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12 育った場所


 どこから話したらいいのか、アントニオは少し迷った。


「オスコリダは暗殺者集団なんて言われちゃいたが、そりゃあ最初の頃は、だ。秘密裏に動くんだから、誰も知らねぇのが当たり前だろ? けどなぁ、その内暗殺に特化した集団じゃあなくなった。暗殺やら略奪やら、悪事の限りを尽くす、そんな組織になっていった。組織がでっかくなりすぎたんだな。関係ないのがオスコリダを名乗ったり、下っ端がボロ出したりで、ちょいちょい取っ捕まり始めて、拠点が割れた」


 この場でオスコリダを知らないのはミゲルだけ。だから簡単にオスコリダの説明から入った。

 悪事の内容は胸くその悪い話が多い。どんな組織だったかを知りたければ自分で調べればいい。


「本拠地は隣国のボルソバにあった。当時そこでソロ冒険者をやってた俺に、国から指名依頼が来たんだ。組織を解体してくれってな」


「え? そういうのって、国の兵士とかがやるんじゃないの?」


 驚くミゲルにアントニオは苦笑いを浮かべた。


「それこそ国王の暗殺を依頼するならオスコリダって組織だ。こっちも奇襲で強襲。選別して迷うなら全て殺してこい、そんな依頼だったんだ。組織だって動く国営の兵士とは相性が悪いだろ?」


 指名されたのは一組のパーティ―と、一組のペア、ソロのアントニオ。

 全員特級冒険者で盗賊討伐や戦争経験、つまりは対人戦闘ができる者が選ばれていた。


「闇に紛れて相手が気付かねぇうちに後ろからばっさり……なんて、どっちが悪人なんだかわからん現場ではあったな」


 ミゲルは上手く想像ができずに首を傾げる。


「実際にオスコリダの人間は強かったんだ。初っ端からまだ十代の女に躊躇して魔導士は喉を潰されたし、俺も最後の最後で自爆に巻き込まれて片足が潰れたからな。お互い騙し討ちの応酬みたいな感じだった」


 にかりと笑顔のアントニオではあるが、その眉尻は困った様に下がっていた。


「リーダー格を何人か片付けて、拠点内が騒がしくなってきた頃にルシアを見つけたんだ。部屋に一人、両手を上げて降参の体勢で立っていた」


 普通の子どもではないと一目見て分かった。

 洗脳、そんな言葉も頭に浮かんだ。

 依頼は組織の解体で、全滅ではない。


「頑なに降参体勢を崩さないんで、ベッドに放り投げて待ってる様に言ったんだ。ただ、自爆に巻き込まれたって言っただろう? 建物が崩壊する規模の自爆でな。さすがに逃げたと思ったんだが、念の為見に行ったら倒壊した部屋のベッドの下にいた」


 ルシアに反抗する様子はなく、潰れた片足の補助をしてくれた。

 そして二人は窓から脱出したのだ。


「まだ七歳だったが、身体強化も魔法も大人顔負けだったな」


 にわかには信じがたい話である。


「産まれてすぐに捨てられて、それをオスコリダが拾ってな。暗殺者の英才教育を受けてたんだ。笑えるだろ?」


 誰も笑えなかった。


「英才教育って?」


 ミゲルが硬い声で質問する。


「そのままの意味だ。体は成長途中だから知識の方が先行していたらしいが、聞く限りあまり人間らしい扱いではなかったな」


 覚えなければ、できなければ、死ぬ。

 そんな環境だったと聞いた。

 餓死や衰弱の長期に渡る精神的圧力から、窒息や時間制限のある短期的圧力の中で育ったと。

 ミゲルには想像もつかなかった。だから聞いてしまったのだ。


「例えば?」


「春先にあらゆる鍵の壊し方を覚えるまで飲まず食わずで教え込む。それから真冬、忘れた頃を狙って、足枷を付けて水に沈めてみるとか、そんなだな。目の前で適当にそこらで攫ってきた普通の子どもに同じ事をさせたりもしたらしい。当然死ぬんだが。成功すればみんなで天才だなんだと褒めちぎるそうだ。…もう何種類か言うか?」


 ごくりと息をのんだミゲルは、「もういいよ」と首を振った。


「半年位か、ルシアは特殊だったからな、国の諜報部が保護した。洗脳とは少し違う、命令された内容の事しか考えない、そんな状態だったみたいだな。事情聴取にも協力的だったと聞いている。その間にオスコリダの残党狩りと解体の確認も取れた。本拠地強襲参加者は全員叙爵してめでたく男爵だ。足のつぶれた俺や、さっき言ってた喉をつぶされた魔導士の再就職先用だな」


 当時は聖女も現れていなかった。

 魔導士の声は戻らず、無詠唱魔術と魔法陣による魔法の研究を希望し、そのままボルソバで王宮勤め。

 足をつぶされたアントニオは補助器具を取り付けた足でも十二分に働けるだろうと、ギルドマスターの職を斡旋された。


「特にやりたい事もなかったんで引き受けたんだが、道中いつもの癖でちょっとばかし危ない道を通ってな」


 レオパルドの群れに遭遇して死にかけたと笑った。


「助けてくれたのが、国の諜報部の施設を脱走して俺を追跡していたルシアだった」


 どこから突っ込みを入れたらよいのか悩ましい発言だった。


「国の諜報部の施設を脱走?」


「隠ぺい魔法は暗殺者稼業じゃ必須だからな。物凄く上手かったんだ」


「追跡?」


「気が付いてなかったんだが、二、三日前から張り込まれてたらしいな」


「助けた?」


「身体強化と風魔法だな。結構な距離を吹っ飛ばされた」


 自分の三分の一程度の子どもに吹き飛ばされたのだ。

 恥ずかしい思い出なのかばつが悪そうに視線を逸らしてアントニオは答える。


「慌てて引き返して諜報部と話をしたんだが、ルシアが俺の所じゃないと嫌だと駄々をこねてな。戻してもまた脱走されるだろうし、居場所は明確にしておかないとならない。隣国でも冒険者ギルドなら定期連絡の手段もある。仕方がないんで引き取った」


 あっさりと言ってのけたが、それなりに葛藤や苦労もあったのだろう。


「ルシアに暗殺を生業にする様な兆候はなかったが、普通の子どもとして育てるのはもう難しかったな」


 思い出してか懐かしむその顔は父親の顔だった。

 その顔は一瞬だけで、すぐにギルドマスターの顔に戻り、


「この冒険者ギルド職員内では公然の秘密ではあるが、秘匿案件だ。勇者ご一行なら問題はないだろうが、二つ。今でも諜報部とは連絡を取り合っている。そして、オスコリダ関係者がゼロではない、とは言っておこうか」


と話を締めくくる。 


「ありがとうございました。……トルエバとボルソバ以外の国が入国を許すかどうかも微妙なところですね」


 ラウルが礼を告げ、話は分かったかとミゲルを見れば、ミゲルも小さく頷いた。

 また細かい話は仲間から聞き、学べばよいのだと、アントニオは思う。


「ああ、忘れるところだった」


 ルシアと違ってアントニオのこれは嘘の忘れ物だ。


「可愛いのは顔だけじゃねぇ。簡単に貰えると思うなよ?」


 もう一度父親の顔を見せたアントニオは、精々頑張れよ、と付け加えた。

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