15・宵闇(よいやみ)祭り
親父の墓を訪れてから数日後。
「……お祭り?」
「はい、簡単にご説明すると、お祭りで御座います」
マルジと共に売り上げを数えていた俺に、彼は一週間後に色街全体で行う祭事がある、と教えてくれる。
「元々は色事で商いを為すのは不敬だ、と教会から難癖を付けられた際、娼婦達が我々は訪れる客人をもてなす歓待の使徒であり、その相手は人でも神でも分け隔てしないと宣言したのが由来……と伝え聞いております」
「ふぅん、そうか。でも教会が自分達から吹っ掛けた因縁が、色街が神をもてなす祭りに上手く話が進んだものだな」
「そこはそれ、当時の教会にしてみれば、喜捨を出さない娼婦が教区内で商売するのを好まなかった故の言い掛かりですし、娼婦達にしてみれば生きる為に身売りしている事をとやかく言われて面白くなかったのでしょう。けれど今では城下でも指折りの大きな催し物になりましたし、教会に喜捨が入るようになり両得なんでしょう」
そんな経緯が本当にあったのかはともかく、毎年この時節になると【宵闇に紛れて神々をもてなす】祭りを色街全体で執り行うようになったとか。客商売が主な店が軒を連ねる街だから、時には常々の商売とは違う形で客と接する機会が有っても良いのだろう。
「それじゃ、此処も祭りに……というより、花売り商売の娼館が何するんだ」
元々、この界隈の事情に疎い余所者の俺がそう尋ねると、マルジは笑みを浮かべながらさらりと言った。
「……旦那様、客商売が出来る花売りと、評判の料理が出せる料理人が居る【月夜の帳亭】で御座います。おまけに酒蔵まで揃っていれば……おのずと答えは決まっています」
花街の祭り、と言っても取り立てて難しい名前が付いている訳ではない。通りの軒先に特徴的な飾りランプを吊るし、いつもは客が来るまで閉めたままの扉を開け放ち、通りに机と椅子を並べて即席の夜宴台が設けられる。そして普段は表に顔を出さない花売りの娼婦や男娼達が着飾り、夜宴台で盃を傾ける一見の客に酒や料理を運ぶのだ。
「はあぁ……いつもより忙しくて、目が回りますよぅ!!」
白いシャツに黒い半ズボン姿のポピーが厨房から飛び出し、小走りになりながら両手に持った料理とジョッキを鳴らしながら不平を漏らすが、
「そうだよねぇ~、でもたまには良いんじゃない? だってお客さん、みんなチップ弾んでくれるよ~♪」
普段と変わらぬ調子でエリンはそう言いながら指を器用に波打たせゆらゆらと銀貨を運び、ぽんと宙に跳ね上げて掌中で受け止めた。
「うーん、そうだけどさぁ……」
「……それに、こーゆー時にしっかり顔を売っとけば、新しいお客さんが付くかもしれないもん!」
そしてエリンが掌を開くと、さっきまで有った筈の銀貨が二枚の銅貨に変わっていた。そして、その内の一枚をポピーに握らせる。
「……ほら、お駄賃!」
「えっ? いいの!?」
「いいさ! ねえ、旦那様?」
「ああ、そうだな。……それにしても、鮮やかな手並みだね、エリン」
俺が頷くとポピーは嬉しそうにお辞儀しながらポケットに仕舞い、そのまま配膳に戻っていく。そしてポピーを見送りながらエリンの手技に感心すると、
「……前に来てたお客さんの一人に、こういうのが得意な人が居たんです。それで、色々と教わったんですよ」
と、何処か寂しそうな口調で言い、再び手の上で銅貨を波打たせて掌中で受け止める。そして再び手の平を広げると……今度は一枚の銀貨が現れた。
「……でも、イカサマがバレて、腕を斬り落とされちゃったって風の噂に聞きました。それからは何処で何をしているか、判りませんけどね」
彼にとって、そのお客がどんな相手だったか聞けず、俺は曖昧に頷いて黙るしかなかった。
「今夜は客を取らないのかい?」
「はい、お祭りの夜はそういう習わしになっているので……またいずれお願いします」
いつもは予約客以外に顔を見せる事も稀なポーラからジョッキを受け取った客が、その物憂げで美しい横顔に見惚れながら尋ねると、静かに答えながら空いた方のジョッキを受け取った。
今夜は【月夜の帳亭】に娼婦が居ない事を知らない客ばかりのようで、席が空いたと思えば吸い寄せられるように新たな客が座り、注文取りの小間使い達と入れ替わりに現れる花売りの美しさに眼を奪われている。連れが居れば顔を見合わせて言葉少なげに賞賛し、一人客は暫く放心したまま、その後ろ姿を見送っている。
いつもの商いと比べれば大した稼ぎにはならないけど、厨房のサワダですら旨い料理に喜ぶ客の姿に眼を細めているようだ。祭りの日位、いつもと違った流れで商売するのも悪くないな。
…しかし、好事魔多しとか言う喩えもあるけれど、祭りに揉め事ってのは付き物なんだろうか?
「……あぁあっ! 何だと!? もう一回言ってみろ!!」
景気良くビンの割れる音と共に、酒に酔った男が叫びながら立ち上がった。
「やれやれ、あんた飲み過ぎなんだよ。うちは祭りの今夜だけ、一見客相手に酒出してんだ。だから連れ出しはやってないし、そもそもコイツはあんたが期待するよーな女じゃねぇんだぞ?」
真っ赤な顔で絡む相手にそう説明しながら、商売道具の指抜きグローブに手を差し込んでセヘロが割って入る。どうやら、酔った客がハーフエルフのミウラを連れ出そうとして、セヘロに止められたようだ。
「ど、どう見たって女にしか見えねぇだろ!」
「……でも、私はお客様の望むような女性では……」
うーん、今回はミウラの美しさが反って仇になったか。今夜はいつもより動きやすい服装の上、普段の薄くて肌を強調するような生地とは違い、ポピー達と同じ簡素な仕立ての筈なのにそれが却って彼女……いや、ミウラを引き立ててるんだから、罪作りなものだな。
余り騒ぎが大きくなっても面倒になる、そう思いながら外に出ると、丁度セヘロが相手の鼻っ面に掌底を叩き込んでいた。
「なっ、何だやる気か……あがっ!?」
「あーあ、だから言わんこっちゃない……用心棒稼業を舐めんじゃねぇって」
真正面からセヘロの一撃を食らい、ぱたぱたと鼻血を垂らす男が痛みに蹲って終わりかと思ったが……
「……うぉらあぁっ!!」
「ぐっ!! くっそ、生意気なもん持ち出しやがって……」
いつものように腕を捻り上げて相手の身動きを封じるつもりだったセヘロが、バチッと何かが弾ける音と共に男の腕を放してしまう。だが攻守が入れ替わるかと思った直後、鮮やかな脚捌きでぐるりと男の側面に回ったセヘロが相手の背中に向けて肘を、そして続けて拳の裏を後頭部にめり込ませた。
「手間掛けんなよ、全く……魔導具なんて何処から持ってきやがった?」
一瞬ひやっとさせられたが、やっぱりセヘロは強かった……でも、何があったんだ?