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7・従業員達



 娼館って所は兎に角、沢山の人を使う商売だ。客を相手に春を売る者は当然ながら、娼館の便利屋的な立場の小間使い(大抵は娼妓見習いが請負う)に、娼妓待ちの客に酒肴を出す為の料理人を雇い、時に持ち上がる騒動や揉め事を、店の入り口に陣取った用心棒が解決する。そうした面々の仕事を監督役の楼主が差配する。そして俺は館の主人として楼主がちゃんと仕事を各々に割り振っているかを見張り、その日の売上金を使用人達に分配する。だから店を開けてから閉めるまで、主人の仕事は無い。精々有っても客あしらいの手伝い位だ。




 「……それでは皆様! 口開けの時刻ですぅ!」


 店のロビーに集まった従業員達。その中から小間使いのポピーが元気良く声を上げ、スタスタと入り口の扉に駆け寄って手を掛けた。


 「それでは、お客様をお招きしてください」

 「はーい、判りましたぁ!!」


 楼主のマルジが促し、若い娘みたいなポピーの細い腕で引くだけで大きな扉が音も立てず、ゆっくりと開いていく。大金を掛けて(しつら)えた扉は滑らかに動き、向こう側の通りから街灯の明かりが隙間から伸びていく。


 ……今夜も様々な客が店を訪れて、思い思いの欲望を満たしては金を店に落としていくのだろう。



 「……ポピー、二階の一番」


 厨房から口数の少ないサワダが声を掛け、ポピーに料理を持たせる。銀魚(ギンギョ)の蒸し煮は値段の割りに仕入れ値も低い為、売った分の利益も多い。しかもサワダの腕前は客からの評判も上々で、毎晩のように注文が入る。


 「はーい! お預かりしまーす!」


 ポピーは元気良くお盆に載せた料理を受け取ると、二階の泊まり客の元へ運んで行く。酒と肴、そして一夜のお楽しみ……と、そんな感じだろう。


 (……一晩で一週間は遊んで暮らせる金が飛ぶってのに、金持ちは何処にも居るもんだな)


 執務室から出た俺はそんな事を考えながら、小間使い達が待機する小部屋の前に差し掛かった。中にはポピーのような客相手に身体を売る前の見習いが三人常駐し、酒や料理、時には他所の店から運ばれて来る出前を部屋に運ぶ。だから、店が閉まるまで彼等は忙しく立ち回っているかと言えば……


 「……あっ! 若旦那だ!!」

 「どうです、一緒にお茶しませんか?」


 俺より若い二人が気づいて声を掛けてくる。勿論、忙しくなれば店中を駆け回る事になるが、今はまだそこまで忙しくはない。


 「ただいま戻りました! 若旦那、お客さんが焼き菓子くれましたよー!」


 ポピーが手に小さな紙袋を提げながら現れ、嬉しそうに差し出してくる。


 「そりゃよかったね、みんなで分けて食べていいぞ」

 「はい! いただきます!」


 中身は白い油紙でくるまれたビスケットだ。まあ、うちの店の物は、大抵の客が買い取って振る舞う為にお茶請けの盆に置いてある。だから小間使い達が何を貰っても、結果的に自分達の利益になるんだが。


 「そうです若旦那! そのお客さんからチップ頂きました!」

 「ああ、それはポピーの取り分だよ」

 「はい! ありがとうございます!」


 チップは小間使い達の数少ない現金収入だが、こうして売り出し前の段階で金を渡す事は、いずれ小間使いから正式な花売りに格が上がった際、優先的に客としての扱いを受けられる。つまり、気に入った小間使いを優先して買えるよう、自分の顔をしっかりと覚えて貰うって意味も含まれている……万事金次第って訳だ。




 「……新しい花売りを?」

 「はい、旦那様。当娼館所属の花売りは総勢十名、規模としては十分大店なのですが……やはり全体としてまだまだ足りないのです」


 マルジが姿勢を正しながらそう告げて、俺の前に名簿を差し出す。


 アルマ、ミウラにポーラの常駐の三人。エンリ、マヴ、トーラ、セカンダの通いの四人。カラ、アントール、キリクラの出稼ぎ組の三人。合わせて十人だが、常駐の三人は他の七人の休みの穴埋めは出来ない。理想的な組み合わせとして見れば、もう一人居ると休みが回せる訳だ。


 「しかし、そう言っても娼婦ならともかく、その……男の娘となると何処で探せばいいのやら……」


 勿論、俺がそんな当てを知っている訳も無い。ただ、何となく理解出来るのは……



 「……旦那様、優秀な人材を手に入れる為に必要な条件が御座います。恩を売って情に訴えるか……」



 「……対価を支払い、金で得るかです」






 大抵は普通の奴隷、という言葉を使う事は無い。何らかの事情で身を落とし、モノとして売り買いされる人間を扱う市場が有るのは知っていたが、その中に普通や普通じゃない、なんて区別が必要とされないだけだ。


 「……御存じないと思いますが、奴隷は商品です。売買されるという事で価値が生まれ、生きている間は常に価値が伴います」


 マルジに案内されたその店は、男女共に商う奴隷商だった。勿論、うちの店の趣向に合う奴隷も居るのかもしれないが、正直言って気が重かった。人間の命を金で売り買いし、更に……男なのに男と寝るような扱いを受けさせる目的で、客を取らせるんだから。


 「なので、私共は彼等を常に大切に扱い、売った先で価値が落とされるような事は嫌います。時折噂になるような酷い扱いを奴隷に与える客には、二度と売る事は致しません」


 聞けばその店の主人は元ご令嬢らしく、まだ若さが(にじ)む容姿に目を奪われそうになるが、言葉の端々に気迫じみた何かが見え隠れし、彼女の複雑な身上を物語っている気がした。


 「……私の顔に、何か?」

 「……やっ!? いや……その、お綺麗だと思ったので……」


 真正面から尋ねられた俺が思わず口を滑らせると、マルジが一目で判る位に微笑みやがった。くそ、狸親父め……。


 「……私よりも美しい男娼も取り揃えております。幼少時から孤児となった者を引き取り、手間と時間を掛けて磨き上げた彼等を……是非一度、ご覧くださいませ」


 最後まで主人としての仮面を被ったまま、彼女は商品として誇るに相応しい奴隷達を披露した。




 ……ああ、くそ……扉を開けて現れたそいつらは、確かに言う通りだった。でも、男なんだよ。なのに……奴隷商の女主人よりも可憐で、彼女よりも繊細で……全く、頭がおかしくなりそうだ……。


 「……旦那様、それでは一人、お選びください」


 マルジに言われて渋々選んだそいつは、自分がとんでもない大金積まれて売り買いされてるなんて、微塵も感じさせないように微笑みながら、


 「今日からお世話になるアゼンタです! 宜しくお願いいたします!!」


 ……長く伸ばした黒髪を揺らしながら、俺に向かって頭を下げた。それにしても、娼妓見習いの奴隷として顔合わせした六人の中で、アゼンタが一番輝いてたな……


 ……でも俺は、アゼンタを男に抱かせる立場なんだよ。奴隷商も、娼館も、客も……そしてアゼンタも、みんなほの暗い欲望に身を焦がしながら、生きていくしかないんだ。





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