16 それぞれの関係性
ラウルは神官服を着ているだけあって教会所属の僧侶だった。
「転送陣が設置可能で戦闘可能な冒険者と同等の体力がある僧侶は少ないのです」
転送陣は教会の秘匿技術のはずなのだが、特に隠す素振りは見せない。
ひょっとしたら隠蔽や幻惑の魔法で、見えている事と実際にやっている事は異なるかもしれない。
周囲を警戒しつつ、ルシアはラウルの言葉に反応する。
「……回復特化な印象。戦闘の想像がつかない」
どうも勇者パーティ―の三人は雑談をしながら作業をしたいらしいのだ。
毎回誰かしらかが話しかけてくる。
「ええ。私はあまり回復は得意ではないですね。上の下程度で……」
ルシアは中の下程度の回復魔法しか使えないので十分に凄いと感じた。
教会所属の僧侶基準だと不得意になるのか、と感心しながら続く言葉を待つ。
繊細な作業なのか瞬間的に何度か魔力が揺らいでいる。
ラウルのこめかみから顎に向かって汗が落ちた。
「……死霊系なら何万体でも秒で片付ける自信があるのですが、なかなか機会がありません」
「嫌な現場!」
思わず上げたルシアの声にラウルはふっと笑い、同時に転送陣が完成したのか、一度だけ地面が青白く発光した。
次回からはこの場所から調査を開始できる。
冒険者ギルドからの希望は最小で五人が転送できる大きさだったが、十人は余裕で転送できそうな大きさだった。
ルシアはラウルに魔力回復薬を渡し、壁際での休憩をすすめてからミゲルとブランカに声をかける。
「設置、完了!」
それから地面を殴りつけて岩片を作り、簡易的に壁を作り始めた。
転送して来てすぐに魔獣に襲われても困るし、転送陣を壊されても困るのだ。
魔力回復薬を飲んだラウルも汗を拭いてすぐに立ち上がる。
「円錐形に障壁を張りますから、岩片で覆ってください。ブランカに硬化して貰いましょう」
ミゲルとブランカも作業に区切りを付けて近づいて来ていた。
「硬化ぁ? 高温で溶かすか、スライムを塗すか……」
「高温……中にラウルが居たら蒸し殺しちゃわない?」
「……疲れているのでスライムにしていただけますか?」
「手持ちのスライムで足りるかしら?」
「オルーガは? この前踏んだら靴の裏固まったけど」
「ねぇ? アタシが芋虫をたくさん持っていると思ったの?」
「あれは粘着質なだけですよ。吸着は可能かもしれませんが硬度は出ません」
冒険者ギルドでもよく見るパーティ―の会話である。
噛み合っているのか噛み合っていないのかは謎であるが、仲は良さそうだ。
ルシアは耳を傾けても会話には参加しない。
普通であればほんの少し寂しく感じるかもしれないが、そういった感情は知識としてしか持ち合わせていなかった。
黙々と転送陣の一回り外側に岩片を積む。
「ルシア」
ミゲルに呼ばれてルシアは顔を向ける。
「なにかいい案はない?」
三人とも周囲への警戒もそこそこに、期待を込めてルシアを見ていた。
「……簡易的に、壁で隠す。一度戻って硬化材、持って来ればいい」
なにせ百体以上も魔獣を殲滅したのだ。
短時間ならこの場を離れても早々に転送陣が壊される様な自体には陥らない。
「なるほど」
ミゲルはどこか感心した様に頷き、
「ラウルが硬化しろとか言うからそっち方向で考えちゃったじゃない!」
とブランカが天を仰ぎ見て、
「……そうですね」
ラウルはバツが悪そうに顔を逸らした。
それから転送陣を五つ経由してダンジョンの入り口に戻る。
先程設置した魔方陣と同じ理由で、到着した先は冒険者ギルドが用意した解体小屋の中だった。
転送陣だけは別途部屋を用意してあったが、その部屋を出れば特に仕切はない。
「レオーン、戻ったわ!」
ブランカが声をかけながら部屋を出始めたので、全員で後を追う。
中央にある作業台の前、レオンと冒険者ギルド解体課のロベルトがなにやら話し合いの最中だった。
レオンはすぐに気が付いてロベルトに一言断りを入れ、従者の顔になって走り寄ってくる。
「お疲れさまです。お怪我はありませんか?」
最優先にしているのか、ミゲルの顔を見て言った。
全員魔獣の血と土埃で汚れているので怪我の有無は一見して判別できないのだ。
「ないよぉ。でも腹減った」
ミゲルはぼんやりと返事をしてレオンの横を通り過ぎる。
「ちょっと! 硬化材持ってすぐに戻らなくちゃならないんだから落ち着かないでよ? レオン、検体大量だからちょっと出していくわね」
ブランカはポンとレオンの肩に手を置いて小屋の隅、検体置場として用意した棚へ向かった。
「ありがとうございます。昨日の分が終わった所なので助かります」
レオンはブランカに礼を告げてからラウルを見る。
「レオン、お疲れさまです。全員問題ありません。硬化材を持ってすぐに戻りますから休憩はその後にします」
ラウルが事情を説明し始めたので、ルシアは小さく、
「おつかれさま」
とだけ告げてレオンの横を通り過ぎ、ロベルトに向かって片手を上げる。
「硬化材、建材の。乗合馬車サイズ」
ロベルトも片手を上げて、
「りょ。それより表にギルマス来てるぜ?」
などと言うので、ルシアは音速で解体小屋を出た。
「アントニ……ギルマス!」
業務中だったと思い出して慌てて言いかえたが、それでも意味が通る顔ぶれがダンジョン入り口に居る。
眉間にシワを寄せたアントニオが振り返った。
顔にしっかりとバカ娘と浮かんでいるが、視線の先はルシアの後ろ。
ルシアの速度に驚いて解体小屋から顔を出したミゲルを見ていた。
「お疲れさまです、ミゲルさん。ウチのルシアがご迷惑をおかけしていませんか?」
(みんなミゲル優先!)
ルシアはムッと口を尖らせるが、それに気が付いたのはトニだけだった。
ニヤッと笑って軽く人差し指でミゲルを指している。
「助かってます。ええっと、アントニ、ギルマス? じゃあその人がアン?」
ミゲルはぼんやりと首を傾げてアントニオの後ろに立っている女を見た。
アントニオが大きいのでミゲルから見ると体が半分隠れてしまっているのだ。
一歩横にズレた女はトニの腕に自身の腕を絡めながら言う。
「はじめまして。冒険者ギルド処理部のアンです。こちらがトニ」
「あ? 俺、挨拶済んでんだけど?」
同じ身長に同じく細身の体。
同じ茶の瞳と長さだけ違う茶色の髪。
普通の人間であれば並んで立てば双子だと確信してしまう程に似た顔立ち。
「はじめまして。よく似た他人だね」
ミゲルはあっさりと言ってのけ、
「あれって化粧で似せてるの? ルシアも化けるけど、器用だよねぇ。素顔が一番だと思うんだけど」
とルシアに顔を向けた。
本日のルシアは化粧をしていない。いつもより少し幼く、ミゲルと同じ歳ぐらいに見える。
答えないルシアの替わり、
「男女の双子であれば二卵性ですから、似せ過ぎかもしれませんね」
声を発したのは後から出てきてミゲルの前に立ったラウルだった。