せとぎわで思うこと
こんばんは。
この章もそろそろ終盤に近づいてきました。
お付き合いいただいている方、ありがとうございます。
※
アセスがシヴァールを殺そうとしている感情は痛いほど理解できた。
彼は、彼の半身とも言える体神をシヴァールに殺された。それ以上にアセスが初めて心奪われたのがリンフィーナで、彼女は過去に何度もシヴァールによって苦しめられた。
それをサナレスはそばに居てずっと見てきた。衝動性のまま従えば、アセスに共感し共に相手を滅多刺しにしたいくらいだった。
けれどサナレスは違う行動に出た。
百年前、自分はムーブルージェを失って戦人になった。
ルカを失った悲しみから、武力で強い国を作る政策を励行した。
でも百年経った今、国と国、引いては大陸自体を巻き込みかねない一食触発の状況下で、自分は剣でも呪力でもない物を手にしていた。
自分自身不思議だった。
時間がなく、その時の思考回路は到底説明できそうにない。
無意識の判断だったと思う。
シヴァール、あいつだけは許せない。
今すぐにでも殺しておきたい。
アセスの体神だけではなく、サナレスだって冥府に送られた経験があって、シヴァールの存在自体が危険だと肌で感じ取っている。
あいつだけは、今ここでアセスと一緒に葬らなければならない。
ドロドロとした感情に支配され、サナレスも戦闘体制に入ろうとしていた。
身の毛がよだつほど目の前の相手を殺すことだけに夢中になっていくサナレスは、アセスの横で相手を滅ぼそうと一太刀を振るおうとしていた。
けれど、そうしなかった。
サナレスが手にしていたのは、突拍子もないものだ。
それは楽器だった。
理由を考えれば、ただこの時に一瞬、サナレスは過去を思い出してしまったからだとしか言えない。
サナレスが思い出したのは、真っ赤に染まった血の道だった。
戦場で剣を振るい、切り進んだ先には、むせかえるような真紅の血の道でしかなかった、そんな過去だ。
自分は失なった。
そこは虚無の世界。
愛する人と親友を、戦乱の時代エヴァで失って、悪鬼のように戦ってきた。
でも何も生まれなかった。
どれほど世界を動かしたか。力でもってアルス大陸を治め、武力や科学で制圧した。でもサナレスは、一度だって幸せだと思ったことはなかった。
百年経って、ひょんなことからリンフィーナを妹として育てるようになり、やっと再び人の幸せはどんなものなのかを再認識した。
後悔したサナレスは同じ轍を踏みはしない決断をする。
瞬時に判断していた。武力で争い合うことでは解決しない。
そしてこの状況下で、ひとつ言えることは。
自分の力でもって、天道士であるアセスを止めるのは大変だった。
アセスの恨みは、同様に自分の恨みにもなっている。やられた苦しみを思い出すと憎しみが倍増していくので、まず最初に、自分の心を鎮めなければならなかった。
アルス大陸で役割を与えられただけのいくつかの偽りの神の種族が、滅ぼしあって何になるのか。怨恨に突き動かされる気持ちはを必死で押さえ込む。
だから封印していた楽器を奏でる。
弦楽器を左肩に乗せて顎を引いた時、戦を始めたいと恨みに突き動かされそうになる荒ぶる感情が、すっと落ち着いた。
『ムーブルージェ! 歌って』
思わず過去と今がリンクして、死んでしまった彼女に助けてくれと叫びそうになり、現在でムーブルージェの才能を継承している彼女を呼んだ。「ルージェ」と。ムーブルージェの血縁とはいえ、別人格に頼ってしまった。
音の力が爆発する。
音楽だ。
それは人の文化で、過去を揺さぶる力がある。人が生きてきた歴史に常に寄り添ってきた音楽は、どんな人間であっても心惹かれるものがあるのだ。
音楽で一瞬、アセスとシヴァールの攻撃が止まった時、サナレスは吐息をついた。
自分が弦楽器で奏で、ルージェに歌わせた曲は、一千年以上前からそのメロディが存在し、現在まで少しづつアレンジされて残ってきたバラードだ。
人の愛情を歌う。愛情を確認するような歌だった。
きっとここにいる全ての人が知っている。一度は聞いたことがあるような歌だ。
ムーブルージェが、よく鼻歌を歌っていた。
思い出すと、彼女が鮮やかに蘇る(よみがえる)。百年という月日が流れ、リンフィーナに感情を揺さぶられても、思い出すとムーブルージェを愛していた気持ちが溢れ出る。もうこの世では出会えない人なのだけれどーー。
「アセス、想像してみろ。目の前の敵を倒して、それでお前はどうするの?」
「敵は潰しておいた方がーー」
「お前の好敵手って、私じゃないのか?」
鉄面皮を常とするアセスは、自分の問いかけに多少は動揺しているようだった。
サナレスはさらにそこを付いていった。
「ここにいる2人は、少なくともリンフィーナを殺さないそうだ。ーー世界が魔女の再来を危惧して、魔女とリンフィーナを同一視して迫害し、処刑しようとしているようなこの状況でな」
自分の言葉に自らの行動を迷わせたアセスは、少し攻撃の手を弱まらせてくれる。
「あとシヴァール、あんたの主張もわかったのだけれど、冥府の仕組みを理解しない者相手に怒りをぶつけたところで、ただの独りよがりだろ? あんたが言うソフィアに受けた呪いなんて、永遠の寿命を持て余す神の氏族、つまるところ王族の私に取っては、ーーだからそれがぁ?、ってぐらいくだらないことなんだけれどな」
臨戦体制に入っているシヴァールも、アセスではなくサナレスに意識を向けてきた。
「そもそもお前はただの魔導士で、どうしてランシールドとラーディア、アルス大陸の氏族の争いにちょっかいを出しているのか? そして王族貴族でもないお前のために、どうして我々が振り回される事態になっているのか……」
アセスは生粋の王族だ。
彼のプライドは、時に王族貴族を代表するような反応を見せてくれる。
サナレスが一番難解だと思ったアセスの気持ちの矛先を変えると言う芸当は、サナレスの巧みな発言で成功しているらしかった。
音楽が、戦々恐々とした状態でどれくらい時間稼ぎできるのか? 敵対する両者の間で、何とかひとまずという時間を設けた。それがなければ今頃、どちらかがどちらかを血の海に変えるような場面にしていたのかもしれない。サナレスは安堵する。
「私たちは、小競り合いばかりしていないか?」
すかさず言葉という小石を投じてみた。
「私たちは、冥府を知っている。それ以外の世界も知っている存在だ。それなのにこの世界ばかりに感情移入して、私達は今言い争っている。これはある意味、無意味かもしれない」
もっと目を向けるものがある気がして、サナレスは心底残念な気持ちを言葉にしていた。
後書き
感想、足跡、コメント、評価、ブクマが次の活力に。
何卒反応よろしくお願いします!
偽りの神々シリーズ紹介
1「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
2「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
3「封じられた魂」前・4「契約の代償」後
5「炎上舞台」
5と同時進行「ラーディオヌの秘宝」
6「魔女裁判後の日常」
7「異世界の秘めごとは日常から始まりました」
8「冥府への道を決意するには、それなりに世間知らずでした」
9「脱冥府しても、また冥府」
10「歌声がつむぐ選択肢」
シリーズの10作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」
異世界未来ストーリー
「十G都市」ーレシピが全てー




