3.
翌日。
朝から入れ替わり、父はウィッグを付けた私をねえねだと勘違いした。
それで、ほんの少しだけ自信がつく。
登校途中に会ったお互いの友達が、いつものように私たちに話しかけた。
私のクラスは七組で、ねえねのクラスは一組。
教室がある棟すらも違う。
ねえねとは階段の踊り場で別れた。
不安から、私はマスクをかける。
「音羽、心配しなくても誰にも気づかれないって」
ねえねの親友の結ちゃんが声をかける。
音羽はねえねの名前だ。
私は緊張しながら小さく頷く。
結ちゃんに案内されて、教室のねえねの席に着いた。
窓際の後ろから二番目。
よい位置だった。
ここなら教室全体が見渡せるし、変に目立つようなこともない。
クラスによって雰囲気が違うものだけれど、なんだかうちのクラスよりだいぶ落ち着いて見える。
「廊下側の前から四番目、氷上君だよ」
前の席のエルちゃんが、小声で教えてくれる。
エルちゃんもねえねの仲良しのお友達だ。
彼は男子数人で話しているようだけど、ここからだと顔が見えない。
周り込んで確認したいが、そんなことをしたら怪しまれそうだ。
教室では盛んに「おはよう」が飛び交っている。
私もいろんな人に声をかけられ、返した。
結ちゃんが私の手を引っ張る。
そして氷上君の席の近くまで行くと、
「氷上くん、おはよー」
と軽い調子で声をかけた。
氷上君が振り向く。
あ……。
タオルさんだ。
一瞬で分かった。
こんな無表情のタオルさんは見たことがなかったけれど、間違いはない。
やっぱり氷上君がタオルさんだったんだ。
「おはよう、嶋田さん」
氷上君は結ちゃんに挨拶を返した。
それから私に目線を移し、
「蓬莱さん、おはよう」
と言った。
いつものタオルさんの挨拶とは全然違う。
落ち着いた、というより感情のない淡々とした挨拶だった。
私はびっくりしてしまって、冷たい表情の氷上君を見つめる。
「音羽、無視?」
結ちゃんに促される。
「あ、ううん。ごめんなさい。氷上君、おはよう」
氷上君は怪訝な表情に変わり、私を見ている。
「風邪?」
彼は私のマスクを見ていた。
「違う違う。昨日うちらカラオケに行って歌いすぎちゃって、ちょっと喉痛いんだよね。音羽は特に酷くて、あんまり声出せないから」
「……うん。そうなの」
私は結ちゃんの素晴らしい機転に合わせて、そう答えた。
「なんか蓬莱、今日、雰囲気違くねえ?」
氷上君の側にいた男子が、自分の眼鏡を手で上げながら私を凝視する。
「おい。黙れ、木田」
いつの間にかエルちゃんが近くに来ていて、その木田君という男子を引っ張っていった。
心配して氷上君を見ると、彼はエルちゃんと木田君のやりとりを気にも留めずに、他の男子と数学の問題について話していた。
「氷上、呼んでるよ」
教室の後ろのドアから、突然男子の大きい声が聞こえた。
続いて、女の子たちの黄色い声。
落ち着いていると思ったクラスの雰囲気は一変する。
氷上君は席を立って、廊下に向かった。
「また告白かな」
結ちゃんが呟く。
「告白!?」
私は思わず叫んでしまった。
「心配しなくても、氷の貴公子ショットガン・アイが誰かと付き合うことはないよ」
そんなことを言われても、なんと返したらよいのか分からない。
正直、困惑していた。
ボランティア活動で会う時と、彼があまりにも違いすぎていて……。
「見た目は最高なんだけどねー。ただ、感情が見えないっていうか、変わってるよね。琴……じゃなかった、音羽、がっかりしてない? まだ氷上君と友達になりたい?」
結ちゃんには詳しい事情を話してある。
「勿論、仲良くなりたいです」
「そうかそうか。付き合いたい女子なら山ほど見てきたけど、友達になりたいっていう女子はそうそういないよ」
結ちゃんは笑って言った。
しばらくして、氷上君が教室に戻ってきた。
でも、すぐに朝のホームルームが始まり、後ろ姿しか見えない彼の様子を伺い知ることはできなかった。
授業中、先生に指されると、氷上君は模範解答のごとく完璧に答えた。
お昼休憩になり、氷上君は一人教室を出て行く。
気になった私は、思い切ってそっと彼の後をつけてみることにした。
氷上君の目的地は花壇だった。
桔梗の花壇や、園芸部の部室あたりを何度も往復している。
そういえば、ここは昨日彼と会った場所だ。
やっぱり氷上君はお花が好きらしい。
お花の話をしたかったけれど、今日の私はねえねなわけだし、どう声をかけていいのか分からない。
それから私は教室に戻り、結ちゃんたちとお昼を食べた。
「結局、朝の告白はいつものごとく一刀両断だったらしいよ」
イチゴミルクのストローを伸ばしながら、エルちゃんがそう言った。
「やっぱり告白だったか」
結ちゃんは冷めた顔をしている。
「一刀両断?」
私は首を傾げる。
「無表情、鋭い眼光で「付き合えない」の一言。いつものことだね」
エルちゃんは言った。