ギャル流れ
その日、天音麗奈は、同級生たちとキャンプに来ていた。
季節は初夏。青々とした葉を揺らす木々と、鬱蒼と茂る草の香りに包まれながら、ハイキングコースを気だるげに歩く麗奈。彼女にとって、キャンプはもちろん、アウトドアというのは、苦手なイメージしかない物だ。エアコンにより室温が保たれた部屋でゲームでもしている方がよっぽどマシ、そんな事を考えながらスマホを弄る。
麗奈は、見た目が所謂ギャルと呼ばれる類の女子高生だ。見た目は、学校でもトップクラスの人気があり、5女神の1人と言われていた。人呼んで、『氷のギャル』。因みに、この頭の悪い称号は、全てバカな男子たちによって勝手につけられたものである。
麗奈がそう呼ばれるようになったのは、単純に感情の起伏が少なく、口数もそこまで多くなく、迫力を感じる程の超が付く美人でギャル、そんな濃いキャラをしていたからだ。しかし、麗奈自身の認識だと、ギャルファッションは、友人たちに合わせているだけであり、本人は、基本的に内向的な性格であった。口数が少ないのも、表情が少ないのも、軽く人見知りで、古くからの友人グループ内でしかまともにコミュニケーションをとらないから。何より、自分の事をオタクだと思っていた。
マンガやアニメはもちろん、ゲームも人一倍するため、恐らく友人たち以外が彼女の私生活を知ると仰天することだろう。今、スマートフォンでプレイしているのも、そこそこガチ目のゲームだ。本当は、携帯ゲーム機を持ってこようとしたが、家が隣で、幼稚園からの付き合いである親友の早瀬美佳に禁止された。流石にゲームのやりすぎだと指摘されて、反論のしようもなく、渋々諦めた麗奈。
それでもゲームをしたい彼女は、結局歩きながらスマホを弄るという危険な行為に出てしまったわけだが、アウトドア中にそれは、中々の自殺行為であると指摘するものはいなかった。
何故なら、麗奈を除く友人たちは、一様に浮かれてしまっていた。
男子たちは、麗奈たちとキャンプに来れた事自体に歓喜し、軽く情緒不安定になってしまっていた。気が付いていないのか、気が付かないようにしているのかはわからないが、女子たちには大して興味を持たれていないようだが。荷物持ち程度の認識だろう。中には、イケメンと呼ばれ、女子から人気のある者もいるが、麗奈とっての認識は、やはり荷物持ちだ。
女子たちは、このキャンプ場で撮影された写真がSNS上で人気だという噂を聞き、それならと来ただけだ。大半の者がキャンプの心得を調べもせず、着替えと寝袋は用意したからそれでいいよね?なんて考えで来ている。
つまるところ、思春期が暴走した集団だ。唯々自然を体験したかった美佳ならまだ可能性もあったが、普段冷静沈着で凛とした雰囲気を纏っている美佳は、現在ハイキングコースを隅から隅まで堪能すべく、背後でスマホを見続ける麗奈に気を配ることは忘れていた。
麗奈たちがしばらく歩いていると、川に沿って通路が存在している場所に出た。この川は、古くから釣りの名所とされており、渓流釣りを好む釣り人たちがよく訪れる。しかし、今日に関しては、前日の雨で増水しており、そうそう釣れないであろう濁流と化しているため、釣り人の姿は殆どなかった。
川が濁流になるほどの雨が降ったという事は、当然地面も滑りやすくなっているし、緩んでいる。しかし、アウトドアなど興味がなく、スマホばかり見ている麗奈は、その事に全く気が付かない。結果、ハイキングコースのカーブになっている部分で、端の方を歩いてしまい、足元の土が崩れ、濁流と化した川へダイブすることになった。
最初何が起こったのかわからなかった麗奈は、一瞬でパニックに陥り、何とか岸に戻ろうとしたが、落ちた時に足を捻ったようでまともに動かせない程の痛みに襲われた。もっとも、仮にここで川岸にたどり着いたとしても、川岸は切り立った岩壁や傾斜のきつくて脆い土ばかりで、まず上に登る事は出来なかっただろうが。
足の痛みとまともに呼吸できない苦しさによって、もう自分は死ぬのではないかと恐怖し、藻掻きながらも流されていた麗奈は、突然背後から誰かに抱きしめられ驚愕した。さっきまで、顔を水面より上に出すことすら難しかったのに、今はとりあえず呼吸ができている。その事には安堵しながらも、自分が誰かに抱きしめられている事実には、言いようのない不安がある。しかも、腕の感じからして、相手は男である。周囲からの認識と違い、男に免疫のない麗奈は、恐々と振り返り、自分を抱きしめている男を確認した。
「天音さんだっけ?もう2㎞くらい流されたら川岸に上がれるとこあるから、それまで頑張って。因みにここから2㎞の間は、カヌーの川下りで死人がたまに出る危険地帯だから気を抜かないで。」
そこには、どこかで見たことがあるような、やっぱりないような、そんな同年代の男がいた。