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15 勇者のお仕事


 ピッと剣を振ると柄から青い炎が走り、後を追う様に水もまた切先に向けて走っていく。

 普通の人間では見えないその一瞬を、ルシアは感心して見ていた。


「珍しい?」


 剣をもう一度振りながらミゲルが聞く。

 ダンジョン魔王城、中層。

 ぽっかりと開いた広い空間、魔獣に囲まれて、襲われて、戦闘中の、雑談だ。


「切れ味?」


「そう。人間の血液と同じで、油とか、ね」


 三体程切れば切れ味が落ちる。

 火魔法で油を溶かし、水魔法で汚れを落とす、そんな便利機能が搭載された剣らしい。

 もっとも刃こぼれさせない勇者の腕あってこそ、ではある。


「便利」


 ルシアは後から飛びかかって来た熊型の魔獣に気が付いてしゃがみ込む。

 ミゲルはルシアの頭があった位置に迷いなく剣を振った。

 胴体と頭部が分かれた魔獣の血が降りかかる前に、ルシアは前進してミゲルの足の間に滑り込む。

 そしてミゲルの後方にいた蛇型の魔獣にナイフを投げながら体勢を整えた。

 トン、と、ミゲルとルシアの背中が当たる。


「そうでもないよ。おかげで休憩時間がない」


 ピッと再び剣を振る音がしたが、ルシアの視界には入らない。


「後で見せて。綺麗」


「いーよ」


 二人は触れた背を支えに反動で前に飛び出ると、同じく飛びかかって来た魔獣に攻撃を入れた。

 それぞれ三十は倒しただろうか、それでも通路からやってくる魔獣の数は減っていない。

 ここ魔王城の中層は冒険者ギルドの間引きの範囲外だ。

 踏破した履歴はあったが、広い空間ででくわした魔獣同士は縄張り争いをしている様だった。

 生態系が構築されているのならば迂闊に崩すのは危険と判断。

 また、これだけ広い空間であれば、ある程度の実力がなければ魔獣に囲まれて全滅もあり得る。

 危険区域とマッピングされて以降、誰も訪れてはいなかった。


(定期的に偵察していればよかった)


 ルシアは身体強化と重力操作を同時行使し、自身の常套手段である掴んで投げ飛ばすを繰り返している。

 自ら回転して遠心力を利用する余裕はなかったが、土人形型の魔獣を放り投げると五体程まとめて片が付き手っ取り早かった。

 ミゲルはそれこそ剣の型を練習している風である。

 魔獣の出方はあまり関係がないのか、決まった動作を淡々と繰り返している。

 

「邪魔!」


 ミゲルが斬り伏せた魔獣が足元に積もり始め、ルシアが一喝して解体された魔獣を投げ始めた頃、通路からの魔獣が途切れた。


「「……」」


 二人は同時に戦闘態勢を解き、魔獣が襲い掛かってくるのを待った。

 一斉に二人に向かって四方から魔獣が飛びかかってくる。

 その時、頭上に小さな光が灯った。

 ラウルからのサインだ。

 二人は同時に跳躍して中心から抜け出し、魔獣の背を蹴って走り出す。


「……エクスプロシオン」


 小さく声が聞こえ、ラウルの後ろにいたブランカの、伸ばした手の指先から光の矢が放たれた。

 先ほどまで二人が立っていた広い空間の中心部、放たれた光の矢が風圧で地面を削りながら到達する。

 本来なら一瞬静寂が訪れるはずだが、


「「あーーーー」」


二人が仲良く走りながら耳を塞いで声を出していた。

 爆発は瞬間的に周囲の気圧を高くする。

 鼓膜が破れるのを防ぐのに耳を塞いで口を開けるまでは分かるが、


(二人そろって声まで出すなんて)


ブランカは笑いながらピンと指を弾いた。


「ドンッ!」


 爆散。

 爆風に背を押されて跳躍した二人は、空中を歩く様に足を動かしてラウルの後ろに転がり落ちる。


「バレェラッ」


 ラウルがトンと杖を地面に叩くと、ぼうっと足元に光の円が浮かび、その光が上へと延びた。

 ドン、びしゃ、グシャ、と光の円柱に爆散した魔獣の破片が降ってきては弾かれる。


「あはは、間一髪だったわね!」


 円柱の中、ブランカが笑うが、そうでもないと、ルシアは口を尖らせた。

 勇者の能力ゆえなのか、毎回ミゲルがルシアを庇う様な体勢で下敷きになっている。

 ルシアにとっては着地点にいるのでむしろ邪魔なのだが、無意識なのでどうにもならないらしい。

 仕方がないので毎回重力魔法を行使して体重を半分程度まで軽くして着地し、速攻で退いている。


(手間のかかる人)


 だからそんな風に思った。


「そろそろ魔獣除け撒いてなにか食べない? 腹が減ってきたんだけど……」


「干し肉でも齧ってなさいよ! こっちはこれからが忙しいの!」


「この状況でよく空腹に気が付きますね……」


 円柱の外、魔獣の破片はまだ飛んで来ている。

 先程までルシアとミゲルが立っていた場所を中心に、魔獣の屍と血肉が円状に模様を描いていた。

 ミゲルは、はいはい、と、本当に干し肉を齧り始める。


「はぁ……そろそろ拾って来るわね」


 ブランカはそんなミゲルに呆れた視線を向けてから円柱を出た。

 魔獣には生殖器がなく、魔石と呼ばれている核の部分から肉体が形成されている。

 一説によれば、鍾乳石に動物の亡骸や鉱物の成分が混ざり合い、魔素を取り込んで生物化し、魔獣になるらしい。

 美しい鍾乳石に目を奪われていたら魔獣に襲われた、とは、頻繁に耳にする冒険者の話である。

 ブランカは比較的状態の良い種類違いの魔獣を拾っては収納魔法で消していた。

 ダンジョン入り口に立てた解体小屋で待機しているレオンが解析をする為だ。

 従者だと思っていたが研究者も兼ねているらしい。

 ルシアから見てもその解体技術と解析能力は素晴らしく、危うく冒険者ギルドに勧誘するところだった。

 魔石の種類や肉体構造の傾向などを調べ、先回りして原因が破壊できれば、人は魔獣の脅威から解放される。

 魔獣が湧かない世界を作る事、それが当代勇者の使命なんじゃないかなぁ、とミゲルは言った。


「魔獣を見たら倒さなくちゃと思うし、湧きそうな所に行きたくなるんだよねぇ。呼ばれてる感じ? 準備不足だと行く気にならないけど、準備が整うと早く行かないとって、そわそわする。ルシアがいるからかなぁ。ずっとそわそわしてる」


 ぼんやりと笑んで。

 それから犬歯で干し肉を引き裂いて、半分は口内に、半分はポケットに突っ込み、立ち上がりながら走り出す。

 話していた雰囲気との変化が異様だった。

 ゆっくりと舞い散る花びらが、突然質量を持って真下に落下する様な変化。

 まだ魔獣除けをしていない。統率が取れていれば偵察の魔獣か、そうでなければ先程難を逃れた魔獣だろう。

 ルシアも微かに立ち上がりかけ、止めた。


(私が行く必要がない)


 自分より早く気が付いたミゲルに対し、無意識に口を尖らせる。

 悔しいのだろうか? ラウルは光の円柱を解除しながら、そんなルシアを横目に思う。


「……役割分担でしょう。転送陣を引きますので、護衛をお願いできますか?」


(そう。ギルド職員として、同行)


 ルシアは自分でもなぜかわからない同行理由を反芻して、


「……了解」


と、どちらの言葉にも了承を込め、転送陣の設置に最適と思われる場所を指で示した。

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