非凡な人を敵にまわすな
こんばんは。
例によって1日一章、楽しく書いています。
お付き合いいただいている方、ありがとうございます。
今日はテニスで遅くなったけれど、書けることが自己満足と喜びです。
※
何だかわからないが、恋敵であるはずのサナレスが贔屓にするラーディオヌ一族の総帥アセスという男は、思考回路も常識外れだった。
早くサナレスを探してほしいという見た目は彼の恋人であるリンフィーナ、中身は今ソフィア、自分達の入れ替わりにもそう動揺せず、すべきことを考えているようだ。
「少し前から、リンフィーナに違和感は感じていたのです。ですので私は貴方に会えて嬉しい。ただリンフィーナがどうしていらっしゃるのかは把握しておきたいのです。ーーそれに貴方、自己紹介が荒っぽいようですね。名前だけではなく、出身とか趣味嗜好、どうして現状こうなっているのかも私は知りたいし、サナレスがどこまで知っているのかも吐いて……、いえ話していただきたいのですが」
慇懃無礼とはこのことだ。
ラーディオヌ一族総帥のアセスは感情を感じさせない透明な表情のままだ。
「できないのであれば、殺してしまいますよ」
威圧するでもなくそう言ってきた。
ソフィアは違和感を感じてしまった。明らかにサナレスと違う態度だ。サナレスはリンフィーナを人質に取れば好きなように操れそうなのに……、この男は違う。
「あんたこの娘を好きなのに、なんでそんな簡単に殺すとか言える……?」
単なる去勢なのかと思うには虐げ(しいたげ)にくい存在感だった。
「あ。私は彼女の王族である立場とか、サナレスの妹であるとか、見た目にもいっさい興味はありませんので。リンフィーナの魂が存在しない身体など、露ほどの興味もありません」
ラーディオヌ一族の総帥アセスは断言した。やはり変わり種だ。
「私はね、高位である立場にも飽きたし、眉目秀麗な容姿にも飽きた。つまりリンフィーナ、彼女の魂に運命という特別の感情を抱いていて、魂がリンフィーナでない貴方は、いつでも葬り去りたい存在なのですが……。初めましてソフィアーー」
ゾンビ男は、冥府の王ヨアズよりも死者のオーラを出しており、首を傾げて質問してきた。
「それで単刀直入に質問致します。貴方を生かしておいて、リンフィーナは戻ってくるのですか?」
アセスというこの男の異常さに、冥府を知っているソフィアですら背筋を寒くした。
「あなたが単なる彼女が残したーー、そう蝉の抜け殻なのであれば、大変不快なのですぐに死んでいただきたいのです。だから質問致しますがーー、彼女はどういうことになっているのです? 大雑把な自己紹介ではあなたの名前しかわからず、あなたを殺すべきかどうか、それが把握できないのですが……」
目の前の男の黒曜石を嵌め込んだような瞳は、どこか冥府の王ヨアズを彷彿とさせたが、全く人間味を感じなかった。
それは整いすぎた容姿が原因なのか、表情のなさが原因なのか、ソフィアにはわからない。
けれど少しだけ、ソフィアは苛立った。
「おまえ、誰に向かって口をきいている? おまえのような者が私を殺すだって? はぁ?できるの??」
片眉を大きく上げて、ソフィアは気に入らないと主張した。
黒曜石の瞳が、自分の表情に反応して少しだけ動くのを確認する。
怖いーー。
この男は感情を無くした冥府のゾンビより怖かった。
サナレスに言わせれば、ホラーとかいう類の部類だ。
「勝負したいのですか? でもまずリンフィーナの状態を聞いてからにしたいのです。彼女がこの肉体に戻るなら、私は髪の一房でもこの身体を傷つけたくはないので。ーーどっちなのです?」
「私に向かって勝負などと……。ラーディオヌ一族の総帥とはいえ死に損ない、おごりすぎだ」
「いえ……。リンフィーナが戻るかどうかをお答えいただきたいだけなのですよ。サナレスがここに居ない。それって単に貴方がリンフィーナではなく身体だけになってしまったのか……、この体にリンフィーナが戻るのか、私が知りたいことはそれだけだと先ほどから申し上げております」
ずれた会話の押し問答が面倒になり、ソフィアはカッとなってアセスに対し攻撃体制に入ってしまった。
リンフィーナが大切に思うこいつに探させなくとも、こいつを殺して、自らの意思でサナレスを探した方が早い!
こいつを殺せば、リンフィーナの人格は更に壊れ、殻に閉じこもるに違いない。
そう思って魔道の力を解放しようとした。
それなのに、
恐るべきことが起こった。
自分より数十倍早いスピードで、瞬く間にアセスは自分の首に右手を回している。
「おっと……。あなたの首は細すぎる。危うくこのまま首をへし折ってしまうところでしたよ……」
ぎりっとアセスに右腕で首を持ち上げられ、彼の慈悲により緩められたことを知って、ソフィアは逃げようと身体をひいた。
けれど身体は自由にはならなかった。
「すみません、ソフィアという人。あなたが司る精霊全て、今会話している間に私の配下に納めました。肝心要の水の精霊の力、貴方はなぜかサナレスにお貸ししているようですね。圧倒的に今あなた、部が悪いので、リンフィーナが戻るかどうかだけ、私に話していただけますか?」
ゾンビ、サイコパス。
この類を敵に回すのは得策ではない。
アセスと対峙した時、ソフィアは本能でそれを悟る。
育て親の龍を相手にした時も同じ感覚を持ったけれど、彼らは人ではなかったはずで、地肉は通っておらず、常識は通じない。
それらと同じ匂いがして、ソフィアは苦手意識を感じた。
リンフィーナという娘、何だってこんな怪物が好きなのか……。
アセスに右手で首を掴まれ、少しだけ体が浮いた状態で上を向いていた。
これでは完全に彼の獲物だ。
逃れようとしても、彼が言うように水の精霊以外の精霊全てが、アセスの支配下に整列していて、ソフィアは驚愕した。
「こんな……」
こんなことあり得ないと反駁しようとしたが、ゾンビはらしからぬ奥ゆかしさで笑った。
「すみません。幼い頃から私は精霊に愛された子供です。あなたが力で支配した精霊は皆、私と出会うと、私に力を貸してくださるのです。ですのであなたが使役した精霊は九分九厘、私と今共有状態になっておりますので、再度言います。質問に答えていただきたい」
うっかり、細い首を捻り折ってしまう前に。
そんなふうに言われ、ソフィアは全身がゾワっとあわだった。
「リンフィーナはこの体に戻るのですか?」
質問自体、アセスは冥府を熟知していた。彼が追いかけているのは、リンフィーナの魂だ。本心で肉体には何の興味も示していない。
「戻る! リンフィーナは戻る!!」
あろうことか追い詰められたソフィアは、吐く息を整えながら断言していた。
「リンフィーナはサナレスとおまえを気にしている。魂がこの身体を離れることはない」
アセスは「そうですか……」と納得すると、手をかけた自分の首にかける力を緩めた。
「だったら絶対に貴方に傷ひとつでも付けてはいけないということですね」
この男の精神がどこまで正気なのか、ソフィアにはわかりかねた。
けれど水神をサナレスに付けている今、ソフィアはアセスに敵わないという上下関係を知らされることになった。
「おまえ……」
底が知れない能力を肌で感じ取ってしまい、ソフィアは野生動物そのまま背中をピンと張り詰めていた。百の精霊を味方に付けていそうなのはわかったが、その中にとんでもない力の魔道士の影を感じてしまう。
「ソフィアと言いましたか? あなたはリンフィーナが戻るかも知れない身体を支配して、サナレスや私に対して強気に出るのは、どこまで通用するのでしょうか?」
アセスは自分の首筋に傷がついていないかどうか、息がかかる距離で確認しながら、囁くように問うてきた。
「過保護なサナレスはリンフィーナの身体を人質に取られているような気になっているのでしょうが、ーー私は考え方が少し違いますよ」
今殺されそうになったので分かっているけれど!!
ソフィアは身を硬くした。
「結局最終的に私やサナレスが、あなたを守りたいかどうか、ーー違うか、私があなたを殺したくなるかどうかが論点になってくるのだと思います」
恐ろしく整った容姿のサイコパスは、感情を感じ取らせず、その能力だけはソフィアが知るジウスとヨアズを遥かに凌駕する存在だった。
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