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2人遊び  作者: 六轟
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集合智

 治とスマホを買いに行った翌日、麗奈はいつもより少しだけワクワクしながら教室へと入る。

 異性の友達ができたのは、麗奈にとって初めてあったため、どう接するのが良いか悩みながら。

 周りには秘密にするべきか。それとも堂々と挨拶してしまおうか。別に、女子から男子に話しかけてはいけないなんてルールはない。

 むしろ麗奈の周りの人間は、そういう面では大人しすぎるとすら思えてくるほど、男子との交流は少なかった。


 先日のキャンプは、麗奈たちのグループにしては、かなりの冒険だったと言える。

 麗奈は、今の所知らない事だが、美佳が治からあの辺りの話を聞き、それから興味を持ってキャンプ場を探して、その話をクラスでしていたのをたまたま聞きつけた男子グループがいて、荷物持ちならいいかと麗奈たちが考えた結果生まれたイベント。

 麗奈が川に落ちたことで、結局キャンプも有耶無耶のまま終わっており、参加者全員が不完全燃焼に感じているのだが、女子グループは既に同じメンバーで再チャレンジをするつもりなど無かった。

 麗奈を男子たちが助けられなかったことが大きな原因なのだが、そもそも素人が水難救助をするのは危険なので、やめた方が良いと頭では思っていても、思春期の男女の間でそんな理屈は通じないようだ。


 そんなこんなで教室に入った麗奈だったが、教室の中の雰囲気が何かいつもと違う。


 普段であれば自分に挨拶をしてくる者たちも含め、クラスメイト達がヒソヒソしながら一か所をチラチラ見ている。

 その視線の先にいたのは、物凄いスピードでスマホを操作する治だった。

 操作と言っても女子高生たちが行うような縦持ちのカジュアルなものではない。

 両手で横持ちしながら、2本の親指で忙しなく画面をタッチしたりスワイプしている。

 気のせいか、残像すら見えるスピードだ。


 一体何をしているのか麗奈にはわからないが、とりあえず当初の目標を遂行してみる事にする。


 麗奈「……おはよう」

 治「……あぁ、おはようございます……。」


 麗奈の挨拶に顔を上げた治は、まるで徹夜明けのサラリーマンのごとく疲れた顔をしていた。


 麗奈(違う!こんなの憧れてた挨拶じゃない!)


 心の中で叫ぶ麗奈。周りのクラスメイトが麗奈の行動に目を見開くが、麗奈自身はそれどころではないようだ。


 麗奈「スマホすごい使えるようになってるじゃん。ゲームでもしてんの?」

 治「ゲーム……?いや、インターネットで検索してるだけだ。知識が、こんなに大量に無料で手に入ってもいいんだろうか……。人生で疑問に思っていたことがすごいスピードで氷解していくんだ……。」


 光悦とした表情で麗奈へ返答する治。その間も指は動いたままだ。昨日治は、帰ってからずっとスマホを弄っていた。

 最初は、説明書を熟読した。学校の勉強といえば教科書を丸暗記することだと思ってる治にとって、スマホの説明書をしっかり読み込むのはとても重要な事だった。

 しかし、治にとって大きな誤算があった。こんな複雑な機械なのに、説明書は紙切れ1枚だけなのである。

 てっきり本がついてるのだと思っていた治は、当初途方に暮れた。

 それでもなんとか操作しようとするも、パソコンすら図書室やコンピューター室でしか触れてこなかった治には、なかなか難しいものがあった。


 しかし、治の元に救世主が現る。

 その日の稽古を終えて、日課となっている治の様子を見に来た美佳だ。

 美佳の家の敷地は、美佳の祖父の部分も含めwi-fiを接続することが可能だ。

 もちろん治が住んでいる離れにも専用のルーターが設置されているが、スマートフォンも持たず、PCも所有していない治は、その事実にすら気が付いていなかった。

 去年までの一人暮らしモードの治であれば、ネットオークション等に参加していたので、なんとか利用を試みた可能性もあった。

 しかし、唯一インターネットを利用する理由がバイト禁止令によって消滅した治は、型落ちにも程があるガラケーで、処理速度に悩まされながらネットサーフィンする程の興味も無かった。


 治がスマホを買いに行こうとしてたのを知っていた美佳が、利用方法やルーターへの接続方法で困ってないかと確認してみたのだ。


 美佳「ここの機械に電波で接続すると、インターネットが無料で見れるんだ。」

 治「無料で!?」


 ちょっとの画像や音楽をダウンロードするだけでとんでもない値段を請求される可能性があったガラケーユーザーの治にとって、驚天動地というべき事実であった。

 治はこの時、美佳を機械の師匠とすることにした。因みに美佳は、どちらかというと機械音痴である。


 治「実は、説明書に碌な事書いてなくて使い方よくわからないんだよね。」

 美佳「ほう!じゃあ私が教えてやろう!」


 師匠風を吹かせる美佳。人差し指でちょんちょんタッチして治に使い方を教えて行く。

 その操作速度は、お世辞にも速いとは言えなかったが、超初心者の治にとっては、逆に説明を理解しやすくてよかったようだ。


 美佳によって使い方を教えられた治は、1時間後には操作速度で美佳を軽々と超えていた。

 元々器用だった治にとって、大した難しいものではなかったのもあるが、何より見たことが無かった情報群を前にして、治の知識欲が今までの人生でもトップクラスに指摘されたのだ。

 結果、夜通しでスマホを弄った治。


 至る現在。


 麗奈「今は、どこのページ見てるの?」

 治「ページ……?えーと、なんか色んな情報載ってるサイトの、三毛別羆事件の所を……。」

 麗奈「あー、名作らしいよねー……。」


 そんな会話中も、治の指は止まらずに動き続けている。

 画面には、文字が流れ続けているが、麗奈には全く読めていない。

 治は、今までの人生で教科書を読み込み続けてきたため、速読ができるようになっていた。

 しかも、家の中だと母親を刺激して何をされるかわからなかったため、様々な場所で読んでいたため、どれだけざわざわしている場所でも問題なく読書ができる。

 結果、教室にやってきてもすごいスピードでスマホを弄り倒す謎の男が出来上がったのだ。


 邪魔をするのも悪いと思い、麗奈は自分の席へと行く。すると、その周りに女子たちが群がってきた。


「ねぇねぇ!なんで出縄君とそんな普通にしゃべってんの!?いつ仲良くなったの!?」

「アレ何!?教室来てからずっとあの動きしてるんだけど大丈夫なん!?」

「あぁ……私の好きな世代のガラケーがまた一つ消えたのね……。」


 今まで目立たなかった治が、何故か今日はハジけている。

 しかも昨日、麗奈と帰る所を目撃されてもいる。

 女子たちにとって、格好の話題の種であった。


 麗奈は、治関係の話題をのらりくらりと躱し、スマホを新調した話で話題転換を試みた。


 美佳「あれ?麗奈はスマホとケースを治とお揃いにしたのか。」

 麗奈「……あ!」


 自分で火に油を注いだことに気が付いた麗奈だがもう遅い。

 ガールズトークに花を咲かせていた女子たちは輪をかけてテンションを上げる。

「違うから!」「ただの友達だから!」と答えるもその熱狂はなかなか収まらなかった。


 女子たちからの好奇の目線。それを見て突き刺さる男子たちの殺意の目線。

 駅の待合室だろうがスーパーのフードコートだろうが、問題なく読書ができる治は、自分に話しかけられない限りすべてを雑音として自動的に処理されているようで、この騒ぎに気が付いてもいないのだが。


 そんな喧騒も、教師が朝のホームルームを始めればピタッと止まる辺り、この教室の生徒たちが比較的優等生だという事が伺える。

 1年生の時の成績を基準にクラス替えを行われているため、治のクラスはこの学年の成績トップ層が集まっている。

 因みに学年トップは、東雲紅葉(しののめもみじ)という黒髪ロングでおしとやかな、ザ・お嬢様という見た目の女子だ。

 コミュ障なため治並みにボッチだが、雰囲気と超がつくほどの美人さから、高嶺の花的な扱いを受けている。

 周りが勝手に勘違いしているだけだが、家がお金持ちというわけではなく、一般家庭の生徒であるのだが、今の所誰も気が付く様子はない辺り、治より上手く学校に馴染めていると評価することもできる。


 治は、今の所毎回学年6位をキープしている。1学年200人ほどいるため、そこそこ上位なのだが、順位を発表されるのが3位までなのと、治が自分の順位を誰とも話さないため、今の所話題になることはない。


 治の学力を支える一番のポイントは、休み時間や放課後に行う教科書の熟読なわけだが、今日の休み時間はトイレと移動教室以外全てスマホを弄って終わっていた。

 そして昼休み。


 麗奈「あのさ、ゲームしない?」

 治「ゲーム?」


 昼食もそこそこに、友人グループから離れ治に話しかける麗奈。

 朝からずっと続くあまりのハマりっぷりが気になった麗奈は、とりあえず興味の方向を変えさせてみる事にした。


 麗奈「そう!治はゲームあんまり経験ないみたいだから、何か簡単な奴から始めた方がいいよね?リアルでやったことあるゲームのスマホアプリ版とかさ。例えば、トランプゲームの奴とか。」

 治「トランプの経験はないぞ。あれは相手がいて成立する遊びだって聞いた。」

 麗奈「そ……そっか……。」


 麗奈は、治との間で何回起きたかわからないカルチャーショックに一瞬怯むも、ここで止まらない程度の慣れはあった。


 麗奈「じゃあパズルゲームなんてどう?基本無料のやつでカンタンにできるし、対戦もできるからアタシともプレイできるよ?女子も結構やってるやつ。」

 治「よくわからないけど、それがおすすめならやってみようかな。」


 麗奈は、敢えて言うつもりも無かったが、このゲームの上級者である。

 同じマークを揃えて消していくオーソドックスなルールだが、麗奈の操作スピードは目にも止まらないと表現したくなるほどだ。

 女子も結構やっているとは言ったが、大抵は嗜む程度であり、張り切ってやってる者が周りにいないことが不満であった麗奈は、この機会に治に布教することにした。


 麗奈「じゃあまずは、そこのアプリ検索開いて。そしてキーワードに『もののギア』っていれて。候補の中からさっきの名前のゲーム選んでダウンロード。」

 治「おぉ……!なんだかよくわからないけどアイコンが増えた。」


 麗奈は、澱むことなく治に指示を出していく。このゲームのスタートの仕方を麗奈は完全に把握していた。

 何故なら友人たちに既に何度も布教しているからだ。

 誰もそこまでハマってくれなかったため今こうして何も知らない男子に布教しているのだが。


 麗奈の指示により治のスマホに初めてのゲームがインストールされ、早速プレイをすることになった。


 麗奈「一人用モードもあるけれど、このゲーム基本的に誰かと対戦するのがメインだからアタシと戦おっか。」

 治「俺ルールも全然わからないぞ?説明とか全部飛ばしちゃったし。」

 麗奈「大丈夫。マークを上下左右に動かして同じマーク3つ以上組み合わせると消えて行くってだけのルールだから。とりあえずやってみよ?」


 麗奈は、高揚していた。

 このゲームは、インターネットを通じて対戦することができるが、プレイヤー名を指定すれば目の前の人とも対戦ができる。

 しかし、麗奈の周りでこのゲームの対戦をしてくれるものは皆無であり、麗奈にとって久しぶりの今回が久しぶりのリア友との対戦となる。


 麗奈(対戦は、やっぱり相手の顔を見れないとね!)


 麗奈 対 治の第1回戦、麗奈の圧勝。


 治「手加減とか無いんだね。」

 麗奈「ごめんね、これでも結構手加減してるよ?」

 治「あ、すごい悔しい。」


 その後、何回戦も行い、結局麗奈が全勝という結果に終わった。

 終わってから麗奈は、一回くらい負けておくべきだっただろうかと反省するが後の祭りである。


 麗奈「こんな感じなんだけどさ……どうかな?楽しめそう?」

 治「結構面白かった。次やる時には、1回くらいは勝ちたいなぁ。」


 特に気にした様子もない治にホッと胸をなでおろしていると、午後の授業の予鈴がなってしまったため、仕方なく切り上げる2人。

 治は、短時間でも教科書を読むことに決めたらしく、午前中の行動がウソのように落ち着いて読書を始めた。


 麗奈は、そこそこ満足した表情をしていた。

 普段そこまで表情豊かというわけでも無い麗奈には珍しいことだが、初めてマトモにリアルの相手とゲームで対戦したのがとても楽しかったようで、クラスメイトの大半が見たことも無い程嬉しそうだった。


 美佳「なんだか楽しそうだったな。」

 麗奈「そうね。アイツ、磨けば良いゲーマーになるかもしれないわ。」

 美佳「ゲームか……。私は、そういうのはあまり得意じゃないからな……。」


 昔から麗奈に付き合わされてゲームをやるも、弱すぎて相手にならなかった友人の代表が美佳である。

 レースゲームなどやろうものなら、曲がる度に体が傾く始末で、格闘ゲームであれば小パンしか打てない。

 それだけに、麗奈がゲームで楽しそうにしているのは、喜ばしい反面、治がスマホデビュー2日目にして自分より使いこなしていることに少しだけ悔しさもある。


 美佳(もう私が教える事は何もない。免許皆伝だな。)


 美佳が後方師匠面で治の方をみると、当の本人は大きく船を漕いでいた。


 美佳「……ほどほどっていう物は教えた方がいいかもしれない。」

 麗奈「何か言った?」

 美佳「いや、なんでもない。」


 治が生まれて初めて授業中に居眠りで怒られたのは、そこから30分後の事だった。








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