詠唱破棄
早瀬美佳の朝は早い。
早朝5時、彼女は目覚める。
目覚まし時計などセットしていないが、毎日この時間に目が覚めるように体が覚えているらしい。
今日は、日曜日であるにもかかわらず、いつもの時間に起きる勤勉さは、なかなか持てるものではないだろう。
高校生くらいの年齢であれば、多くの場合ギリギリまで寝ていたいと思うのではないだろうか。
しかし、美佳にとって朝はとても貴重な自由時間だ。
無駄に寝て浪費することは許されない。
学校が終われば、塾や実家の祖母につけられる稽古で夜8時ごろまでは消える事になる。
家に帰れば、日によって夜9時を過ぎる程だ。
放課後に誰かと遊ぶという行為すらできない。
故に、早朝だけは自由でありたいと考えていた。
起きるとまず顔を洗い、歯を磨き、髪型を整える。
その後ジャージに着替えてランニングの準備だ。
早朝のまだ人がそこまで活動していない時間帯に、山や森からやってくる朝もやの中を走ると、非日常を感じる事が出来て楽しかった。
とは言え、美佳は別に走るの自体は好きではない。
走ることで、自分は自分にとって為になることができたと思えるのが好きなだけだ。
それため、最近は少しだけこのルーティンに飽きが来ているのも事実である。
飽きたところで実直に続け、簡単には辞めないのが美佳でもあるのだが。
だが、今日に関しては少しだけ違う理由で走りに行こうとしていた。
昨日、親友の麗奈から写真が送られてきた。
話を聞くと初めて魚を釣って、温泉に行って、食事をしてきたと自慢してくる。
しかも、数か月前に自分の従弟だと明らかになった治と2人でだ。
美佳にとって、異性の友人などいたことは無い。
そんな中、初めてできた普通に会話していられる同世代の男子が治だった。
厳しい稽古や、塾が終わってから帰宅しても、同敷地内の離れに住んでいる治になら会いに行けたし、たまに宿題を教えあったりもしていた。
治は、今まで友人などいなかったようなので、美佳自身は、自分こそ治の一番の友人なんだという自負があった。
治が今までに学校で誰かと親しげに話しているのを見たことなど無かったし、実際に治自身もそう言っていたからだ。
それが、先日麗奈が川に落ち、それを治が助けてからやけに親密になっていて、教室でも時々仲良さそうに話している。
それだけならまだしも、昨日は2人で出かけて釣りと温泉を満喫してきたという。
これはデートか?デートなのか?付き合っているのか?
少なくとも美佳は、治と一緒に釣りに行ったことなど無い。
誘われた事すらないのだ。
別に治の行動を制限する権利など無いとはいえ、麗奈よりは多少つきあいの長い自分ともそういう楽しい事をしてくれてもいいのではないだろうか。
そんな事を考えて悶々としてしまっている。
所謂ジェラシーである。
もっとも治としては、麗奈はあくまで友人であり、美佳はいきなりできたとはいえ親戚なので、親密さで言えば美佳の方が上であるのだが。
そうでもなければ、夜9時にやってきた女の子を部屋に迎え入れたりしないだろう。
しかも、何故か手にはオセロを持っている女の子だ。
美佳は、テレビゲーム等で遊ぶこともあまりないため、仕方なく家にあった昔妹と一緒に遊んだものを持っていく。
治は治で、テレビゲームどころか、それ以外の娯楽用品も使ったことが殆ど無かったため、毎日夜やってきてオセロで戦いを挑まれるのもそれはそれで楽しんでいる。
そんなこんなで、麗奈が玄関を開けて外に出ると、離れにある出入り口に人影が見えた。
何故か治が、自転車を押して出かけようとしているところだった。
普段、早朝から会う事などないので、少しだけ声を弾ませながら挨拶をする。
美佳「おはよう!今日は早いな!」
治「おはよう。昨日疲れたから早めに寝ちゃって、朝も早めに目が覚めたんだよね。せっかくだから自転車にでも乗ろうかと。」
治は、そう言って自転車を見せてくる。治が持ってる数少ない高価な品だ。
パソコンもゲームも買わないのに、何故か自転車だけは普段使い用とスポーツ用の物を1台ずつ持っている辺り、治にも好きなものがあって大変結構!と後方彼氏面している美佳。
そういえば、昨日自分を誘わず麗奈と2人で治は出かけてきたことを思い出し、美佳は一つのアイディアを思い浮かぶ。
美佳にとっては、そこそこ大胆なアイディアなのだが、彼女は今ちょっとだけ嫉妬でおかしなことになっていた。
美佳「……それなら、私と一緒に行かないか?私は、これからランニングのつもりだったんだ。1人より2人の方がきっと楽しいぞ。」
治「ああ、いいよ。」
言ってから、自分はなんてことを言ったんだという思いと、間髪入れずに治がOKしてくれたことが嬉しいという思いが一挙に生まれる。
自転車で走る治と、その横を徒歩で走る美佳。
見ようによっては、スポ根マンガの選手とコーチのようだが、男子と一緒に何かするという事でちょっとドキドキしている美佳。
治は治で、誰かとこうして早朝に何かをするという経験が無いため、それなりに楽しんでいるようだ。
美佳「治は、麗奈と付き合っているのか?」
10分ほど走ったところで、気になってモヤモヤしていたことを聞いてみる事にした美佳。
基本、回り道が苦手系女子である。
治「付き合うって?」
美佳「恋人同士なのかということだ。」
治「いや、俺みたいなのと麗奈が恋人になるわけないでしょ。つり合いが取れなさすぎる。」
美佳にとって治は、初めてできた異性の友達のため、多少舞い上がって意識してしまっていた。
しかし、治にとっては、美佳も麗奈も自分と住む世界の違う人間であり、何故自分に構ってくれるのかもよくわからない謎の美少女という認識である。
次の瞬間、「アナタを揶揄って遊んでたの」と言われたとしても、あーやっぱりそうなんだと思ってしまう程度には、治の中で自分と美佳たちのランクは隔絶した物だった。
それだけに、何故そんな事を聞かれたのかすらよくわかっていない。
美佳「そう……なのか?昨日2人で出かけてたみたいだから、てっきりそういう関係なのかと……。」
治「そういうのじゃないよ。どうしてかはわからないけど、麗奈は俺の事を友達だって言ってくれてるから、俺もそれに応えてるだけ。麗奈は美人だし、それこそもっとカッコよくて金持ちの男がより取り見取りでしょ?」
美佳「いや、それはどうかと思うが……。麗奈は、治と友達になりたいから友達になったってだけなんじゃないか?何か狙いがあって友達になったわけじゃないと思うぞ。」
治「そうなのかな?でも、あんな奇麗な娘が俺と友達になってくれる程の要素がわからないんだよなぁ。美佳は、いきなりとはいえ従姉になったから話すようになるってのはわかるんだけど、麗奈とはそこまで話したことも無かったし。」
美佳「川に落ちたところを助けられたからじゃないか?」
治「うーん、そう……なのかなぁ。まあ、今まで友達なんていたこと無かったからよくわからないんだよね。」
そんなふうにちょっとだけ重めの話をしていて、不意に美佳は気が付いてしまった。
気が付いてしまったら、確認しないでいることが中々できない。
今日の美佳は、そんな直球系女子なのである。
美佳「な……なぁ、一応聞いておきたいんだが、私と治は、友達なんだ……よな……?」
治「え?」
美佳の中で、何の疑いもなく信じていたことが崩れ去る。
どうも、治にとって自分は友人ではなかったようだと。
治「俺はてっきりいきなりできた親戚だし、気にして声をかけてくれているだけだと……。」
美佳「……私は、治と友達になったつもりでいたぞ。」
先ほどまで、男の子と出かけるイベントにドキドキしていた美佳の心は、冷水をかけられたように冷めてしまった。
何を舞い上がってしまっていたのかと、羞恥とやるせなさが溢れる。
治「友達になってくれるなら俺としては嬉しいけど、美佳こそそれでいいのか?俺と違って、美佳は学校でもトップクラスに人気あるくらい美人だし、運動神経もいいし、家もお金持ちで人気でる要素しかなさそうに思うんだけど。」
美佳「……え?」
軽く泣きたくなっていた所に、何故かいきなり褒められて驚く美佳。
治を見ると、特に嫌味やウソを言っているわけでもなく、あくまで真面目に言っているようで、猶更わけがわからない。
美佳「わた、私は別に人気があるわけじゃないぞ!?正直、男子とまともに話したこともあまりない!告白された事ならあるが、怖いから皆断ってるし……。同性の友人も、麗奈たちくらいしかいないし……。」
麗奈も美佳もそうだが、自分たちが男子から人気がある事に気が付いていない。
周りの友人グループ数人が、全員学校で人気のある女子なため、比較対象が悪かったのが原因なのだが。
因みに、治はそもそも人気どうこうの前にあまり認知されてない。
治「母さんが死んで、実家を手放さなきゃならなかったときに、相談に乗ってくれた時はすごく嬉しかった。爺ちゃんたちがいるってわかって、こっちに引っ越してきたとき、毎晩話に来てくれたのも嬉しかった。麗奈を助けたのだって、もちろん人の命を救うべきだと思ったってのもあるけど、美佳の友達だったからっていうのが一番大きいし。」
美佳「……うっ……うぅ……。」
基本的に、褒めだしたら中々止まらない治。褒められると、どうしたらいいかわからなくなる美佳。
相性が悪い。
治「こんな俺でよければ、改めて友達になってくれると嬉しい。」
美佳「……うん。私は、最初から友達のつもりだったからいいんだが、治は結構恥ずかしい事を簡単に言えるんだな……。」
治「恥ずかしい事を言った覚えはないけど……。でもそうか、俺には2人も友達がいるんだな……。」
しみじみと話す治。つい数か月前までなら、望むことすらできなかった幸運を噛みしめているようだ。
美佳「……それで、だな。元々これを言おうと思ってこんな話になってしまったんだけど、友達だというなら私ともどこかに遊びにいってくれないか?麗奈ばっかりずるいと思うぞ……。」
先ほどまでのやりとりで、もう怖いものは何もない、無敵の状態となった美佳は、開き直って自分の希望を伝えてみる事にした。
治「別に麗奈ともそこまで出かけてるわけでもないけども。休みの日に会ったのも昨日が初めてだし。だから友達と一緒に行くところって言ってもなぁ……。そういえば、今日本当は、一人でスピカバックスに行ってみようと思ってたんだよ。朝早いからまだお客さんも少ないんじゃないかなって。なんか、呪文みたいな注文する所。そこ行かない?」
美佳「スピカバックス!?」
スピカバックスとは、世界展開している有名なカフェチェーンであり、高校生たちにも大人気なお店である。
美佳も気にはなっていたが、友人全員が「今はまだ早い」と逃げ続けていたために未体験だ。
美佳以外ギャルっぽい格好であるにもかかわらず、相変わらずギャルっぽい事はしていない。
美佳「行くのはいいが、私は注文の仕方なんてまったくわからないぞ?」
治「俺もわからないけど、多分聞けば教えてくれるでしょ。」
基本的に、自分を信用してない治は、店員に聞くことに躊躇いが無い。
変に知ったかぶって呆れられるよりは、さっさと聞いてしまうべきという考えである。
ところで、今日ここまでの掛け合いは、ずっと走りながら行われている。
自転車に乗っている治はともかく、常にそこそこのスピードで走り続けている美佳。
治は、美佳が息を切らすどころか、汗を激しくかいているわけでもなさそうな様子に戦慄する。
マラソンが苦手な治は、また一つ美佳の尊敬ポイントを見つけていた。
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スピカバックスへ到着した2人。
まだ朝の6時前だというのに、治の予想に反して既に客はそこそこいるようだった。
店の中に入ると、そのままカウンターへと向かう2人。
テーブル席には、数組の客が座っているが注文待ちの客はいないようだ。
店員「いらっしゃいませ!店内でお召し上がりですか?」
治「はい。初めてなのでどういったものがあるのかよくわからないのですが、説明お願いしてもいいですか?」
店員「かしこまりました!お飲み物は、お好みの味はございますか?」
治「俺は甘い物がいいです。美佳はどんなのがいい?」
美佳「私も甘いほうが良いな。それ以上はわからないから、治に任せる。」
店員「では、こちらのフラッペドリンクがおすすめです!」
そう言って、店員は上にクリームのようなものが乗っている種類の飲み物を勧めてくる。
この手の物をあまり飲んだことが無い治にも味のイメージがついていないが、美佳に任されてしまったため、とりあえず見た目で美味しそうなものを選ぶ。
治「このキャラメルフラッペとストロベリーフラッペをひとつづつお願いします。」
店員「サイズは如何なさいますか?」
治「大きい奴で。」
店員「ベンティですね!」
瞬間、治と美佳の気持ちが一つになる。
トールとは?そんな言葉が浮かんでそうな表情に気が付いた店員は、慣れた対応なのかサイズ表を見せてくる。
ショート→トール→グランデ→ベンティと大きくなっていくようだ。
説明を聞いたところですぐに覚えるのは無理そうだと治と美佳は目線で会話する。
店員「フードメニューは如何なさいますか?」
治「ここで朝ごはん食べるつもりだから頼もうと思ってるけど、美佳は何か希望ある?」
美佳「……何種類か頼んで、シェアしないか?その……友達は、こういう時シェアするって聞いたぞ?」
治「シェア……、あー分け合うのか。わかった。じゃあ、グリルチキントマトモッツァレラサンドと、クラブハウスサンド。それと、エビアボカドサンドをお願いします。」
店員「かしこまりました!」
注文を聞き終えた店員がレジへ周り、金額を表示する。
美佳に特に確認もせず、全額払ってしまう治。
てっきり折半すると思っていた美佳は、慌てて治に半額を渡そうとした。
美佳「私もちゃんと財布を持ってきているから、半分払うぞ?」
治「いや、今日は俺に付き合ってもらってるから俺が出すよ。それに、こういう時は男が払う物だって噂で聞いたし。」
美佳「それは多分……デート……とか、そういう時だと思うぞ?」
美佳はなんとか支払おうとするも、治がまったく受け取るつもりがないのを見て、仕方なく提案をすることにした。
美佳「じゃあ、次にどこか出かけた時は、私が奢ろう。それで公平なはずだ。」
治「……まあ、そこまで言うならそうしようか。次どこかに食べに行く時を楽しみにしておくよ。」
美佳「わかった!美味しい所を探しておく!」
治は、男女で出かけたら男が奢るものだと今でも思っているので、美佳に支払わせるのはどうかと思っているが、何故か美佳自身が払いたがっていて、それを認めたらやけに喜んでいるため、次は奢られることにした。
美佳としては、友達なのだから公平な立場になりたかったので、一方的に奢られたくなかっただけなのだが、その辺りの機微を治に期待しても難しい話である。
支払いを終えた後、窓際のテーブル席へと移動する2人。
店員によると、テーブルまで注文した商品を持ってきてくれるらしい。
ファーストフード店をイメージしていた2人には意外だったが、出来上がるまで多少時間が掛かるためにやむを得ないのだろう。
席に座り5分ほど待っていると、店員が注文した商品を一気に持ってやってきた。
出来たものから持ってくるのではなく、タイミングを合わせて作るらしい。
治「飲み物はどっちがいい?」
美佳「……治は、間接キスとか気にするか?問題なければ両方飲みたいんだが……。」
治「かんせつ……回し飲みの事か。俺は気にしないけど、美佳は大丈夫か?」
美佳「私も治なら大丈夫だ。」
治「じゃあそうしよう。食べ物は、先に半分に千切っておくか。」
美佳「頼む。」
食べ物を半分に分ける治。その様子を興味深そうに見ている美佳。
何が面白いのか治にはわからないが、楽しそうなので良しとする。
そして、いただきますと言ってから、まず最初に飲み物に手を付ける2人。
治「キャラメルフラッペってこんな感じなのか。結構味が濃いんだな。美味しいけど。」
美佳「ストロベリーの方も美味しいぞ。正直、私にはこういう可愛いメニューあまり似合わない気もするんだが、味は好きだ。」
治「美佳みたいな美人に似合わなかったら、大抵の人類には似合わないんじゃないか……?」
美佳「……は!?いや!あー……。それより飲み物交換するぞ!」
照れ隠しのように、治と飲み物を交換する美佳。
キャラメルフラッペの飲み口を少しの間じっと見た後、意を決したように口をつける。
何故か顔が赤いが、余程美味しいのだろうかと納得し、治もストロベリーフラッペを飲む。
治「こっちも美味しいな。冷たいから、運動の後にはいいかもしれない。」
美佳「……どんな味がした?」
治「ん?いや、イチゴとクリームの味だけど。美佳も飲んだだろ?」
美佳「うん、まあ……そうなんだけど……。因みに、私はキャラメル味だった……。」
治「……そっか。」
治には、美佳が何を言いたいのかよくわからなかったが、わからないという事はわかったのでスルーすることにした。
それはそれとして、飲み物はそこそこに食べ物に取り掛かる2人。
足りないよりは多いほうが良いかと思い、治は多めに注文したが、美佳は驚くほどのペースで自分の分を食べ切る。
この細い体のどこにそんな食欲が隠されているのか、そんなことを治が考えていると美佳が恥ずかしそうに話しだした。
美佳「私は、他人よりどうもいっぱい食べるらしいんだ……。体を動かした後は特に。治は、大食いの女をどう思う……?」
治「どうって……。別にどうも思わないけど。しいて言うなら美佳は、美味しそうに食べてくれるから、作ってくれた人も嬉しかっただろうなって思ってた。」
美佳「そう…か。いや、嫌いじゃないなら良いんだが……。」
治「それよりも、何となくまだ物足りなさそうだけど、食べかけでよければ俺の分も食べる?」
美佳「うっ……。うーん……。お願いできるか?」
飲みかけよりも食べかけのほうがハードルが高いのか、なんて治は思いながらも、自分の分の残りを美佳に全て渡してしまう。
やはりいろいろ恥ずかしいのか、顔を赤くしながらも渡された分を食べる美佳。
美佳「……あんまり、食べてる所ジロジロみないでくれないか?」
治「あ、ごめん。本当に美味しそうに食べてるからつい。それに食べ方奇麗だなぁと。」
美佳「……そんなところ褒めなくていい。」
異性に褒められまくって、流石にそろそろキャパオーバーになりそうな美佳だが、なんとか顔を赤くする程度で済ませる事ができた。
現在の治は、数少ない友人相手に舞い上がっているので、何かあれば褒める可能性が高い。
基本的に人の評価は、悪い所じゃなくていい所を見て下すタイプだ。
料理は食べ終わったので、残っている飲み物を飲む2人。
別に急いでいるわけでもないので、初めてのスピカバックスでの朝食の余韻に浸るかのようにゆったりとすごしていると、美佳が何かを思い出したかのように声を上げた。
美佳「あ!スピカバックスに来た証拠写真撮るの忘れてた。」
治「じゃあ撮ろうか?このスピカバックスのロゴが入ったタンブラー写せば十分でしょ。」
美佳「そうだな。……昨日は、麗奈に釣りとか温泉の自慢をされたからな。今日は、私が自慢しかえしてやるんだ。」
治が取った写真には、不敵に笑いながらスピカバックスのタンブラーを掲げる美佳が映っていた。
この画像により、麗奈や美佳の友人グループの中で、初めてスピカバックスを攻略した勇者として、しばらくの間美佳は持て囃されることになるのは、ここから数分後の事である。
飲み物も片付け、ゴミを捨てて店を出る治と美佳。
気になっていたスピカバックスを体験できたため、2人とも何かをやり遂げた顔をしている。
ついさっき、友達だと思ってたら友達だと思われてなかったなんて悲しい事件があったのだが、もう忘れたらしい。
家までの帰り道は、流石に食べた直後という事でゆっくり歩くことにした2人。
本格的な夏を前に、今年の夏の予定を互いに冗談を交えながら教えあう。
といっても、治には具体的な計画など無く、転機が良ければ自転車に乗って釣りに行こうかな程度だが。
今まで一度も旅行という物をしたことがなく、家族の誰かと出かけたのも、小さいころに母親に連れられて行った動物園くらいの治にとって、美佳の話す夏の予定はとても興味深かった。
美佳の方は、治をどこか無理やりにでも旅行に連れてってやろうかと考えているが、今本人に言ってしまうのも面白くないため、頭の中だけにとどめておくことにした。
初めて友達と過ごす夏。
未知の体験だが、不安を感じていないどころか楽しみにしている自分に気が付き、その事に喜んでしまう治だった。