ルート:⑥ジョッシュの約束を優先させる。
仕事を終えて部屋で過ごしていると、コンコンとノックの音がする。
ジョッシュだ、とあなたは少しワクワクしながらその扉を開けた。
「さっさと開けてください。対応が遅いんですよ、巫女姫サンは」
「これでも早く開けたんだけど?!」
「ああ、そういえばどん臭かったですっけね。それは失礼」
フンと見下してきて、あなたはピクピクとこめかみを動かしながらも、ジョッシュを部屋に迎える。
「茶菓子くらい、用意しやがりくださいませんかね」
「今用意しようと思ってたとこなの!」
あなたは先日出たお給料で買った、ミートパイを用意した。
ジョッシュは甘いものが苦手なようで、こういうものの方が好んで食べるようだ。
紅茶も用意して出すと、ふたりでそれをサクリと食べる。
「ミートパイって、日本じゃそんなに食べなかったけど、こっちではメジャーだよね。すごく美味しい」
肉汁がじゅわりと出て、奥歯で味を噛みしめる。
「巫女姫サンがここに来て、一ヶ月が経ったわけですがね。まだ帰りたいなどとほざくおつもりですか?」
このジョッシュの腹の立つ言い草も、あなたは少し慣れてきた。少し、ではあるが。
「帰りたくないわけじゃないけど……ここで過ごすのも、良いかなって思えてきたとこ」
「そろそろ、誰と結婚するか決めて欲しいんですがね」
ジョッシュは面倒臭そうにハァッと息を吐いている。
あなたは、考えていないわけではなかった。
それでも決めかねている状況には変わりない。目の前にいるジョッシュは、銀縁眼鏡をクイっと上げて、あなたを見下した。
あなたは口をへの字に曲げて、彼を上目で見る。
「そんな、急いで決めなきゃいけない事?」
「ええ、決めなきゃいけない事ですね。団長はああいう性格だから、急かさずに巫女姫サンの気持ちを尊重してはいるが、内心は焦っているはずだ」
「どうして焦るの?」
「おそらく、スノウは今日死ぬでしょう」
「え?」
寿命が近いというスノウホワイト。それがあなたの結婚とどう結びつくのかが分からない。
「バキアは手懐けられる中で一番大きな竜です。その竜がここで死ねば、動かす事もできない。腐敗し、体内にはガスが溜まり、やがて爆発する事くらい、巫女姫サンにも分かるでしょうが」
あの、大きな竜が爆発。それを聞くだけで惨事は予想された。
「巫女姫が誰かと契れば、その身には魔力が宿る。そうすれば、巫女姫サンは竜の肉を溶かす魔法が使えるようになる。だから──」
ジョッシュは椅子から立ち上がるとあなたの首根っこを掴み、無理やり立たせてきた。
「今夜、俺と契ってもらいますよ」
「は、はあ?!」
ぽーいとそのままベッドに投げ入れられて、あなたはマットに尻もちをつく。
「待って待って?! こういうのはじっくり考えて決めないと……」
「俺たちはもう十分じっくりと待ったんですよ。これ以上待っていては、とろい巫女姫サンが答えを出す前に、スノウの爆発でこの村が消え去ってしまうでしょうが」
どうやら、あなたが思っている以上に切羽詰まっている状況らしい。
「ではそういう事ですから。覚悟を決めやがってください」
「そんな簡単に覚悟なんか決められないんだけど?!」
「俺は覚悟を決めたので問題ありません」
「ジョッシュは良くても、私が──」
「いい加減、黙ってくれませんかね」
「ん?!」
あなたはジョッシュに唇を押し付けられる。
抵抗する間もなく押し倒されて、あなたはその夜、ジョッシュと最後まで致してしまった。
***
巫女姫としての魔法を使えるようになったあなたは、翌日スノウホワイトの肉を溶かす魔法を使った。
すると爪や鱗やツノなどの素材だけを残して、綺麗に肉片だけが消える。
団長のシルヴェスターも遺体の処理が出来てほっとしているようだ。
「それで、巫女姫はジョッシュと結婚することを決めたのだね?」
「それは……」
あなたは、ジョッシュとの結婚を決めたから抱かれたのではない。
強く拒む事はせずに素直に抱かれたのは、この村の事を思えばこそだった。
あなたが口籠っていると、ジョッシュが隣から声を上げる。
「確かに最初に契ったのは俺ですが、別に結婚は他の者しても構わないでしょう。必要な姫巫女の力は宿ったわけですし、結婚くらい自由にさせてあげて構わないのでは?」
無表情のまま坦々と言葉にするジョッシュ。
昨夜はびっくりするほど優しかったが、今はいつもと変わらない。
やはり、十二歳も年上の女となど、結婚したくはないのだろう。
彼の役目は、あなたに姫巫女の力を宿すだけだったのだ。その嫌な役目を、彼が村のためにと引き受けてくれただけだ。
「それで良いのかね、巫女姫。もう力が宿ったのなら、生涯の伴侶をじっくり考えられるし、最初に言葉を交わした四人以外でも構わないが」
あなたはそれを聞いて、乾いた笑みを漏らした。
結局、日本にいた頃と同じだ。
もう姫巫女としての力をつけてしまったあなたと、結婚する必要がなくなってしまった。つまり、これから先は誰にも相手にされることがないという事だろう。
この四人を犠牲にさせなかっただけで、喜ぶべき事かもしれない。
巫女姫だからと結婚させられて一生の面倒を見させてしまうのは、やはり心苦しかったから。
あなたはそう思い、「これからどうするかは、ゆっくり決めたいと思います」と告げた。
それからあなたは、今まで通りに日々を過ごした。
シルヴェスターとジョッシュの仕事を手伝って、一日が終われば眠るだけ。日本にいる時と大差のない生活だ。
しかしまだ、あなたには重要な仕事が残っているので、日本に帰るわけにもいかなかった。
仕事を終え、自室でため息をついていたあなたの耳に、ノックの音が飛び込んでくる。
「ジョッシュですが。入ってもよろしいですか」
「あ、うん、どうぞ」
ジョッシュという名前を聞いて、あなたの心臓はドクンと鳴った。
抱かれたあの日以来、ジョッシュの事が気になって仕方なくなっていたのだ。
優しく包むように抱いてくれたのは、姫巫女としての力を宿すため……そして村を救うためだったとあなたは理解している。
そのためにジョッシュは、自分を犠牲にしたに過ぎないだけなのだから。
好きになってはいけない。
ジョッシュにそんなつもりなど、一切ないのだから。
しかし、そう言い聞かせれば言い聞かせるほど、あなたの心はジョッシュでいっぱいになってしまう。
中に入ってきたジョッシュは、たくさんの小瓶をテーブルの上に並べた。
「ジョッシュ、これは……」
「近々、作戦が決行されます。姫巫女サンの血を頂きに来ました」
野良バキアを手懐けるための作戦。
姫巫女の血を、バキアに飲ませるのだ。月に一度、十二回。
ジョッシュはナイフを取り出し、ことりとテーブルに置いた。
「ご自分で切れますか」
「……ジョッシュが、やってくれる?」
「分かりました。手を」
ご自分でやりやがりませとでも言うかと思ったが、ジョッシュは真面目な顔をしてあなたの手を取った。
右手にはナイフを持ったジョッシュだったが、少し躊躇しているようにも見える。
「……失礼します」
「っ!」
ピッ、とあなたの指先がナイフで切られた。
ポトリ、と落ちる血を逃さず、ジョッシュは小瓶に一滴ずつ入れている。
用意された十個の小瓶に入れ終えると、蓋を閉める前に包帯を巻いてくれた。
「大丈夫ですか」
「これくらい、なんて事ないよ」
そう告げて、あなたは小瓶の蓋を閉めるのを手伝った。
これを野良バキアの口の中に入れるのだそうだが、失敗したときのためにストックを作って置いたのだろう。
ジョッシュも蓋を閉めようとしていたが、何故かその手が震えていて上手く閉められない様子だ。
あなたは首を傾げてジョッシュを見上げた。
「……ジョッシュ?」
「ッハ、情けないな……」
蓋をコロリとテーブルに転がして、ジョッシュは己の手を押さえつけている。
いつもの無表情でも、傲慢な態度でもなかった。心なしか顔色が悪い。
「……怖い……よね」
野良バキアは獰猛だと言う話を、あなたは何度も聞いていた。
彼らはその竜と対峙しなければいけないのだ。怖くないはずはないだろう。
「俺の作戦ひとつで死者の数が変わる。俺自身もどうなるのか分からない。正直、怖いですよ」
総指揮を取るのは団長でも、その作戦を立てるのは彼の役割だ。
仲間をどれだけ失うのかも分からない。その重圧感は、あなたには計りかねた。
銀縁眼鏡の奥の瞳が、悲しく揺れている。
あなたはジョッシュの代わりに全ての蓋を閉めると、そっとジョッシュを後ろからくるむように抱きしめた。
「巫女姫サン……」
「ごめんね、なんて言って良いのか分からない……」
『頑張って』や、『応援してる』など、なんの役にも立ちそうになかった。
ただただ、ジョッシュが愛おしくて悲しい。
心の痛みを少しでも吸収できればと、あなたは彼を抱きしめた。
「……抱かせて欲しい」
グイっと手を引っ張られ、あなたはジョッシュの手の中におさまった。
そのまま深いキスをされ、そっと目を瞑ると、あなたは彼の思うようにさせてあげた。
***
一度目の野良バキアの〝手懐け〟は、何とか成功したものの、多くの死傷者を出した。
ジョッシュは人前でこそ作戦は成功だと言い張って不遜な態度を取っていたが、その苦悩は計り知れなかった。
ジョッシュは、姫巫女の血を採るたびにあなたを抱いていく。
あなたは、彼の不安が少しでもなくなるならと、毎回それに応じた。
五度目の〝手懐け〟の前の晩。
あなたはジョッシュのへの想いが募りに募ってどうしようもなくなってしまった。
コトが終わった後に優しいキスをされてしまうと、たまらなくなる。
今まで無事だったからと、五度目の作戦も上手くいくとは限らない。
「ジョッシュ……私と、結婚して……っ」
気持ちが爆発するようにして、あなたは言葉を口にした。
こんな不安定な関係でなく、妻として堂々とジョッシュを待ちたかった。
「何をバカな事を言ってるんですか」
けれど、彼の言葉は素っ気なく。あなたの胸は抉られる。
「俺が死んだら、あなたは未亡人になるんですよ」
「生きて、帰って来て……」
「約束は出来かねますね」
あなたは涙をこらえて、ぎゅっと彼を抱きしめる。
ジョッシュはそんなあなたの髪を優しく撫でて。
「無事に十二回目を終わらせた時、俺が生きていたら……その時には」
そこまで聞いて、あなたは頭を上げる。
ジョッシュは、今まで見たこともない優しい顔で笑っていて。
「俺と、結婚してもらいましょうかね」
その言葉に、あなたは頷きながら涙を流していた。
***
十二回目、最後の手懐けは、〝名付けの儀式〟と呼ばれるらしい。
仕上げは巫女姫の魔法の出番だ。
あなたは初めて彼らが皆が手懐けようとしていたバキアと対面した。
真っ白い竜だった。スノウホワイトよりも、さらに明るい。
白いバキアはあなたを見て、大きく口を開けた。
すでに十一回ものあなたの血を投与していて、大人しくなっているようだ。
その中に、あなたは事前に採取していた己の血の入った小瓶を投げ入れる。
バキアはバリンとそれを砕き、ごくんと嚥下した。
その瞬間、バキアとあなたが共鳴するようにお互いの体が光り始める。
「巫女姫よ、魔法力を込めて命名の儀を」
団長のシルヴェスターのそう促された。
名前は、最後に竜の鱗と同じ色をつければ、何を付けても良いと言われてる。
「あなたの名前は、〝エーデルワイスホワイト〟」
魔力を込めると、エーデルワイスホワイトがあなたに寄り添ってきて。あなたはそっとその大きな顔を抱き締める。
周りで見ていた竜騎士たちがワッと声を出し、かちどきを上げた。
これで巫女姫の役目を終えたのかと思うと、あなたはほっとして気を失った。
***
目を覚ますと、そこには銀髪に眼鏡の青年が、いつもの無表情で本を読んでいる姿があった。
柔らかいベッドの上に乗っている。どうやらあなたの部屋に戻って来たらしい。
「ジョッシュ……」
「ようやく起きたんですか。本当に俺の巫女姫サンはとろくさい」
いつものように憎まれ口を叩かれて、あなたは何故だかホッとする。
「エーデルワイスホワイトは……」
「連れて帰って来てますよ。今は竜のねぐらで眠ってる。巫女姫サンが手懐けたバキアです」
「ううん。きっとジョッシュの力がなければ、手懐けられなかったよ」
あなたがそう言うと、ジョッシュはほんの少しだけ目を細めた。
「仕事は終わったからニホンに帰るなんて、言わないでくださいよ」
「言わないよ。だって、ジョッシュが……結婚してくれるんだよね?」
「さぁて、どうしましょうかね」
「ちょっとジョッシュ?!」
あなたが声を荒げると、ジョッシュは楽しそうにクックと笑っている。そんな顔を見せてくれるのは、あなたの前でだけだ。
「まぁしょうがないですね。結婚して差し上げますよ」
「何よ、その言い方ー?!」
「だって、仕方ないでしょうが」
ジョッシュはあなたの前髪をくしゃりと上げて。
「こののっぺりした顔。ぺちゃ鼻。鈍臭くてボケててお人好しで劣等感の塊。こんな四十女をもらう覚悟のある男なんて、この世に俺しか存在しませんからね」
あなたは怒っていいのか喜んでいいのか分からず、むうっと口を突き出した。
「だから巫女姫サンは、安心して俺に抱かれたらいい」
あなたはこうして、やっとジョッシュと夫婦になれたのだった。
ジョッシュおまけエピソードあります。
《次へ》をぜひ✨