13 本当は全員のステータスを知りたい
プリンの入ったカップに皿で蓋をしながらマリアが言った。
「それで結局どうなったの?」
ひっくり返してカップを持ち上げたが中身が出てこない。
「適宜貸出」
結局人手が足りていないのは事実だった。
道案内や伝達係、野営時に物資の運搬など、やってくれるなら助かる事柄はいくつかあるらしい。
「ふーん。うわ、カラメルだけ出てきた……!」
スプーンでプリンを押して、カップの周りに空気を入れてみたが、ポツポツとこげ茶色のソースだけが皿に落ちる。
「ダメだ! 潰しちゃいそう! 完璧に冷やせばイケるのかしら?」
マリアが厨房に頼んで作らせた、プリン、の正解をルシアは知らない。
焦がした砂糖液を入れた容器に、牛の乳と卵と砂糖を混ぜた液を注ぎ入れて蒸す菓子らしいが、カップはまだほんのりと暖かかった。
「冷やす?」
ルシアが聞くと、
「凍らせたらダメだから氷魔法はダメ。風魔法で冷える?」
マリアは真剣に答えた。
「できる」
ルシアは頷いてシュルシュルとカップの周りで風を起こす。
似た菓子はあるが、マリアには口当たりが硬すぎたり柔らかすぎたりするらしい。
表面を焼くのもなんだか違う様で、それはそれで美味しいとは言っていた。
けれど唐突に、故郷の菓子が恋しくなったと、休みに合わせて準備をしていたのだ。
それなら是非とも美味しく食べて貰いたい。カップを冷やしながらルシアは思う。
マリアには、自分で作らなければ故郷の味などどこを探してもないのだ。
「そういえば、勇者って勇者っぽくなかったわね」
「……勇者にどんな想像したの?」
そうねぇ、とマリアは顎を指でつまんだ。
「パッと見で強そうな雰囲気はほしいわよね。なんだか彼、こう、ぽやんとした感じじゃない?」
ぽやんとした感じとは?
ルシアは疑問に思いつつも浅く頷いた。
「金髪に緑の瞳は及第点だとは思うのよ? でもあの背中まである髪? それをまとめて左右のどちらかに垂らしている感じ? 絵面的に左右どちらかに固定してほしいし、なによりあの見た目じゃ勇者より第五王子あたりじゃない?」
あたりじゃない? と聞かれても第五王子の知り合いなどいないので分からない。
お坊ちゃんとでも言いたいのだろうか?
「……世間知らずって言いたいの?」
「……言ってないわよ? 不敬罪とかにならない?」
「不敬罪を適応する勇者って、嫌なのだけれど……」
「それはそうよね。王子を妄想してたからごっちゃになったわ。なんかほら、魔王城じゃなくて図書館に配置した方がしっくり来る見た目だと思わない?」
「……分からない。マリアの故郷ではそうなの?」
「故郷には王子も勇者も魔獣もいないってば。物語の中の話。ルシア、そろそろいいわ!」
もう一度皿で蓋をしてひっくり返せば、今度はぐしゃりと崩れて出てきた。
「出てきたは出てきたけど見た目が最悪ね」
眉間にシワを寄せたマリアは、
「勿体ない」
とカップ内に残ったプリンをスプーンでこそげ取って口に入れ、
「うん。味は大丈夫。美味しいわ」
と笑った。
「……それで、勇者パーティーにルシアが参加するとして、ポジションは?」
マリアはもう一つのカップを、今度は皿に出そうとせず、スプーンとセットにしてルシアに手渡した。
受け取りながらルシアは考える。
「勇者は剣士、魔導士と僧侶のスリーマンセル。だから、盾か斥侯?」
「だと魔導士も後方支援って事よね? 盾は盾でもタゲ取りか斥侯かぁ……ルシア、今って遠距離武器は?」
「投てきナイフのみ。タゲ取りってなに?」
「ターゲット……相手にコイツから潰そうって思わせる職業の人」
パクパクとプリンを口に運びながら、マリアは遠距離武器を頭に思い浮かべていた。
こうなったマリアにあまり話は通じない。
ルシアも仕方なくプリンを食べる。
やっぱり正解は分からないが、知っている味に知らない食感でそれなりに楽しい。
美味しいかどうかも正解が分からないので分からないが好きな味ではあった。
食堂の調理人もこれから食べる様でこちらを覗き込んでいる。マリアは気が付かない。
仕方がないとばかりにルシアが使わなかった皿と出し終えたカップを使い、ひっくり返す動作をした。
これは失敗品みたいだが意味は伝わるだろう。最後にマリアの皿を指差してみせる。
調理人は心得たとカップに皿で蓋をしてくるんとひっくり返した。
プリンはプルンと崩れる事なく出たので、プリンも人を選んでいるのかもしれない。
「イセザキ?」
マリアの故郷では、爵位持ちでもないのに全員に家名があるらしい。
五年前、森で茫然としていたマリアを発見したルシアは、すぐに鑑定魔法で確認したのだ。
見た事もない文字だけれど、意味や発音は分かった。
伊勢崎麻里亜。十九歳。職業学生。異世界転移者。
この地域では珍しい黒髪黒目の少女は、おどおどと目すら合わせなかった。
ここは危ないから取りあえず今夜は冒険者ギルドへ、そう声をかけて以来ずっとギルドに住んでいる。
故郷では引きこもってゲームばかりしていたけれど、そのゲームの世界観に似ているから。
二日目にぼんやりとそう告げて、あっという間に受付の定型文句を決め、勤務表を見直した。
もの凄い勢いと興奮状態で毎日楽しそうだったので、彼女にとっては不幸な事ではなかったのだろう。
気付けばすっかり馴染んでいた。
そのゲームとやらは冒険者ギルドにとって有益な部分も多かった。
パーティー編制や武器、戦闘方法を考える工程があるのだ。
どれだけ詳細な設定と情報が必要なゲームなのか見当もつかない。
「クロスボウ……許可申請無し所持禁止武器……!」
なにやら思い付いたのか、スプーンを頭上に掲げてうっとりしている。
クロスボウはこの世界にもあるけれど、とルシアは思う。
きっと考えている物とはまったく違う物なのだ。
「ルシア! 二十ターンかかるボス戦、十ターンで終わらせる攻略法考えるから任せて!」
ちなみにマリアの戦闘能力はゼロ以下である。
街を出る前に疲れてしまう体力のなさに加え、疲れてくると普通に足をもつれさせて転ぶ。
「By the way! 私ならホセを配置するけど、先方はルシアを指名して、ルシアも了承してるのよね?」
そしてマリアの喋る言葉は理解できない言葉も含まれる。
戦闘時は致命的だ。
戦闘能力はマイナスいくつだろうか。
「……見たのは私の戦い方、だけ」
ふーん? とマリアは意味ありげに笑った。