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11・セヘロ



 結局、セヘロを伴って色街の表通りに戻って来た俺は、彼女を少し早めの昼食に誘ってみたんだが……


 「……若旦那、あんた本気で誘ってるのか?」


 うおっ!? な、何だか怖いぞ。但し言っている本人は必死に髪型を整え直しながら、だけど。


 「よ、よし心の準備は出来たぞ! ……それにしても昼日中からとは……若旦那も案外大胆なんだな!」


 ……毎度お馴染み、妙な方向に勘違いしてるな。ではキチンと誤解を解いておくか。


 「何処かお勧めの食事処はないか? そこで昼食にしよう」

 「そうか! まずはチュー……食? あ、あー、食事処の事だな!?」

 「そう言ったよ、それじゃ案内してくれ」

 「ふむぅ……」



 それからセヘロに案内されたのは、女性一人で来ても違和感の無い店で、十人も入れば席が埋まりそうな狭さ。そこは老夫婦が営む小さな店だったが、静かに食事がしたい者が訪れる穏やかな雰囲気だ。メニュー選びもセヘロに任せてみると、幾つかの料理が一皿盛りでやって来た。


 「若旦那、分けるからその取り皿を寄越してくれ」

 「ああ、済まない……」


 直ぐにセヘロが一品づつ各々に配ってくれたが、それでも量がなかなか減らない。こんなに食べ切れるだろうか……?




 「……いつもここで食事してるのか?」


 そう俺はセヘロに尋ね、自分の前に置かれた皿からジャガイモのサラダを口に入れる。丁寧に裏漉しされたそれは舌触りも良く、噛まなくても口の中で溶けていくようだ。


 「いや、今日は若旦那の為に静かな店を選んだが……お気に召さなかったか?」

 「いや、そうじゃないよ。品の良い店だな、此処は」


 そう褒めるとセヘロは恥ずかしそうに眼を細め、半ば空になった自分の皿にせっせと料理を載せた。それにしても、さっきまで有った料理の山は一体何処に消えたのかと言えば、セヘロの腹の中である。因みにこの量で二人前きっちりだそうだが、俺は一巡りしただけでもう充分だ。


 「若旦那、私に遠慮せずもっと食べれば良かったのに……」


 妙にしおらしいセヘロにそう言われると、何だか申し訳無く思えてしまう。しかし、彼女らしい健啖な食べっぷりが見られたのは、結構な収穫だった気がする。


 「色々と気に入ったから、次に来た時に堪能するよ。その時はまた宜しくな」

 「うん……ん? ま、また来ても良いのか!?」

 「ああ、その時も君と一緒に来よう」


 そう告げた瞬間、セヘロの頭の上から、蒸気のような何かが突き抜けていった気がする。


 「は、はひぃ……わ、若旦那!! 絶対だぞ!!」


 そう言ってガッと俺の両手をしっかり掴み、ブンブンと上下に振るセヘロの表情は、店では到底見られない年頃の娘そのものだった。




 「……ところで、ちょっと聞いても良いか」


 食事を終え、濃いお茶の一杯をゆっくりと楽しみながら、俺はセヘロに尋ねてみる。


 「何だ、若旦那。改まって何を聞きたいんだ?」


 俺の調子に何か察したのか、神妙な顔付きでセヘロが聞き返す。


 「俺の親父、つまり大旦那はどんな男だったんだ」


 大して難しい事じゃないつもりでそう言った俺に、セヘロは少し間を空けてから、


 「……どんな男、か……そうだな、芯の通った生真面目な人だったと思うぞ」


 有る意味、期待通りの返答に俺は苦笑いする。そりゃそうだ、何せあれだけの店を構えて、それなりの売り上げが出せる店に仕立て上げたんだからな。


 「たぶん……若旦那が聞きたいのは、そうじゃないんだろ? ……男の娘を抱くような人間だったか、って点なら、それは違うと思う」


 俺の意図を察したのか、そう言ってセヘロは一口茶を啜り、それから再び口を開いた。


 「……常々、店の商品に手を出すような者は、商売人として失格だ、って言ってたぞ」

 「……そうか? なら、良いんだ」


 俺の答えに、若旦那のそういう真面目な所はそっくりだ、と言ってセヘロは笑う。


 「何と言うか……俺は店の花売りは抱けない、と思う。みんな金を稼ぐ為に身を売っている訳だし、それが仕事だからな。もし、俺がそんな事をしたら……たとえ店の主人だったとしても、食い逃げみたいなものだからな」


 俺がそう断言すると、セヘロはニコリと笑った。


 「ああ、判ってるよ若旦那! あんたは普通の趣味の男さ!!」


 彼女にそう言われてみると、【月夜の帳亭】という娼館が如何に変わった店か、と思わされる。見た目は女そのものなのに、中身は歴とした男が身を売る店。この店の客は、果たしてどんな願望を果たしにやって来るのだろう。男として男を抱きたいのか、それとも女の身になって男を……いや、待てよ? 相手は女の見た目の男だ。つまり男として女を……だったら、普通の娼館でも構わないんじゃないか?


 「……若旦那、難しい顔で何を考えてるんだ?」


 固い表情の俺にセヘロが心配気味に尋ねてくる。


 「いや、店の客は何を求めて来てるのか、って思ってな」

 「……そんなのは聞いてみなきゃ、判らないだろう?」


 真っ当な答えだが、客に聞く訳にもいかない。商売柄、相手の素性まで尋ねる事は出来ないし。それに、目的は明らかなんだからな。


 因みに、女の客も時折来るには来る。そうした女性客ともなると……色々と混み入った理由があるに違いないが。




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