5.
周りがとても騒がしい。
いつの間にか、まばらだった生徒が増えている。
どこから集まってきたのか、ねえねのクラスではない生徒まで私たちを取り囲み、見物しているようだ。
氷上君は気にする様子もなく、話を続ける。
「じじ実は、入学当初から同じ学校だということは分かっていた。おおお同じクラスの蓬莱さんが片割れだということも。た、ただ、ずっと学校で女神に声をかける勇気がなかった。め女神の前では情けない有様である事は自覚している。そそそれでもあの日、がが学校の花壇で見かけたとき、よようやく勇気を出して声をかけることができた。ここれから頑張って、すす少しずつでも存在をアピールしていきたいと思っていたところに、ここここのような」
「私のことを嫌っていたわけではないってことですね?」
「ききき嫌うはずがない!!」
氷上君は再び大声で叫んだ。
「あの、そういえば部活は?」
「そそそんなこと、どうでもいい」
彼は時間をとってくれるようだ。
「じゃあ、改めて言います。私とお友達になってください」
「よよよ、喜んで」
氷上君は俯き赤くなりながらも、上目遣いに私を見つめた。
急に胸が苦しくなる。
「あ、あの噂は、本当だったんですね」
「噂?」
「少し胸が苦しくて。目を合わせてお話したので、私も撃たれてしまったのかもしれません」
「う、撃たれる?」
「氷上君の視線に」
氷上君の顔は更に赤くなる。
「ななな、何を言う。めめめ女神の視線のほうがすごい破壊力だ。かか顔は火照り、し心臓は破裂寸前、こ言葉は不明瞭、おお思いと裏腹な奇行に走り、おお俺はまともな状態でいられなくなる。そそ、それなのに側にいたいと願ってしまう」
確かに、若干何を言っているのか分からない。
「さっきからずっと気になっていたんですけど、その女神っていうのはなんですか?」
「は花の女神だ。花に声をかける君の姿は可愛く美しく、それでいて纏う空気は澄んで神々しくて、ここ、こんなの女神以外に考えられない」
「女神って、私のことだったんですか? 私が女神だなんて、全然違います」
私は勢いよく左右に首を振る。
「い、いや、おお俺にとって君は特別な女神だ」
氷上君は赤面しながらも、今度は真っ直ぐに私を見ていた。
「氷の貴公子に花の女神ね。それはそれはとてもお似合いなことで」
「ねえね?」
いつの間にか見物の生徒に混じって、ねえねが私の横にいた。
「にに、似合い?」
氷上君は私からねえねに視線を移す。
「氷上君、昨日はのど飴ありがとね」
「いや、しかし昨日飴をあげたときは蓬莱さんではなかったはずだ」
氷上君は冷静に返した。
「でも私にくれたつもりだったんでしょ?」
「まあ、そうだが」
彼は人が変わったかのように流暢に話す。
切り替わりがすごい。
「どうして?」
「君の風邪が女神にうつってはよくない」
「なるほど。そういうわけね」
ねえねは笑った。
「氷上君は、琴のことが大好きなんだね」
氷上君は再び後ろに下がり、机に激突する。
そうして形のよい唇を半開きにし、無言のままねえねを見ていた。
「違うの?」
「違わないが………」
表情は薄いが、明らかに動揺している。
「友達でいいの? この子鈍いんだから、もうはっきり言いなよ」
「しかし」
「鈍いけど、もてないわけじゃないんだからね。そんな悠長な考えでいたら、他の人に取られちゃうよ」
ねえねは、一体何の話をしているのだろう。
「そんな輩は撃ち殺す」
氷上君の返しもおかしい。
「あはは。ちょっとそれは物騒すぎ」
ねえねは声を上げて笑った。
「銃刀法で禁じられているし、さすがに本当に撃ち殺したりはしない。ただ、女神を誰かに渡すわけにはいかない」
氷上君は冷たい目をしてそう言った。
「そんなにまで琴のことを想っているのに、なんではっきり言わないの?」
「俺はまだ女神に相応しくない」
「難儀な性格だね」
ねえねは肩をすくめる。
「相応しい人間になれたらと思っていたが、確かにこのままではいつまでたっても彼女に相応しい人間になれる気がしない」
氷上君は呟くと、急に私に視線を向けた。
「こここ琴羽さん、俺は君のことを、ああああ愛している」
「え?」
私は驚いて、氷上君を見上げる。
「もも勿論、ここんな俺では釣り合わないと分かっている。だだ、だから友達からで十分だが、ここ琴羽さんを友達以上に思っているということは、わ分かっていてほしい」
私は小さく頷く。
「よかったら、今度のお休みに隣町の公園に行きませんか? 今の時季、綺麗な立葵が咲いています」
私は動悸が収まらない胸を押さえながら、そう伝えた。
「うう嬉しい。立葵は、おお俺の、いいい一番好きな花だ」
氷上君は笑った。
「それと、お友達って言っておいてなんですが、私も、多分……いえ、すごく……」
みんなが見ているし、とても言いづらい。
でも、言いたい。
どうしても今、言わなくてはいけない。
氷上君は不思議そうな顔で、私の言葉の続きを待っている。
「私も氷上君が好きです」
「す、好き!?」
氷上君はまた後退して机にあたり、今度はそのままひっくり返ってしまった。
「大丈夫ですか?」
「だだだ、大丈夫ではない!! ここここれは、現実か?」
「現実です」
私も恥ずかしくなって一緒にしゃがみ込む。
ねえねの「おめでとう」と言う声が聞こえる。
そして拍手が鳴り止まない。
氷上君は両手で自分の顔を覆う。
冷たいなんてとんでもない。
こんなことを思ったら失礼なんだろうけど、赤くなって伸びている氷上君はとてもかわいい。
クールな氷上君も素敵だと思う。
どちらの彼も魅力的だ。
色が変わる紫陽花のように、いろんな表情を見せる氷上君。
ずっと側で見つめてゆきたい。
《補足》
部活でショットガンを使っているわけではありません。彼がやっているのはライフル射撃です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。