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16・祭宴の後



 「うおっと! おいおい勘弁してくれよ!」

 「済まないっ、でも急いでるんでね!!」


 酔客が陣取る宴台を飛び越してセヘロの元に走ると、騒ぎを聞きつけた地回りの男達が暴漢を両脇から挟むように腕を掴み、舐めた真似すんじゃねぇと凄みながら引っ立てて行った。


 「おい大丈夫か!?」

 「……心配要らねぇよ、若旦那……」


 遠巻きに騒動を眺めていた野次馬を掻き分けながら駆け寄ると、セヘロは気丈に答えながら自分の手を握り、ゆっくりと何回か開いて何かを確かめて立ち上がった。


 「おお、痛てぇ! ……やれやれ、電撃の魔導具隠し持ってやがったぞ、あの野郎!」


 どうやら手が痺れたらしくそう言い、男の傍らに落ちていた棒状の魔導具を足で踏んでへし折った。


 「ご法度って言ってたが、魔導具は持ち込み禁止なのか?」

 「そうさ、良く考えてみなよ……もし服従出来たり頭ん中を弄れるような魔導具が色街に持ち込まれたら、金払わずに何でも出来るぞ」


 確かに言われてみればそうだ、二人きりになる部屋の中でそんな物を使われたらまず抗えない。しかも花街では商品の売り買いをするだけの店と違い、帳簿に残らなきゃ客が幾ら踏み倒したのか判らない。いや、店側が知らないうちに客が居なくなってしまえば、逃げ出した相手を捕まえない限り金も取れなかろう。


 「ああ、そういう理由か……でも、持ち込みを禁じてたって手段は幾らでも有りそうだがな」

 「……若旦那の言う通りさ。花街にゃ塀も門柱もあるが、仕入れの荷物に紛れ込ませて隠されちまったらどうしようもないし……」


 セヘロは苦々しく言いながら宵闇に沈む大きな塀を睨み、悪い連中は知恵が回るのさと吐き捨てる。花街は他の区画と仕切られて出入り口は組合が雇った用心棒達が常に眼を光らせ、一般客も怪しいと思えば手持ちの物を全て調べる。当然だが武器の類いは一切持ち込めず、どんな物でも門柱の詰所で預からない限り立ち入れないそうだ。


 「……そうだ、ミウラは?」

 「ああ、とっくに店ん中へ戻したから心配無いよ。こんなの祭にゃ付き物だから仕方ないけど、ちょっと興ざめだねぇ……」


 俺の言葉に返答しながらセヘロは眉を寄せるが、こんな事で水を差されて終わりにするのも面白くないな……よし。


 「……マルジ、今居るお客は迷惑賃代わりに酒代をタダにしてくれ」

 「おや、それはそれは……」


 俺の提案にマルジが珍しく目を丸くし、でも直ぐにやりと微笑んでから、


 「お騒がせして申し訳ありませんでした。今しがたご注文された酒代は、()()()()()()でございます!!」


 良く通る声で宴台の客に向かって言い放つと……その直後、客の間から歓声が上がり俺に向かってグラスやジョッキが高々と掲げられた……言い方次第でこうも態度が変わるもんかね?




 「……料理代と酒代で、概ねこの位になりますね」

 「おお、凄いな!!」

 「……で、ここから先を旦那様の取り分から引かせて頂きますと……」

 「……ああ、酷いもんだな……」


 マルジの指差す数字を目で追いながら、俺は一日分の売り上げと自腹分を見比べて溜め息を吐いた。人間なんて現金なもので、タダだと判った瞬間から矢継ぎ早に注文が相次ぎ、あっという間に自分の取り分が無くなると気付いた頃には時既に遅し……って感じだった。


 「旦那様、余り気を落とさないでください。お陰で馴染みの薄い方々にも月夜の帷亭の名は知れ渡ったと思いますよ?」

 「ああ、そりゃ良かった……ま、人気商売だから仕方ないさ……」


 店仕舞いの後、片付けを終えた店先から引っ込んで帳簿整理をするマルジと話しながら、俺は机に頬杖をついて曖昧に答えた。


 「旦那様、月夜の帷亭はお客様にとてもご贔屓にされています。しかし、それ以外の皆様にも店の花売りの顔を知って頂ける事は、商売以外にも様々な利益を得る糸口になるでしょう」

 「……様々な利益?」

 「はい、少し長くなります。何かお召しになられても構いませんのでお注ぎしましょう」


 そんな風に話しながらマルジは立ち上がると、店の奥から見た事の無い緑色の酒瓶とグラスを二つ手にしながら戻ってくる。


 「……これは大旦那様が、貴方のご生誕時に買い求めた記念の酒」


 そう言ってマルジは瓶の封を切り、瓶を傾ける。トクトクと小刻みに音を立てながらグラスの真ん中辺りまで酒を注ぐと、


 「……大旦那様に代わって申しますが、良くお戻りになられました。これからもこの店を共に盛り立てていきましょう」


 そう言ってグラスを持ち上げ、音も立てず中身を飲み干した。


 「ああ、そうだな……こちらこそ宜しく」


 俺は強い酒精の香りに不安を感じながら、まあいいかと飲み干す。けれどその味は安物の酔えれば良いみたいな乱暴さは一切の無く、蜂蜜より甘いのに水のような軽やかさ……って、何だよこれ、俺が今まで飲んできた酒のどれよりも旨いんだが!?


 「驚かれましたか。聞けば、遠い海の向こうに妖精の住む孤島があるそうです。そしてその島では千々に咲く花の蜜を集めて、妖精達が酒を醸すとか……」

 「これがそれだってのか?」

 「さて、これがそうなのかは存じません。但し、大旦那様は貴方が成長されたら共に味わえればと、常々仰有ってました」


 俺はそう聞いて墓場での一件からずっと感じていた親父への不信感が、ほんの少しだけ軽くなった気がする。これまでずっと見捨てられたとばかり思っていたけれど、親父と接していた人の話を聞く度に俺の事は忘れず生きていたのか……と、そう思えたからだ。


 そんな気分に耽ってた俺だが、マルジは互いの前に置かれた空のグラスに再び酒を注ぐと、それはさておきと言いながら話題を変えた。


 「娼館とは、様々な夜の営みを肩代わりする場所で御座います。異性、同性、異種族問わぬ相手を求めるお客様を迎え、その望みを叶えてお代を頂くのです」


 マルジの言葉に俺が頷くと、彼は続けて少し意外な事を言った。


 「しかし……娼館で一番価値の有る商品は、信頼で御座います」

 「……信頼? 娼館の売り物は花売りじゃないのか?」


 俺がそのままの言葉を繰り返すと、頷いて話を続ける。


 「はい、それも然りで御座います。けれど、あの店に行けば期待通りの相手と会える、とそう信頼して頂けば、お客様はまた足を向けて下さいます」


 「……しかし、もし期待を裏切られれば二度とその店には行かないでしょう」


 「……つまり、娼館とはお客様の期待に見合う信頼を売る稼業なのです」


 マルジの言葉に俺は、今まで少し浮わついた眼を娼館に向けていたと気付かされる。金の玉子を産む雌鶏めんどりみたいだ、とそんな風に娼館を軽く見ていたつもりは無かったけれど……何となく、綺麗な男の娘を並べていれば酔狂な客が勝手に寄って来ると思っていたかもしれない。


 「……月夜の帷亭は、普通の娼館と違い孕まぬ男娼を扱う店で御座います。だからこそ、身請けされる花売りは居ても、世継ぎを担う妾としての道は決してありません。にもかかわらず、この店からも身請けされて巣立つ者は出ています。それこそが、お客様から得られた店への大きな信頼の証……と、私は思います」


 マルジはそう言うと、グラスに注がれた酒を飲み干した。ああ、そうか……マルジが言いたいのは、ただ働く人間を商いの道具として見るんじゃなくて、互いに店の信頼を得るパートナーとして見ろって事なのか。


 「……マルジ、俺は亭主としてまだ半人前だ。だから……これからも色々と教えて貰えないか」

 「はい、勿論ですとも」


 俺が改まってそう言うと、彼はにこりと笑いながらグラスを掲げた。




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