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18・セヘロの事情



 用心棒という商売は難儀なもので、問題が起きなければ必要無いが居る時に必ず事件が起きるとは限らない。だからセヘロは店から近い場所に住んでいる。




 「……で、その若旦那ってのはどんな人なの?」


 ジムが月夜の帷亭に来て間も無い頃。家賃を折半して間借りしている同居人のラベルダが聞くと、セヘロは、


 「……普通の男だよ、普通の……」


 そう言ってはぐらかした。普通の男と答える度にラベルダは探るような眼差しでセヘロを眺めた後、


 「ふーん、普通か……だったらあんたが触ったら二度と寄り付かなくなるね」


 と言って頬杖をついた。だが、言葉と裏腹にラベルダは内心では、


 (……ほんっとにコイツ、魔族なのかねぇ?)


 と苦笑いする。初めて会った時は三つ目の異相ながら端整な顔立ちで、さぞかし傑物なんだろうと萎縮した(大家の計らいで相部屋を仕組まれた)が、直ぐに普通の人間のラベルダから見てもセヘロは()()()()なんだなと見透かせた。


 「……料理ぃ? 皆目見当もつかない!!」


 顔を合わせて一日目の夜、親睦を深めようと飾らない類いの店で料理をつつけば、そう言いながら何を食べても旨い旨いと食べたかと思えば、直ぐに酔ってつぶれてしまった。


 それから暫く後、色街に卸す服を縫う仕事に就いていたラベルダが夜半まで起きていると、部屋の隅で寝ていたセヘロが不意にベッドから身を起こし、


 「……うにゃ……ああ、もうちょっとだったのに……」


 と言いながらモゾモゾと寝具の中に沈んでいく。ラベルダは気になり悪いと思いながら足音を忍ばせて傍らに座り、


 「……ねえ、セヘロ。何がもうちょっとだったの?」


 そう耳元で囁いてみる。すると、目を閉じたセヘロが枕を抱きながら、


 「……私、男の気を吸う性質タチだから……手も握った事がない……の」


 そんな風に夢うつつのまま答え、寝息を立て始める。


 (……難儀な体質で、男を遠ざけてきたって訳ねぇ……でも、これはこれで……面白いわぁ!)


 別に同性が好きだとか、そんな理由とは全く違う意味でラベルダは興味を掻き立てられた。容姿端麗なセヘロが実は全くの奥手だと知り、彼女は同居人を面白がって見るようになる。無論、並みの男では恋愛対象にすらならない事は重々承知の上で、だが。



 「……で、若旦那がね? 自分が男の娘しか居ない娼館だって判ってから……ねぇ、聞いてる?」

 「うんうん、聞いてるわよ~」


 そして一ヶ月前から最近はずーっとこの調子で、毎日のようにセヘロは新しい娼館の主の話しかしなくなった。ラベルダは若干の嫉妬心を抱きながら、しかしこの真新しい恋の予感に、


 (……こりゃあ、本腰入れてセヘロを磨いてやらんとねぇ……)


 と妙な使命感に燃えていた。だがしかし、同時にこの恋は必ず破綻するだろう。きっとセヘロの体質が恋路に暗く深い影を落とし、いずれ男女の一線を超える手前辺りを境に崩れ去る筈だ。では、ラベルダは諦めたのかといえば、そうではなく前途多難な恋を成就させんと更に闘志を漲らせたのだ。



 昼夜逆転な生活をしているセヘロと、日の光が高いうちに縫製の仕事を進めたいラベルダが一緒の時間を過ごすのは、ごく限られたタイミングかセヘロの休みの日だけだった。


 「セヘロ~、あんたもう少し前髪を上げた方がカワイイわよ?」

 「なっ!? そ、そんな事無いと思うっ!!」

 「いーからいーから、もうちょっとこうやって……」

 「ラベルダっ! やめろ触るなっ!!」

 「まーまー、今度の休みに食事誘われたんでしょ~? だったら敢えて額の眼を強調する感じで真ん中分けにしてさ~」


 いつもと変わらずそんな風にわちゃわちゃとセヘロを構いつつ、彼女の肩や首回りのサイズを観察したラベルダが、休みの前の晩に予想もしていなかった物を差し出したのだ。


 「はい、これを今度の外食に着てきなさい!」


 そう言いながらポンとセヘロに向かって投げた包みの中から、


 「……ラベルダッ!! こ、こんなのを私に着ろって言うのか!?」


 縫製が得意な彼女お手製の、細かく美しい刺繍で飾られた薄桃色の可愛らしいワンピースと白い下着の組み合わせが現れる。セヘロは頬を真っ赤に染めてそれを握り締めたまま、自分には似合わないと思い込み硬直してしまう。


 「心配要らないって、ちゃんとあなたに寸法は合わせてあるから」

 「すっ、寸法とかじゃないっ!! よ、用心棒の私がこんな……こんな、可愛らしい服を着ても…… 」


 多少は面白がってやっている面もあるが、職人気質のラベルダは決して手を抜かなかった。確かにセヘロのような体型は、実直一筋の服の方が似合うかもしれない。だが、ラベルダは意地でも引かなかった。


 「あのね~、娼館の新しい亭主、セヘロが手を握っても倒れなかったんでしょ? だったらこの機会を逃すなんて勿体無いのよ」

 「で、でも……若旦那は私の事なんて只の用心棒としか見てないだろうし……」


 服を持って(うつむ)くセヘロだが、ラベルダから見れば本人の気質とは裏腹に女性的な魅力は決して低くない。そんな彼女が尻込みするのが歯痒くて堪らないラベルダは、つい勢いで語気を強めてしまう。


 「何よその位!! 相手がゴルゴンだとかガーゴイルじゃないんだから、どーんといっちゃいなさいって!!」

 「でも……」

 「……セヘロっ!!」

 「は、はいぃ!!」


 ラベルダは只の人間で魔族のセヘロより遥かに弱いが、今は全く逆転していた。と、いうよりも恋愛面の話においてはセヘロとラベルダは完全に上下関係が確立していたのだ。


 「……ねぇ、あんたは自分を低く見過ぎなのよ。もっと自信を持って」

 「……自信……って、言われても……」

 「良く言うわねぇ~こんなご立派なカラダしてんのに!」

 「うひゃっ!? チチを揉むな!!」


 ……そんな風にふざけながらも、ラベルダはセヘロの低過ぎる自己肯定感を少しづつ上げてやる。ある時はウブ過ぎる妹を持ち上げるように、そしてまたある時は奥手過ぎる行き遅れの姉を励ますように……。




 「……じゃ、じゃあ行ってきます……」

 「おーしっ、気合い入れて一発かまして来なさい!」

 「かっ、かましたりはしないから!!」


 そんな風に下宿先の扉を開けて外に出るセヘロを見送ったラベルダは、でも手のかかる同居人の遅過ぎる春の到来と、そして職人として納得いく作品を送り出せた事に満足していた。




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