)


などと思ったが口には出さなかったので誰からも訂正されない。不幸な事故である。

 

「二人を連れてきて、名前はそっちで付けなさいって、置いて行った」


 物じゃないんだから、と今度は全員で思った。


「もういい歳だったでしょう? あの二人」


 自分の意志で来たんじゃなくて置いて行ったの? とブランカが確認すれば、


「二十歳だったはず。アントニオはすぐ人を拾う」


 きっと二人も拾うのだろうと、ルシアはその場でアンとトニと命名したそうだ。


「ええっと、元の名前とかは?」


 あんまりな話だなぁと、ミゲルが聞けば、ルシアはあっさりと言うのだ。


「元の名前、は、無いか、知らないか、だと思う。私も知らない」 


 それはどういう意味かと、ミゲルが聞く前にルシアは続ける。


「オスコリダは依頼毎に名前を変える」


 ごくりと息をのんだのはラウルだ。

 つまり、ルシアが七歳の時に解体されたはずのオスコリダは、少なくともルシアが十七歳までは稼働していた事になる。

 確かにアントニオはオスコリダの関係者がゼロではない、とは言っていた。

 隣国の王宮ではなく、諜報部と連絡を取り合っているとも。


「ルシア?」


 作業の手を止めてじっとラウルを見つめているルシアに、ミゲルが声をかけた。

 ふるふると首を振ったルシアは、


「硬化材、乾いたはず」


と壁を指差してミゲルに確認する様に促した。

 それからこそりと、ラウルにしか聞こえない声で告げる。


「どこの国でも、無理難題を言われたらギルドに相談すると良い」


 勇者を自国に都合よく扱う行為は、他国の一般市民を危険にさらす行為だ。

 魔王城から魔獣が溢れた時、真っ先に対応するのは冒険者になる。

 国の兵士は最後まで王族を守るだけ、そんな国も多い。


「うん、良さそー、移動しよっか」


 ミゲルが戻って来て、話は終わりとばかりに転送陣の前に立った。

 ああ、聞こえてたな、とルシアは気付く。

 もしも、どこかの国に捕らわれる時がきたとして。

 ミゲルは一人で反逆者として逃げ出すだろう。

 そして世界中の魔王城を破壊して、最後は反逆者として捕まるのだ。

 その時には勇者の力も消失して逃げ出せもしない。


「まぁ、今からたらればってもしかたないし」


 ぽん、とアントニオと同じ様にルシアの頭に手を置いて、ミゲルは笑った。



 その後、十階層から上った勇者一行は八階層でアントニオ達と合流した。

 戦闘狂風のトニと、暗殺者風のアン、これは想像通り。

 魔獣の足をひっつかんでぶん回し、無表情に殲滅しつつ進行するアントニオはちょっと予想外だった。


「武器は現地調達が基本だろ?」


 本日のギルマスの有り難いお言葉である。

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