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勇者の弟に生まれた俺は………  作者: 松山集人
第一章 聖剣祭
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第二話 聖剣と呪い

「兄さん………」

 僕は血で滲んだ視界で、必死に兄を捉えていた。


 するとジェリスは、さっきまで僕を殴っていた手を引っ込めて、僕の兄であるレイに向き直った。


「レイ、久しぶりだな」

 と明らかに怒りを溜めている口調で続けた。


「それが粗相をしたんだよ、君の弟のフィンくんは」


 レイは少し笑みを浮かべながら言葉を返す。


「なにか君に悪いことをしたとしても、これはやりすぎじゃないのかい?」

 笑みを浮かべているが、心は笑っていない。


 怒ってくれているのだ。英雄である兄は、こんな出来損ないの弟のために。


 それを感じ取ったのか、僕の両隣でいるだけの、ジェリスの取り巻き二人は、小刻みに震えていた。

 その顔には恐怖さえ見てとれる。まるで小鹿が、空腹のライオンに狙われているのを察するかのように。


 しかし、そんな殺気を無視して、ジェリスはレイに凄んで見せた。


「躾だよ、これは。貴族に楯突くとどうなるか知っておくべきだと思ってね」


 レイの表情の真意に気が付かないほど、ジェリスは馬鹿ではないことは、僕がよく知っている。


 彼には彼なりのプライドがあるのだ。たとえ勇者であっても、平民の出であるレイにすぐに引き下がれないという浅ましいプライドが。


 そしてとジェリスは続ける。

「世界を股にかけて、魔物や魔族を殺しまくっているのはいいが、そんなに弟くんを守りたいんだったら、早く魔王を倒して村に帰ればいいじゃないか。やることが中途半端なんだよ。今の君は永遠の名声のために、目標を先延ばしにしているだけに思えるが」


 レイは終始無言でジェリスの言葉に耳を傾けていた。

 そして笑みはずっと崩さないままだった。


「結局僕は質問にすら答えてもらえないんだね」

 するとレイは、躊躇なく左の腰にぶら下がっている剣の柄を握る。


「じゃあ剣で語り合うしかないようだね。君も剣の心得くらいあるんだろう」


 そして一拍おいて、


「四年前を思い出させてあげるよ」


 レイは穏やかな表情ではあるものの、さっきよりも殺気は大きくなっていた。

 直接当てられていない僕でも、圧で気絶しそうなくらいだ。


 しかし意外にもジェリスは後ずさりしなかった。

 あろうことか、国王から下賜された豪華な装飾が施された剣に手を伸ばし始めたのだった。


 だが彼が剣を抜くことはなかった。

 勇者の圧に屈した取り巻き二人が、ジェリスを止めに入ったのである。


 四年前のトラウマが蘇ったのであろう。普段ならジェリスの言うことに異を唱えない彼らも、さすがに命は惜しいらしい。


 そんな部下の必死の制止もあってか、ジェリスは顔を歪めながら、路地裏を後にした。


 捨て台詞の一つや二つ吐くのかと思ったが、最終的に僕には一瞥もくれることはなかった。


 彼らが去った後、兄はすぐに僕のそばまで駆け寄った。

 意識がもうろうとする中、レイは左手で僕を支え、もう片方の手は僕に向けられた。


 僕はレイの神秘的な右手を見つめていた。

 手の甲から縦じまの線をモチーフにした刻印が浮かび上がる。その後、手の平からは緑色の優しい光が漏れ出し、僕の体を包み込んだ。


 たちまち僕の痛みが引いていくのが分かった。

 ものの数秒で傷跡さえも消え、むしろ暴行を受ける前よりも体が軽くなっている気がした。


「ありがとう、兄さん。もう大丈夫」

 そう言って僕は立ち上がった。

 兄さんもつられて起立する。


 対峙してわかったことだが、前回あった時よりもレイは、明らかに迫力が増していた。

 僕も身長は伸びたはずなのだが、全然追いつかない。いや身長の差以外にも差異はいっぱいあるのだが。


「そうかい? それにしてもフィンは大きくなったね」


 僕は素直に嬉しくなったが、たいしてレイは表情を固くしていた。

「すまない、僕がもっと早く来ていれば………」


 そんなことはないと僕はすぐに否定する。


「助けてくれただけでも嬉しい。あのままじゃもっとひどいことになっていたと思うし。それに兄さんは忙しいんだから仕方ないよ」


 僕は気を遣わせないために言ったのだが、なぜかレイの表情は固いままだった。

 口を強く結び、何かをこらえているようだった。


 何か言わなきゃ。


 そう思った僕は矢継ぎ早に言葉を続ける。


「それにしても兄さんの神能(しんのう)はすごいよね。まさに神の御業って感じで」


 神能--『勇者』


 レイ以外が持つ他の神能とは一線を画す能力である。


 まずその特異性として知覚できるタイミングである。

 本来、神能は十二歳前後で認識し、それに基づいた(じゅつ)を獲得するものの、『勇者』は違う。


『勇者』は生まれた時からわかるのだ、己が生まれた訳を。

 原因は先程もレイの右手に現れていた刻印である。


 そう、勇者は母体から輝きを放ちながら産み落とされる。


 僕は弟なので実際に見たわけではないが、それはそれは神秘的な光景であったらしい。


 僕の傷がすぐに癒えたのも、『勇者』の効力によるものであった。

 だがそれすらも神能の一端に過ぎないというのが末おそろい。


「それに比べて僕の神能の『死霊使い』なんて実質何も能力を持ってないのと同じだよ」


 それを口にした途端、兄は少し寂しそうな顔をした。

 それでも笑顔を崩さないのは、勇者として矜持だろうか。


 あのねと諭すように喋りだした。

 こうなってしまったレイは珍しく頑固になる。


「確かに『死霊使い』は扱いが難しい神能だよ。身近な人が死なないと発動しないからね」


 そう、『死霊使い』は人の死によってのみ効力が発動する。だが、ただ単純に人が亡くなればいいと言うわけでもない。詳しい発動条件はまだ解明されていないのだ。


 この神能は僕の個性であると受け入れるのは容易ではなかった。

 これによって僕は村で馬鹿にされているからである。


 勇者の弟のくせに無能。

 いつでも人を殺す機会を伺う死神。


 などと難癖をつけられ、迫害される始末である。


 おまけに僕は精霊にも嫌われているらしく、魔法の行使もままならなかった。


「フィンだって知ってるはずさ。先代の勇者の仲間に『死霊使い』がいたって」


 僕は黙って頷く。


「だからね、僕はきっとフィンも彼女みたいになれると思うんだ」


 そして僕と一緒に戦ってくれるんだろう?


 彼はそうやっていつもの言葉でしめるのだ。


 レイはずるい。そう言われてしまえば、僕は口を紡ぐしかなくなってしまう。


「そうだね、兄さん。僕も頑張ってみるよ。まず村のみんなを見返すところからね」


 と無理矢理笑った。


 現実は厳しい。あの村に縛られたままでどうやって力を伸ばすというのだ。

 僕が魔物と戦える頃には、もうレイは勇者として魔王を倒しているに決まっている。


 今日はその第一歩でもあるからだ。


「レイ、こんなところにいたのか。もうそろそろ時間だぞ」

 と路地裏に現れたのは、端正な顔立ちで僕よりもやや身長が高い女性だった。年齢はレイと同じくらいに見える。

 二十歳前後といった感じだ。


 青い髪と碧い瞳。

 それらはまるで引力を持っているかのように見るものを惹きつけるだろう。

 かくいう僕も無意識にずっと見つめていた。

 

 レイは彼女に向かって、すまないと頭を下げた。

「もうそんな時間かい。そろそろ行かないとね」

 と彼は彼女に向かって歩き出す。


「じゃあフィンまたね。今日は村でゆっくりする予定だから、また家で話そう」


「ありがとう、兄さん。あの…………頑張ってね」


 そう言うとレイは、寂しそうな笑顔ではなく、明るく朗らかな表情で手を振った。


 最後に女性と目があって少し気まずかった。


 そんなにジロジロ見ていたのかと反省するばかりである。


 おそらく彼女はレイと行動をともにする仲間なのだろう。


 もし僕が兄と一緒に戦うことになれば、また出会えるのだろうか。


 しかし僕は脳内で首を振った。無謀な願望など持つだけ無駄だと切り捨てるしかなかった。ましてや色恋なんて………。


 僕はレイたちが路地裏を抜けて少ししてから、服についていた泥や埃を払って、大通りに出ようとした。


 出ようとしたと言ったのは、出る直前で人にぶつかってしまい転倒したからである。


 僕は今日転ぶのは何回目なのだろうと辟易した。


「すみません、大丈夫でしたか?」

 と声をかけ、激突した人物を見上げる。


 どす黒いローブに身を包み、フードも被っていたので顔はよく見えなかった。


 ところどころに簡易ではあるが、装飾が施されていることから、それなりに地位の高い人物なのかもしれないと焦る。


 ところが返ってきた言葉は少し意外なものだった。


「ああ、こちらこそ悪かった。立てるか」

 と予想に反して優しい声色。


 低音ではあるが、貴族特有の圧などは感じない。

 逆に掴みどころを感じさせないところが不気味であった。


 僕は差し伸べられた浅黒い左手を、なんの躊躇いもなく掴んだ。


 その時、僕の手に電流のようなものが走り、思わず手を振りほどいてしまった。


 明らかに失礼な行為だ。


 もう一度謝罪をしなければ、首の一つ飛びかねない。


 そう思い頭を下げようとした瞬間、彼は僕の耳元でこう囁いた。


「礼を言おう、勇者の弟よ。これで我の死は確実なものとなった」


 何を言われたのか最初理解できなかった。

 いやずっと理解できない。言葉の意味はわかっても、その真意はわからなかった。


 驚愕している間、気づいたときにはその男はすでに目の前から消えていた。

 あたりを見渡せど、あの目立つ格好の男は捉えることはできなかった。

 まるで最初からそこに存在していなかったかのように。


 まだ手は痛む。

 ジェリスに手は殴られていないはずだが。


 ズキズキする手を抑えながら歩いていると、道行く人たちが騒がしくなってきた。みな同じ方向に向かって歩いている。走るものもいる。


 ふと耳をすますと、どうやら兄さんが聖剣を抜くときが来たらしい。そうこの祭りのビッグイベントだ。


 僕は足早に聖剣広場へと向かった。





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