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2.

 家に帰宅後、ねえねと一緒にアイスを食べていた。

 それで、今日の奇跡のような出来事を伝える。


「ちょっと待って。今、氷上(ひかみ)って言った?」

 ねえねは慌てて聞き返す。


「うん」

 私は返事をして、食べ終わった白桃アイスの棒をゴミ箱に捨てる。


「氷上ってうちのクラスの氷上藍流(あいる)?」


「うん、そういう名前だった。なんだか格好いい名前だよね。ねえねのクラスってことは、私とも同じ年だったんだね」


 ねえねは呆けた表情で口を開けている。


「ねえね、どうしたの?」


「ホントに氷上君だった?」


「ホントにって?」


「話に聞いてたタオル君と全然違うんだけど。いや、それ以前にありえないよ。氷上君は、氷の貴公子ショットガン・アイって異名が付くくらい、ちょっと特殊な存在なんだよ」


「何それ……怖い。ねえねのクラス、いじめがあるの?」


「まさか。逆だよ、逆。氷上君は異名が付いちゃうくらい崇高な存在なの!!」

 ねえねは声を張り上げた。


「崇高……。氷の貴公子はまだ意味がわかるけど、ショットガン・アイってなに?」


「彼、射撃部のエースだから。それだけじゃなく、目から変な光線が出ててさ。目が合っただけでやられちゃうんだよね」


「やられ……」

 私は怖くなって無意識に復唱する。


「琴、やられるっていうのは心奪われるって意味で、琴が考えてるような猟奇的な意味じゃないからね」


「え?」


「こ・い。恋のほうね。私が見た感じ、校内の八割の女子はあの男が好きだね。私も告白でもされようものなら、少しは迷うかな」

 ねえねとお付き合いしている響ちゃんの、焦る表情が目に浮かぶ。


 ねえねは「まあ、それは冗談だけど」と笑い、話を続けた。

「本当のところ、光線ていうかクールで顔が整いすぎてるのが問題なんだと思うな。凝視されれば誰だってやられるよ。基本無表情だし、本人意図してるわけじゃないとは思うけど」


「なんだかすごい人だね」


「うちの学校の制服着てたってことは、タオル君は間違いなくうちの高校の生徒なんだろうけど、怪しいなあ。氷上君の成りすまし?」


 ねえねはもう笑っていなかった。

 推理小説の主人公のごとく、渋い顔で腕組みをしている。


「何のため?」


「貴公子気取って、琴に好かれたいとか?」


「タオルさんがそんなことするわけないよ」


「大体、琴、今まで学校で氷上君を見たことなかったの?」


「うん。名前だって今日初めて知ったんだよ?」

 私の言葉に、ねえねは呆れた顔する。


「氷上君は入学主席だったから、新入生代表の挨拶もしてたじゃない。当初からだいぶ騒がれてたよ」


「そうだったんだ」


「もう、琴は相変わらずぼんやりだね。じゃあ逆に、タオル君ってどんな顔なわけ?」


「それが、いつも俯いてすぐタオルで顔とか隠しちゃうから、あんまりじっくり見たことがなくて。少し目が合ったら逃げちゃうし。今日も俯いて、すぐに走って行っちゃった」


「それ、絶対氷上君じゃないわ」


「じゃあ、同姓同名の別人かな?」


「そんな珍しい名前、ありえないでしょ。そうだ。ねえ琴、私、面白いこと思いついちゃった」

 ねえねは、悪戯っぽく笑ってそう言った。






 二時間後、ねえねの髪は短くなっていた。

 美容院で長い髪を、私と同じ肩に付く程度の長さにまで切ってきたのだ。


「ねえね、本気だったんだね……」


「勿論。別に長い髪にこだわりとかなかったし」


 このねえねの一見脈絡ない行動は、さっきの思いつきに由来している。

 なんと、ねえねは学校で私と入れ替わろうとしていた。


「琴にはこのロングのウィッグね。響ちゃんママから借りてきたよ」


 五歳年上のねえねの彼、響ちゃんのお母さんはメイクアップアーティストだから、こういうときはとても頼りになる。


「でも、やっぱりねえねと入れ替わるなんて無理があるよ」


 ねえねは私の言葉を無視して、私の頭にウィッグを被せた。


「うん、ぴったりだね。大丈夫だよ。大抵の人は髪型でしか区別つかないんだから、一日くらいばれやしないって」

 ねえねは自信たっぷりにそう言った。


「ばれなければいいということではなく……」


 ねえねは私の言葉を聞いていない。


「そうだ。お互いのクラスの友達には協力してもらわないとね。まあ共通の友達もいるし、大丈夫でしょ。早速グループLINEで連絡しますかね。琴のほうもよろしく」


「何でこんなことに……」

 私の声は小さくなる。


「だって実際の氷上君を見れば、タオル君かそうじゃないかすぐに分かるでしょ?」


「けど、別に入れ替わらなくてもいいんじゃないかな」


 先生に見つかったらすごい怒られるだろうし、確認するだけにしてはリスクが高すぎる。


「万が一タオル君が氷上君だとして、私、女子の中では結構氷上君と話すほうだから、自然と話ができるよ。琴、彼と仲良くなりたいって言ってたじゃない」


「それこそ無理だよ。ねえねのふりしてお話なんてできないよ」


「それならそれで、近いとこから観察はできるでしょ」


 私は無言でねえねを睨む。


「琴から聞いてたタオル君と氷上君が同一人物とはとても思えないけど、もし、もしもそうだったら面白いからね」


「ねえね……」


「重くとらえずに。チャンスだよ、琴。氷上君と友達になりたいんでしょ?」


 そう聞かれれば、それはその通りなので黙って頷くしかない。


 ねえねは、また私の頭を撫でる。

 確かに教室なら、そして私がねえねなら氷上君は逃げたりはしないだろう。

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