10 誤解は解けました
ルシアがいない間の話としてはこうだ。
ミゲルたちは元々もう何人か同行者がいればと考えていた。
そこにルシアと遭遇。
特級冒険者で身体能力も申し分なく、何よりも世界でも五本の指に入る魔導士ブランカをも驚かせる魔法の才。
そしてギルドの不人気依頼の消化を時間制限付きで引き受けていた。
冒険者としての報酬には興味もなく、勇者を上手く取り込みたい様な下心も感じない。
ただ、ギルドマスターのためだと、その瞳に恋心を載せて言ったのだ。
「事前にある程度の情報はありましたから……年齢差的にもてっきり囲い込んでいるのかと」
申し訳なさそうにラウルは言う。
なにせ勇者ご一行様だ。
立ち寄るギルドの情報は感情を含まない箇条書きで提出される。
元ソロ冒険者で十八年前に怪我を理由に引退。男爵位を得てギルドマスターに就任。四年前に聖女が立ち寄って怪我は完治。独身で養女が一人。独自路線の経営形態。
そこにわざわざ職員の関係は非常に良好、などと書かれていれば、組織の隠蔽体質を疑うのも仕方がないと言える。
しかも、たまたま前の前に立ち寄った冒険者ギルドのギルマスがいつぞやアントニオが殴ったギルマスだったのも災いした。
別れ際に言ったのだ。
ベイティアのギルマスには気をつけろ、と。
読心術に長けているとしか思えない、と。
なにせ毎日ずっと一緒に居る勇者ご一行。
新しい話のネタに盛り上がってしまったのだ。
恋心を利用して無理な依頼をさせているのでは?
報酬を搾取されるから素材に興味がないのでは?
冒険者として活躍したいのにギルドで抑え込んでいるのでは?
仲間に引き入れるための理由はあればあるだけ都合がいい。
ちょっと勘繰りが行き過ぎていたかもしれないが、当の勇者であるミゲルもルシアを気に入っていた。
そう。完全にギルドはなにかルシアの枷になる様な事をしているはず、と思い込む程度には。
「副ギルがすぐに誤解に気が付いてくれたから、そっちが謝る側になっちゃったけど」
それがすべて誤解である、と知らせたのはトニとフランシスコの二人だ。
ルシアは口には出さなかったが、ギルマス権限で指名依頼を出さないと、と相談する職員の話に、
「多分ギルマスの仕事を減らそうとしたんじゃないっすかね」
不人気依頼をまとめて寄こせと宣言。
そこそこ溜まっていたので職員は喜んだ。
盛り上がりすぎて依頼を減らす提案をするには度胸が必要だったし、
「不人気依頼じゃないのも混じってたんで、ヤベェって思って俺も手伝いに出たんすよ。持ち帰る依頼品も多いし、一人じゃ無理じゃね? って量だったんで」
誰だって予定外の仕事はしたくないのだから仕方がない。
「ちょっと待って。誰も心配はしないの?」
これにはトニとフランシスコだけでなくアントニオも困惑した。
「心配したんで手伝いに出たんすけど?」
「他の依頼内容も覚えていて全て完遂されると困ると心配していました」
「生態系を変えそうであいつが冒険者活動をするたびに心配している」
心配の方向性が根本的に異なっていた。
そして発注完了書類のあまりの多さに職員は事の重大さに気が付いた。
これはギルマスに怒られる、と。
「危険度のたけぇ依頼なら普段から俺が面白がって取るし、半分づつにしたらちょい怒られで済むんじゃねって」
「調整して事実を隠蔽しました」
「職員みんなでっすよ」
ケラケラとトニが堪え切れずに笑った。
なるほど、職員の関係は非常に良好らしい、と勇者一行は思う。
実際ルシアは何事もなく戻って来たのだから一般的な意味での心配は不要なのだろう。
「先輩が時間に追われてたのはギルマスが帰ってくる前に何事もなかった顔をして帰りたかったからっすね」
かくして隠していた無謀な戦闘スタイルと隠蔽した依頼数を聞いたアントニオは眉間にシワを寄せて嘆息した。
「……はしゃぐなって言ったんだが……」
無駄でしたねぇ、ともう一度笑いだしたトニの頭をぺしりと叩いて、
「……失礼。改めて謝罪を」
とアントニオは勇者一行に謝った。
「勝手に勘違いをしたのはこっちだし、ギルドの話にしてもギルマスはむしろ被害者っぽいし、ゴメンね?」
ミゲルも戸惑いつつ謝る。
それにしてもと、アントニオは執務机に寄りかかり腕を組んだ。
怪我が原因で冒険者を引退した過去がある。
今と昔では回復方法も異なるが、完全にそれを信用するのも違うと思うのだ。
いつか回復できなくなったらどうするのか。
冒険者としての考え方は話し合いが必要だろう。
引き取ったのだから自分が死ぬまでは面倒をみてやる覚悟はあるが……
そこから話を広げようとしたところでルシアの入室である。
「こ・こ・ろ・から謝れ?」
言われたので取りあえず謝ったのはバレバレだった。
ルシアはむぅっと口を尖らせてアントニオに近寄る。
床に座っている二人から何となく事情を察していた。
それはギルド内の話であって勇者一行とはなんら関係ない話だ、とルシアは思う。
謝るべきはアントニオのみ。
限界ぎりぎりまで近づいて、
「ごめんなさい。張り切り過ぎた。秘密にしたのもごめんなさい」
心からの謝罪を口にして眉尻を下げる。
そんなルシアのこめかみに握った拳をグリグリと捻じ込み、
「安全基準を上げろって言ったよな? お前にとって安全確実でも傍から見たらそうじゃねぇ場合もあるよな? 秘密にしなけりゃなんねぇ様な所業だったって事だよな?」
それこそこめかみに青筋を立ててアントニオは言う。
かなり痛そうではあったが、ルシアは平然と、
「最短、確実って言ったのに……!」
とミゲルを睨んだ。
余裕である。
「ああん?」
グリグリと追加で圧がかかり、ルシアも思わず爪先立ちになった。
いくら何でもと、アントニオを引き剥がしにかかったのはフランシスコだ。
「っ離れっっ……ちょっ……」
さすがギルドマスター。びくともしなかった。とんでもなく力強い。
ちなみにトニは床に座ったままニヤニヤとそれを見ている。手伝う気はなさそうだった。
勇者側の四人はただ困惑している。
三人で変な風に揉みあう形になったところで、フランシスコが叫んだ。
「ひ……人前でイチャイチャしないでください!」
ルシアは、イチャイチャ! と顔を赤くし、アントニオはふんと鼻を鳴らしてルシアの背を押して自ら距離を取った。