14・降霊術の娘
「ええ、確かに頂戴致しました。ほら、ここって王都とは目と鼻の先じゃないですか、だからおおっぴらに死者と交信すると何かと面倒事になりますので。だから稼ぎの何割かは袖の下として献上してるんですよ」
俺が掌の上に数枚の硬貨を載せると、その若い女は悪びれもせずにそう言いながら、渡された硬貨を革袋に仕舞い衣服の内側に入れた。
「……さて、それじゃさっさと始めましょう!」
彼女はそう言うと腰に提げた小袋から白香を摘み、親父の墓碑に振り掛けながら小声で呟き始める。
「……黄泉の門番、その眼差しを月に向けよ……さすれば我が主の黒き袖より、黄金の蜜酒を賜れり……」
聞き覚えの無い異教の呪文か、或いは耳馴染みの祝言を裏返しなのか定かで無いが、そう唱える内に白香から徐々に煙が上がり、人影の見当たらない墓地に見知らぬ何かが集まって来るような気配を感じる。
「……来たれり、夕闇の歌姫よ。その妙なる甘声で迷える魂にひとときの安らぎと、そして……んん? えぇっと、まぁいいや、我が方に来たれり!」
……まぁいいや、って……おいおい、そんな雑に呼ばれちゃ野良猫だって近付いてきやしないだろ? そう思いながら胡散臭さで止めさせようとした瞬間、
「……おお、ジムよ……我が愛しき息子よ……」
そんな、嘘だろ……? さっきまで長く垂らした黒髪を揺らしながら、それらしい事を呟いてた娘の口から出たのは、俺の名前だ……いや、まだ彼女に名乗っていなかったぞ!?
「……うむ、そう疑うのも仕方ない。だが、お前は私に残されたたった一人の息子なのだ」
そう言われて思わず返答しそうになるが、俺は冷静になって考える。俺の名前は墓地の管理所で墓守りに名乗っているし、墓碑を見ればグレース・アルカーソンの名前は判る。それらしく振る舞っている娘の服装も、街中で普通に見かける平凡な格好だ。種明かしすればきっとボロが……
「……ジム、マルジとは上手く付き合っているか?」
「……マルジ? ……えっ!?」
「そう、楼主のマルジだ。ああ見えて妻子持ちでな、私より余程立派な父親だろうて……まあ、あの店では私事を垣間見せる事は無いが」
しかし、マルジの名前が出た瞬間、その娘への不信感は綺麗さっぱり消え失せた。楼主のマルジまで知っているのは、店に来た事があるか身内が働いているか、それ以外に有り得ない。少なくとも店の従業員で身内に降霊術士の娘が居る、という者は聞いた事もない。
「それじゃ本当に……父さんなのか?」
「疑うのも当然だろうな、俺は親らしい事は何一つしてやれなかったし……」
降霊術士の娘を介し、そう謝罪する親父。彼女の肉体を借りているからか、年齢を感じ難いのは確かだが、直接話してみると……次から次へと今まで溜まっていた疑問が溢れてくる。
「父さんはどうして、【月夜の帳亭】をやろうと……その、男の娘みたいな変わった者を使おうと思ったんだ」
「……ああ、それか。戦地に行き帰還する間際に、約束した事があってな」
「……約束?」
「戦地で知り合った男の息子が……生まれながら男なのに女のような身形で、そんな彼が働ける場所を作って欲しいと頼まれたんだ」
事も無げにそう言う親父だったが、それだけの理由で娼館を作り、子供の育つ環境じゃないって理由で俺を遠ざけた……のか? 何とも身勝手で一方的じゃないか。
「……ただ、戦地から帰って来て直ぐお前の母さんが死に、葬儀を終えて城下町を歩いていた際に【月夜の帳亭】になる空き家の前を通りがかった。その時に閃いたんだ」
「……そうだったのか。それで、母さんはどうして死んだんだ」
「……流行り病だった。罹った事を知った時には既に重篤だったらしく、お前を生んでから体力が落ちていたからか、俺の帰還を見届けてから掻き消えるようにな」
様々な情報の擦り合わせが真実を炙り出し、親父(の言葉を代わりに話す降霊術士の娘だが)から新たな事実が判った。
「……じゃあ、親父はどうして死んだんだ」
「それは……」
と、ここまで躊躇無く話していた親父が、不意に言葉を詰まらせる。いや、待てよ……? もし、仮に親父が誰かに一撃で殺されてしまっていたなら、それをどうやって知る事が出来るんだ? 生身の人間なら、背後から不意打ちされれば気付かない内に気絶するかもしれない。
「……悪いが、実はどうやって自分が死んだのか、良く覚えていないんだ」
「ああ、そうだったのか……なら、仕方ないよ」
そう返答しながら、俺は何か得体の知れない怖さを感じていた。もしかすると、自分の肉親を殺した誰かが居て、その相手は捕まりもせず自由に行動しているかもしれない。そう思うと……
「……若旦那っ!! 早くそいつから離れろっ!!」
突然、耳馴染みの声が墓地に響き、気付いた瞬間には俺の身体は強烈な力で引っ張られて女から引き離されていた。
「……まったくよぉ、帰りが遅いから迎えに来てみりゃあ、ろくでも無い奴に捕まってたもんだな?」
「……セヘロっ!? どうして此処に……」
「どうもこうもあるか! サワダから墓参りに出たって聞いたからよ、どこ行ったか判らなくて管理所に回ってみたら墓守りがぶっ倒れてたんだよ!」
「ああ、そうか……っ!?」
そう興奮しながら捲し立てるセヘロの顔を眺めた俺は、急に身体から力が抜けてへたり込んでしまう。
「あーあ、そりゃそうだわな……おい、お前……若旦那の生命力吸い取ってたろ?」
「……何だよ、お仲間じゃないの? ……はっ! 魔族のくせに!!」
それまでの男言葉から一転、元の若々しい女の言葉遣いになった娘は、そう捨て台詞を吐くと白香を鷲掴みにしてセヘロ目掛けて投げつけると、草木の茂みに飛び込んで身を隠しながら墓地の奥へと逃げて行った。
「……若旦那も油断し過ぎだぜ? あいつも魔族で……まあ、私とは全然違うけどよ」
俺に向かって手を差し出しながら、セヘロはそう言うと立てるか? と気遣ってくれる。
「……済まないな、何だか世話になりっ放しで……」
「あ、ああ……若旦那に倒れられちまったら私も立つ瀬がないからな! それに、ほら……何だ、まあ……」
セヘロは口ごもりながらゴニョゴニョと呟くと、俺の手を掴んで軽々と引っ張り上げ、
「……他の連中も心配してっからよ、早く帰ろうぜ」
誤魔化すようにそう付け加えると、俺に背中を向けて歩き出した。