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10・店の休みの日



 昨夜は大々的なアゼンタの初顔見世となり、売上も上々。常連客にも顔を覚えて貰い、御祝儀がてらで順調な滑り出しになっただろう。


 ……だからと言う訳でも無いが、マルジから今日は店を休みにしましょうと提案された俺は、少々面食らってしまった。


 「大きな商いの後は、店を休みにしてもバチは当たりません。世間の皆様も仕方ないと諦めてくれましょう」


 そう促されてみれば、確かにそうだろう。肝心のアゼンタも明け方まで客と接し、さぞ疲れていると思えば……逆らう道理も無さそうだ。


 「では、店の者にお伝えしておきます。各々の好きなように一日過ごすもよし、溜まっていた洗濯物を片付けるもよし、ですから」


 俺の洗濯物なんて、店の誰かがいつも片付けてくれるので考えた事も無かったが、彼等も私用はあるのだ。


 「……そうです、旦那様。こういう時はセヘロでも誘って、町の昼の顔を良く見ておくのも後学の為になりましょう」

 「うん、確かにそうだな。色街も昼の商いだって……何だって?」


 しれっとセヘロの名を出すマルジに、俺は思わずどうしてだと尋ねかけたが、


 「お、おぉ! 若旦那は昼の色街はまだだったのか!? なら案内させて貰うぞ!」


 いつものように音も無く現れたセヘロが声高に叫び、俺の休日は用心棒付きになった。全く、何が悲しくて休みの日まで……


 「……わ、若旦那は……私じゃ役不足なのか?」

 「あっ、いやそう言う訳じゃ……」

 「……なら決まりだな! 心配するな若旦那! こう見えて昼間も常に安心だからな!」


 ……全然安心出来ない保証だな、こいつの心配ご無用は……とは言えないので、ここは黙って従うとするか。それにまぁ、昼間の明るい陽の光の下で、セヘロの顔を拝むのも悪くないか。



 「お待たせ……うおっ! ……セ、セヘロなのか?」


 着替えを済ませて一階に降りると、何時何処で着替えたのか見た事も無い服装のセヘロが、応接室の脇に置かれた姿見の鏡を覗き込み、髪の毛を手で撫で付けていたが……その出で立ちに、つい声を漏らしてしまった。


 「……うあ!? も、もしかして、ちょっと入れ込み過ぎたか?」


 向こうも俺が妙な声を上げた事に気付き、恥ずかしげに俯いてヒールの踵を小さく鳴らす。でも、うん……


 「いや、凄く似合っているよ。いつもより美人に見える」

 「びじっ!? うぁ、そそそそうか!?」


 肩に届く程度に揃えて切り詰めた髪を、さらりと揺らしながらセヘロが背中を向ける。いつもの見慣れたホワイトシャツと折り目の効いたズボンも悪くないが、今日の彼女は丈の短い緑のベストを羽織り、同じ色のスカートにヒールの高いショートブーツだ。いや、それにしても何時の間に着替えたんだ?


 「うわ! セヘロさん、旦那様とお出かけするんだぁ~? いいなぁ~!!」

 「わあ! おめかししてるぅ~♪」


 と、二階の踊り場から小間使いのポニー達が手摺りから身を乗り出し、これみよがしに囃し立ててくる。


 「う、うるさいガキ共!! 今から若旦那をエスコートすんだから黙ってろぃ!!」


 ばっ! と拳を振り上げながら威嚇するセヘロだが、いつもと違うヒラヒラしたスカートのままじゃ、何とも締まらない感じだな。




 「……で、何処に行くんだ?」

 「お、おぅ……そーだなぁ、一つ先の善人通りから行くとしようか!」


 店を出て歩き始めた俺とセヘロは、彼女の案内で一つ先の通り、通称善人通りに向かって行く事になった。善人通りとは、色街に入る手前で分岐する道を進んで辿り着く通りで、昼から夕方まで店を開けている普通の店も軒を列ねる。通称は善人通りでも、中には色街で扱う妖しげな催淫香や効き目は人各々の強壮剤を置く店もたまに有り、流石は通り一つ跨げば色街の有る界隈だと納得出来る。


 「セヘロは良くこの辺の店には来るのか?」

 「ん? まあ昼間はたまーに来る事もあるし……それに私は料理が苦手だからな! よく昼飯を食いに来るぞ!」


 何故か得意気にそう告げると、彼女は人の間を器用に抜けながら時折後ろを振り返り、俺が付いて来ているのを確かめつつ進んでいく。


 「この辺までは商店が続いていて、食堂やカフェもぼちぼち有るから、その……後でまた来よう若旦那!」


 まあ、昼時にはまだ早い。もう少ししたらセヘロを昼食に誘ってみよう。そう思いながら店内から商品棚を通りに向けて突き出し、手に取って眺め易いように並べた独特な店が多い界隈に出る。装身具等は高い値段の物は店の奥で、気軽に買える値段の品は実際に手に取って品定めが楽そうだ。


 「うーん、こういうのを見ると、うちの店も従業員の顔が判る方が一見客も入り易いかもなぁ」

 「それはそうかもしれないけどよ、見られる方は余り良い気がしないぜ? それにわざと見せない方が客も期待するもんだしな」


 安い指輪を手に取ってから棚に戻しながら、俺が呑気にそう呟くと、セヘロが珍しく真っ当な事を言うので、


 「……確かにそうかもな。じゃあ、何か被り物させて、金を積んだら見せるのはどうだろう」

 「色街に来る客だから、それでも金払って見たがるのも居るかもな」


 セヘロの言葉に相槌を打つと、彼女はちょっと見直したか? と言いたげな表情で微笑んだ。うーん、何か買って贈ろうかと思ったが、ちょっと値段が安過ぎる気がしてきた。他を見てみるか。


 そうして店から店を渡り歩き、気付くと結構な時間が過ぎていた。


 「それじゃ、元の通りに戻るか」

 「よ、よし! そうしよう!」


 セヘロはそう言いながら通りを戻り、格子戸の降りた色街の路地に一歩踏み込んだその時、通りに面した扉が開くと同時に、中から濃い化粧の一目で娼婦と判る女が俺の前に立ち塞がった。


 「あらぁ……こんな昼間っから女漁り? なかなかどうして隅に置けない御仁だわねぇ」


 と、妙に気だるい口調で話し掛けてくる。


 「ぅおいっ!! 真っ昼間から客引きすんのは御法度だろ! 失せろっ!!」

 「……ふん、何を吠え……? ちっ、【月夜の帳亭】の飼い犬かい! ……ゲンが悪くなるわ全く……」


 セヘロが割って入ると女はあからさまな渋い顔色に変わり、ぶつぶつ言いながらも扉の向こうに大人しく戻って行った。どうやら三つ眼の女ってだけで、セヘロは強面として相当睨みが利くようだ。いや、確か【月夜の帳亭】って言ってたな。そっちでも名が売れてるのか?


 「済まないな、セヘロ」

 「何を言うんだ若旦那! 私はあんたの用心棒だぞ? 悪い虫が付かないよう見張るのが仕事さ!」


 さらっと言い退ける彼女の耳は、何故か赤くなってる。どうにもセヘロのツボは良く判らん……。



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