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2・シャランとセヘロ



 俺が受け継いだ娼館、【月夜の(とばり)亭】は館の主専用の寝室と執務室が一番広く、館の三階の半分を占めている。三階のもう半分は滅多に使わないが、国賓クラスの最上級の客を接待する為の貴賓室と寝室になっている。その為、三階は一般の客を迎える為には使われない。


 そうそう、当然と言えば当然だが、この館には入り口と出口は各々別に設けられていて、来た客と帰る客が顔を合わせる事は無い。最初に会った用心棒のセヘロが陣取るのは主に表の入り口だけど、裏口にも別の用心棒が控えているそうだ。そっちはまだ紹介されていないが、きっと屈強な男だろう。


 用心棒といえば、表のセヘロとはまだ一度しか会っていない。白いドレスシャツの襟元を開け、短く毛先を切り揃えた髪型に額の眼。指貫きした革手袋を()めて睨みを効かせる姿は、男勝りと呼ぶに相応しい凛々しさに満ち溢れてる。


 ……彼女、魔族だって話だが、どんな種族なんだろうか。用心棒なんて物騒な仕事を生業にしているなら、気配を隠す以外に特殊な能力を他にも持っているんだろう。今度会ったら聞いてみるか……


 ……コン、コン。


 「……あー、開いてるよ」


 執務室のドアがノックされたので、俺は考え事を止めて声を掛けると、


 「……貴方が新しい旦那様なのかしら?」


 ドアの向こう側から、薔薇のような紅い髪の女性が顔を見せ、滑るような足取りで音も立てず近付いて来る。……なんだよ、ちゃんと居るじゃないか!! とんでもない美人が……っ?



 (いや、確かに凄い美人だが……何だ、これは……)


 目の前の女性、いや……()()()()()()()()は、確かに眼を見張る程の色気だ。でも、何でだろう……目が離せなくなる程の美女なのに、見てはいけない気がする。


 「……どうなさいまして? 御加減がまだ優れないのかしら……」


 麗しい見た目に似合う(とろ)けるような声と、甘く染み込むような言葉遣いでそいつは話し掛けてくる。男の本能を鷲掴みにするような声色なのに、俺の内側から……理性か何かが警報を鳴らすんだ。


 (……こいつは危険だ、早く眼を()らせ!!)


 「……あら、案外強情なのね……しかも一丁前に【精神抵抗(レジスト)】しちゃうなんて!」


 いつの間にか額から脂汗を滲み、頬を伝って滴る俺を面白い物を見るような目付きで悠々と眺めながら、そいつは呟いた。いや待て、【精神抵抗(レジスト)】……?


 「……そ、そうか……成る程、あんたも魔族か」

 「……あら、ご名答!! (わたくし)、新しい旦那様の御機嫌伺いに参りましてよ?」


 と、俺が漏らした言葉に返すと、そいつは俺の前まで進んで机越しに手を伸ばし、頬に伝う汗を指先で拭い取ると、舌を出して舐めた。


 「……んふ、亡くなった大旦那もお人が悪いわぁ♪ こーんなにうぶで可愛い坊やを自分の跡目にするんですもの……ねぇ、そうでしょ?」


 舌なめずりをするように、唇から桃色の舌を覗かせながらそいつはそう言うと、俺の髪を指先で漉き、くるくると(もてあそ)びながら見詰めてくる……たった、それだけで……俺の身体は熱く火照った。


 「そうか……サキュバスなんだろ、あんた……」

 「ん~、当たりなんだけど……それだけじゃ面白くないわ……ねえ、新しい旦那様ぁ……♪」


 魔族、それも【吸精魔(サキュバス)】なんかと町中で出会うような事は、滅多に無いぞ……何故かって言や、危険過ぎて下手すりゃ討伐対象になるからだ。でも、こいつは真っ昼間に堂々と現れて、面白半分で俺の顔を撫でながら、更に畳み掛けてきやがる。


 「……もっと、貴方の事が知りたいわぁ……ねえ、隣の寝室で……ゆっくり判り合いましょ?」


 ぞっとする程の笑みを浮かべながら、仄かに眼を輝かせてそう言われて……堪え切れず俺の足が勝手に伸びて立ち上がろうとした瞬間。


 「……おおぉらああぁっ!! シャランてめぇっ!! 誰の許しを貰って上がり込みやがったぁっ!?」


 ドガッ!! っとドアを壁に叩き付けながら用心棒のセヘロが部屋に飛び込んで来ると、拳を握り締めて俺の前に居たサキュバス目掛けて殴り掛かった。


 「……はんっ、サルの分際で生意気ね……」


 サッと横に退きながら(ののし)るサキュバスの脇をセヘロの拳が横切り、俺の顔の前で前髪を掠めたが……何だか焦げた臭いがするのは気のせいだよな?


 「……あら~、セヘロ……お久し振りぃ~!」

 「……あら~、じゃねぇっ!! 勝手に上がり込むたぁ良い度胸してんじゃねぇか!?」


 怒り狂いながらセヘロが両拳を握り締め、今にも飛び掛かろうとする中……俺は漸く喋るタイミングを見つけた。


 「なあ、シャランって確か……此処の指南役だよな……」


 「まぁ……今更で御座いますか?」

 「あぁん!? 若旦那は知らなかったのかよ?」


 「……何なんだよ、この除け者感は!!」


 そんな俺の嘆きを華麗にスルーしながら、二人の魔族が互いに距離を取った。


 「……とにかく、お前ぇが若旦那の前に居るってだけで落ち着かないんだよっ!!」

 「まあ、セヘロったら直ぐ熱くなっちゃって……でも、今日は只のご挨拶だから退散するわよ?」

 「……なーにが只のご挨拶だ! 若旦那をかどわかそうとしやがって……とっとと失せろぃ!!」

 「言われなくても長居しないわ、五月蝿いのが騒ぐからねぇ?」

 「てめぇ、ぶっ殺すぞ!!」


 どうやら二人は知り合いみたいだが、セヘロは何かにつけて食って懸かり、シャランはそんな彼女をやんわりと受け流してしまう。


 「じゃ、またお目に掛かるわね、旦那様……♪」

 「うるせぇ!! さっさと失せろっ!!」


 そんなやり取りを交わしながらシャランは俺に手を振り、セヘロは彼女に向かって拳を振り上げるがするりと避けてドアの向こう側に消えちまう。うーん、犬猿の仲と言うよりも、セヘロが毛嫌いしている感じだな。


 「……なあ、若旦那。アイツにだけは気を許すなよ? 大旦那は平気だったけどさ、並みの男じゃ骨抜きにされて食い殺されちまうかんな……」


 セヘロはそう言いながら、机の角に腰掛けて片膝を抱えた。うへぇ、そりゃおっかない……もしあのまま寝室に行ってたら俺、どうなってたんだろう。


 「ご忠告ありがとうな、セヘロ……まあ、確かに危なかったけど抵抗出来たから、心配ないよ」

 「えっ? 若旦那、抵抗出来たって……レジストしたのか!?」

 「……ああ、でも……レジストってそんなに珍しいのか?」


 驚くセヘロに尋ねると、暫く呆然としていた彼女が我に返り、言葉を絞り出した。


 「……め、珍しいも何もあるもんか!! 人間の男がサキュバスの誘惑を断ち切れるなんざ、普通に有り得ねぇだろ!? ……まあ、冗談な訳ないか……でも、でもなぁ……」


 と、妙な具合でソワソワしだしたセヘロだったが、突然手を伸ばすと俺の腕を掴んで呟いた。


 「……あれ、若旦那……何ともないの?」

 「ああ、別に何も……いや、何がどうしたんだ、セヘロ」

 「……平気なのか。なら、いいか……あのな、若旦那よ聞いてくれ……」


 と、突然彼女は机から降りると姿勢を正し、改まった口調で話し出した。


 「……私は、その……人間の生命力を吸い取る【活力吸収(エナジードレイン)】って奴を生まれた時からずーっと持ってたんだ。だから……」


 それまでの猛々しい雰囲気から一転し、急にしおらしくなったセヘロが指先をいじりながら呟いたんだ。


 「……真っ正面から男ってモンに触った事が、一度も無いんだ……」


 そう言い終えるとセヘロは、ちょっと頬を赤くした……何だよ、可愛いらしいとこも有るじゃないか。それにしても人間の生命力を吸い取るってのは、また随分と穏やかじゃないな……下手すりゃ死んじまうぞ?


 「……ん? じゃあ用心棒の仕事って……」

 「……んあっ!? ……ああ、そいつはまた別さ!」


 何となく思い付いて尋ねてみると、セヘロは一瞬だけ妙な声を出してから、取り繕うとするように勢いを付けて話し出した。


 「うちの扉をくぐったアホな奴がグダグダ言ってきたらよ、ガツーンって一発くれてやんのさっ!!」


 ビュン、と拳を振りながら得意げに話す姿は、うーん……凛々しいってより、何だか子供っぽい感じだな。まあ、頼もしいのは確かなんだけど。




 

 

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