ルート:ジョッシュおまけ
あなたは正式にジョッシュと結婚をした。
竜騎士団の本陣から出て、街中の一軒家に二人で暮らしている。
と言っても、参謀という立場のジョッシュは毎日忙しくしているようだ。
竜騎士の仕事というのは実に多彩で、他国の戦争に駆り出される傭兵業のような事から、観光客に竜を見せてあげたり乗せてあげたりもしている。
そうしてこの村は外貨を得ているのだ。
今日も今日とてお仕事満載だったジョッシュが、息を吐きながら家に帰ってきた。
「はぁ」
「おかえり、ジョッシュ」
「ただいま、巫女姫サン」
最近、厄介な案件をいくつも抱えていると言っていたジョッシュは、かなり疲れているように見えた。
「ねぇ、明日は休みがとれたんでしょう?」
「一応は休みの日ですがね」
「ちょっと、お出かけしない?」
「ま、別に構いませんが」
あんまり嬉しくなさそうだなぁとあなたは思ったが、それでも気分転換になればと出かけることにした。
翌日はこれ以上ない快晴で、疲れているジョッシュには日差しがきつそうだ。
しかし、せっかくのお出かけである。
ちょっとくらいは良いだろうかと思い、あなたはジョッシュの手を繋ごうと、その指に触れた。
「何してやがんですか」
しかしパッと手を下げられてしまい、あなたは少しムッとする。
「手を繋ぐくらい、良いじゃない」
「いやですよ。朝食のシチューでベトベトな手を塗りつけられるなんて、最悪極まりない」
「手は洗ったし、ベトベトになんてなってないから!」
反論するも、ジョッシュは不敵な笑みを浮かべるだけで、結局手を繋いではくれなかった。
そうしてあてもなく町中を散策していると、『巫女姫さま』とみんなが声をかけてくれる。
「巫女姫さま、今日は参謀長とお出かけですかい!」
「今日は粋のいい魚が手に入ったんですよ! 後でお届けしましょうか!」
「巫女姫さま、ミートパイが焼けたところなんです! ぜひ食べて行ってください!」
「巫女姫さまー、また異国の話を聞かせてー!」
あなたはそう話しかけてくれる人たち、一人一人に丁寧に挨拶し、笑顔で応える。
「……巫女姫サンはえらく人気者なようで」
「それは、私が巫女姫だから構ってくれてるだけだよ」
「そうですかね」
そう言ってジョッシュはふいっと人気のない方に歩いて行ってしまった。
追いかけようとしたあなただったが、またも『巫女姫さま』と声をかけられて応対する。
そして振り返った時、ジョッシュの姿はそこになかった。
「ジョッシュ……ジョッシュ?」
どうやら、はぐれてしまったらしい。こういう時に携帯電話のない世界というのは、とても不便である。
あなたは急いで町中を探すも、ジョッシュの姿は見つけられなかった。
「どうしよう、帰っちゃったのかな……私も帰ってみるべき?」
はぐれた時の待ち合わせ場所を決めておけば良かったと思うも、後の祭り。
ここは村という名はついていても、南の居住地区はかなり発展していて、とても広くて入り組んでいる。一度はぐれると見つけ出すのは容易ではなかった。
その辺をぐるぐると歩いてみるも見つからず、あなたはため息を吐き出す。
「ちょっとくらい、待っていてくれたって良いのに……」
今日は、特に何かをする予定ではなかった。
ただ、ジョッシュの息抜きになればと思っていただけだ。
二人で仲良く、町を歩きたかっただけ。それがジョッシュの気を害してしまっていたのだろうか。
とぼとぼと歩いていると、観光客らしい男の肩にぶつかってしまった。
「ボケッとすんな、ババァ!!」
「!!」
ババァ……ババァ。
初めて言われた言葉だ。
いつも巫女姫さま巫女姫さまと持ち上げられて、良い気になってしまっていたのかもしれない。
一般的に見れば、ババァと言われても仕方のない年なのか。
しかし納得できず、悔しくて言い返したいあなただったが、言葉は出てこなかった。
「おら、どうしてくれんだ。骨が折れちまったじゃねーか」
思った以上にガラの悪い男にぶつかってしまったようだ。
昭和のヤンキーかと突っ込みたかったが、意味が通じないだろうなとあなたは黙っておく。
ふと見ると帯剣していたので、あまり事を大きくしない方がいいかもしれない。
「あーいてぇ。ほら、慰謝料出せよ。有り金全部で許してやらぁ」
あなたは今も竜騎士の本陣で働いているが、それは血税からいただいているものだ。こんな輩に渡せはしない。
「嫌です。あなたなんかに一円……一ジェイア足りとも渡せません」
「んだとう? このオトシマエ、どうつけるつもりだ!」
ざわざわと人が集まってきた。それでも男は怯まず、高慢な態度を崩さない。
「金が嫌なら体で払うか? ババァでも奴隷くらいにはなんだろ。おら、来い!」
「いやっ!」
グイッと掴まれる手首。抵抗しようとすると思いっきり引き寄せられ、足元がもつれる。
「へへ、ババァかと思ったが、まだ使えそうじゃねぇか」
舌なめずりする男に、あなたはゾゾと身を震わせた。
「巫女姫さまに何をする!」
「巫女姫さまを返せー!」
町の人たちが声を上げて非難するも、男は嬉しそうに口元を上げるだけだ。
「へぇ、あんたが巫女姫ってやつなのか。あんたを攫っていきゃあ、たんまり身代金が取れるってもんだぜ。ボスに褒められちまうな」
キンっと音がしたかと思うと、男は剣を鞘から抜いていた。あなたの首元に当てられ、ヒヤリとした感覚に襲われる。
男の嫌な息が、あなたの首に掛かる。
「巫女姫が殺されたくなきゃ、道を開けな」
「ああ、巫女姫さまが……」
取り囲んでいた町の人が、悔しそうに道を開けた。
「ぐずぐずすんな、来い!」
少しでも時間を稼ごうと足を引きずるように歩いていると、群衆から飛び出してくる者の姿。
「みこひめちゃまぁ〜!」
いつもミートパイを売ってくれる夫婦の娘のリルだ。空気を読まず、あなたに向かって一直線に走ってくる。
「なんだぁ?」
「危ない、来ちゃダメ!!」
あなたに到達しようとした瞬間、男の剣がリルの首元に向けられた。
「止まれ」
「あうっ」
リルは首元に刃を当てられ、ようやく事態に気づいたらしい。男と目を合わせて、ガクガクと震え始めた。
「女のガキはいい値段で売れんだよ。愛好家がいてなぁ」
「リル!」
「リルーー!!」
群衆の中から、リルの両親の声がした。まだ四歳になったばかりのリルを、そんな愛好家の手に渡すようなことがあってはならない。
「お願い、やめて! 私がいればいいでしょ!!」
「だったらさっさと来やがれ! チンタラ動いてたら、このガキぶち殺すぞ!!」
「わかった、わかったから!!」
あなたは少しでも早くリルから離れようと、町の外に抜ける道に向かって、自ら歩いて行く。
本当は、震えるほど怖い。きっとみんなは身代金を払ってくれるだろうが、何もされない保証はないのだ。なんとか足を進ませるも、気持ちが追いつかない。
「てめぇら、近寄るんじゃねぇ!! 道をもっと開けろ! お前もチンタラ歩くなっつったろうが!!」
そう言った男の手が、何者かにガシッと掴まれていた。
振り向きざま見上げると、そこにはギラリと光る銀縁眼鏡。
「巫女姫サンがとろ臭いドン亀なのは認めますがね。それを言っていいのは、この世で俺だけなんですよ」
「なっ?!」
いつの間に来ていたのか、ジョッシュが後ろに立っていた。
「うちの巫女姫サンが、なにか致しましたかね?」
「ジョッシュ!」
「なんだてめぇ!! いででででで!」
ジョッシュが男の手首を捻り上げ、あなたをその胸の中へと引き入れてくれる。
「うちの村では、観光客の帯剣は固くお断りしておりますので」
ヒュン、とジョッシュが足で男の剣を蹴り上げる。
浮き上がった剣を空中でパシンと掴むと、今度はそれを男の顔に突きつけた。
「帯刀法及び略取誘拐の罪で連行する」
「くそっ」
「バックに誰かついているな。洗いざらい吐かせてやるから、覚悟してもらいますよ」
男の後ろから他の竜騎士たちが現れて、縄で拘束している。あなたはそれでようやくホッとできた。
ジョッシュがそのうちの一人に男の剣を渡すと、あなたに向かって息を吐いている。
「……とろい。一体どこをほっつき歩いてんですか」
「ジョッシュだって、ちょっとくらい待ってくれたっていいじゃない」
「普通に歩いていただけですがね」
「うそ、なんか機嫌悪くしてたでしょ? だから私を置いていったんでしょ?」
あなたが問い詰めると、ジョッシュは居心地悪そうに眉を歪めた。
「私、何か悪いことした?」
「してないですが」
「ですが、なによ?」
「二人でのデートの時くらい、他の奴らのことを無視してくれやがりませんかね」
「……え?」
いつもの不機嫌そうなジョッシュの顔。
これは、嫉妬のようなものだったのだろうか。
「ご、ごめんね……ジョッシュ」
「気付くのがドン亀過ぎるんですよ」
「ドン亀じゃないし!」
そう言うと、ジョッシュはふっと笑みを漏らした。
その顔が好き過ぎて、あなたは口を尖らせる。
「あのね、ジョッシュ。最初に手を繋いでくれてたら、こんなことにはならなかったと思わない?」
「そうでございますね」
「本当は、どうして繋いでくれなかったの?」
「恥ずかしいからに決まってるでしょうが」
つっけんどんな態度で耳を赤らませているジョッシュ。
あなたはキョトンと彼を見上げた。
「恥ず……かしい? まさか、私の存在が恥ずかしいってこと?!」
「わざとらしいボケはやめていただけますかね」
「あ、バレた?」
「わかってるんでしょうに」
「うん……だけど、ジョッシュの口から聞きたいの」
あなたの言葉に、ジョッシュは大きく息を吐いた。
「こんなところで言えるかってんですよ。帰りますよ」
それは、帰ったら言ってくれるということだろうか。
背を向けたジョッシュを、あなたは慌てて追いかける。
「ちょっと、待ってよ」
するとジョッシュの手が、そっと後ろに差し出された。
あなたの視線の先には、彼の大きな手。
「え、繋いで……良いの?」
「仕方ないでしょうが。また拉致されそうになっても困りますからね」
その言い草にふふとあなたは笑いながら、そっとジョッシュの手を繋ぐ。
「恥ずかしい?」
「恥ずかしいというよりは……照れる」
「家に着く前に言っちゃったね」
「巫女姫サンが言わせたんでしょう」
不機嫌顔のいつものジョッシュに、あなたはどこか安心する。
「ジョッシュ、今日はありがとう」
「……無事で良かったですよ、本当に」
「私、またジョッシュのことが好きになっちゃったみたい」
「そうでしょうね」
「ジョッシュは、私のこと……」
「ドン亀が日に日にひどくなっているとしか思えませんね」
「もうっ!」
ムッと膨れると、ジョッシュはあなたを視界に入れずに前を向いた。
「好きですよ」
「……え?」
耳に心地いい単語が入ってきて、あなたはきゅっと手を強く握る。
「ね、今の、もう一回!」
「続きはベッドの中でしますんで、覚悟しやがれませ」
あなたはぎゅっと握り返された手に強く引かれて、そのまま家の中に駆け込んだ。
末長くお幸せに♡
お読みくださりありがとうございました!
★★★★★評価を本当にありがとうございます♪




