世界の半分
「ふふふ、よくぞここまで来た勇者よ!
わしは待っておった、其方のような若者が現れることを。
もし、私の味方になれば世界の半分を◯◯◯◯にやろう!」
部室に入ると同時に、どこかで聞いたようなセリフが聞こえてきた。
目の前の美少女は左手を腰に当て、コチラを右手で指差すようなポーズを取っている。
後ろの窓が開いているせいで強風が部室に入ってきており、肩までかかる綺麗な彼女の黒髪が靡いている。
「なーにやってんですか早瀬先輩……、新しく執筆してる小説の導入ですか?」
「うむ、次は魔王を登場人物にするつもりだからな!」
髪をかき上げてポーズを取り直す、腰をグッと入れたそのポージングはまるでファッションショーのモデルのようだ。そんな魔王がいてたまるか。
「魔王とはどんな気持ちか調査しなくてはと思ってな、さしあたり可愛い後輩にでも世界の半分をくれてやろうというわけだ」
彼女は壁に立てかけてある折り畳み式のパイプ椅子をとり、なれた手つきでそれを広げると、長机の真ん中に移動させ腰掛けた。
僕は開放されきっている部屋奥の窓を閉め、立てかけてあるパイプ椅子を取る。彼女と少し離れた位置に設置して着席した。
「ところで、君はこのセリフの元ネタになった作品を知っているかい?」
「某国民的ゲームですよね、流石に知ってますよ」
「実際にやったことは?」
「世代じゃないので、残念ながら……」
原初の原初まで遡るなら、僕達の父母ぐらいの世代ではないだろうか。何回もリメイクされてるし何作もシリーズが出ているが、生憎僕は触れた事がない。
ふむ、と早瀬先輩はスクールバッグから白い原稿用紙を取り出し、机に広げた。20×20の原稿用紙といえば誰もが思いつく、読書感想文に使用されているアレだ。
「では魔王の提案に"はい"と答えると、勇者がどうなるか知っているかい?」
……どうなるんだろう?普通に考えれば騙し討ちされるような気がする。魔王にとって大事な世界の半分を無条件で手渡すなんて、そんな都合のいい話があるわけが無い。
「殺されるんですかね、冥界はお前のものだーとかなんとか言って、あの世とこの世でお前があの世を統治するのだみたいな?」
「君はなかなか物騒だな、そんな発想で文芸部員としてやっていけるのかい?」
回答への反応が気になり、早瀬先輩の方へ顔を向ける。彼女は右手に持つ鉛筆を時折クルクルと回しながら、原稿用紙に何かを書いている。
「じゃあ試しに、私が世界の半分を君にやろう」
そう言うと、早瀬先輩は目の前の原稿用紙を両手でくしゃくしゃにしてしまった。小さく、野球ボールほどの大きさになったそれを、僕の顔目掛けてひょいと投げる。
なんとなく彼女の思惑が分かったので、受け取った原稿用紙だったものを広げて再度元の姿に復元する。するとそこには大きな文字で『セカイノ ハンブン』と殴り書きされていた。こんなことだろうと思った。
「本当の魔王より遥かに寛大な処置だがな」
彼女はそう言った後にバッグからまた新しい原稿用紙を取り出し、机に広げた。
「原作での魔王は、"はい"と答えた勇者に何をしたんですか?」
「魔王はセカイノハンブンっていう名前の檻に勇者を閉じ込めたんだ、彼はそこから出ることをなく、狂いながら一生を終えた」
魔王は労せずして、世界の全てを手に入れたというわけさ。そう言うと彼女はふふと微笑みながら、原稿用紙に何かを書いている。
「君もその方がよかったか?」
「そうですね、もし先輩が魔王になったら構いませんよ」
冗談混じりに返すと、彼女は何かを閃いたのか、原稿用紙の右端に文字を書き込んでいく。
どうやら、執筆している話のタイトルが決まったらしい。気になったので覗き込んで確認してみるとーー。
『世界の半分をやると言ったら、勇者がむしろ俺を閉じ込めろと言ってきたので、本当に世界の半分をあげることにした』
「…………平和な世界観ですね」
「全くだ」
「………独創的なタイトルですね」
「うむ」
「……面白い作品になりそうですね」
「…………」
しばらくお互い無言のまま固まっていると、ふいに彼女が目の前の原稿用紙に大きくバッテンを書き、そのまま両手でグシャグシャに丸めてしまった。
「後輩くん、半分とは言わず世界の全てをやろう。ありがたく受け取りたまえ」
「いえ、いらないです」
僕が間髪入れずお断りすると、彼女はため息をついて世界の全てを部屋の端にあるゴミ箱に投げ入れた。
放たれた世界はゴミ箱に入ることなく、その横に力なく転がるだけだった。