隣町の洋館に行ってみよう
ホラーかな。ホラーだよね? たぶん。
週末。授業が無いこの二日間は朝から晩まで自由に過ごせる。
私は常に無気力で過ごしているが、週末は少しだけやる気が上がる。ゲーセンだろうがカラオケだろうがノリノリで行ける。それどころか心霊スポットだって余裕で行けるつよつよ精神なのだ。
スマホが緑のマークのSNSの通知を知らせる。不良気取りの友人からだ。
『今日空いてるー?』
空いてるよと返事を返して、私はジーンズにパーカーを羽織る。どうせ外出の誘いだろうから、先んじて支度をするのだ。
数分経てば予想通りの文字列とURLが送られてくる。
「今日は心霊スポットに行くのか。夕方まで暇だな」
目的地は隣町の心霊スポットらしく、一緒に送られてきたURLからアクセスできる地図では少し奥まった山奥にあるのが確認できる。車とか運転できないのにどうやって行くつもりなのか。
とにかく夕方まで暇になったので、ナップサックに小さくてスマートな懐中電灯と長財布とお徳用ジャーキーの袋を入れてその辺をぶらぶら散歩することにしよう。懐中電灯は私が愛用している道具の一つで、先端を延ばすことで光を絞れる出来る機能付きだ。
なお、光量の調節は出来ないしスマホの方が機能が多くて便利だ。
「――っと、忘れないようにしないと」
ほぼゲームのモニターとしてしか使っていないテレビの横で佇む小さな神棚に祈りを捧げ、幼い頃から身に付けているお守りを首から提げる。
名前も知らない神様だけど、実家の近くの小さな祠で貰ったお守りだから大事にしている。
「……よし。じゃあ、今日もよろしくお願いします」
日課となっている挨拶をして、私は眩しい太陽の光を疎ましく思いながら街に繰り出す。
部屋は電子ロック式だから鍵を持ち歩く必要が無いのがいい。紛失する心配が無いよやったね。
そして夕方になり、隣町の駅前で私は友人達と合流した。
「よっ、ちゃんと来たな?」
「誘われたからな」
駅前には既に私以外の参加者が集まっており、全員肝試しの準備は万端のようだ。
参加者の一人目は当然主催者である彼だ。名前は陽伊月。不良気取りの彼だが、金色に染めた髪とピアスが無くても顔立ちがいいから、女受けはいいと私は思う。
二人目は九条庸太。神社に仕える家系だが霊感とかは無いらしい。黒縁の眼鏡を着用している。
三人目は古明地絢奈。この集まりの中で唯一の女性で糸目が特徴だ。自称だが霊感があるらしい。
そして四人目が私、神崎詠だ。霊感はあるけどそれを周りに話したことは無い。自慢できるようなことではないからだ。
私を含めたこの四人はオカルト研究部に入っていて、部活動でもこうやって心霊スポットに赴いたりすることが多い。
実は今日も部活動の一環だったりする。
「伊月、全員集まったのか?」
「ああ。じゃあ目的地まで頼むよ兄貴」
伊月のお兄さんが車を出してくれるようだ。移動手段について何も言ってこなかったのは、この人に運んで貰う予定だったかららしい。
合計で五人のため車の中は少し窮屈だったが、私達は無事目的地である心霊スポットに辿り着いた。
ここはこの街では有名な心霊スポットらしく、場所も相まって近づく人なんか滅多にいないそうだ。土地の所有者もおらず、国の役員も来ないためとても厄介な霊がいるのではないかと噂されている。
「俺は車で待ってるけど、あまり待たせてくれるなよ?」
「おう。つっても噂は噂だし、雰囲気だけ体験して今日中には帰るつもりだよ」
私達オカルト研究部は車を降りて、その建物を視界に収める。
鬱蒼とした森の中に佇む洋風の建物だ。ツタやコケが外壁を覆っていて、辺りの地面は腰まで覆う高さの雑草が生い茂っている。
地平線に沈みかけている太陽も、こんな場所まで痕切り丁寧に照らそうとはしないだろう。
「雰囲気あるなぁ……」
「写真でも撮っておきましょう」
「おおう、ヤバい霊の香りがプンプンするで」
三人がそれぞれ感想を洩らしたり暢気にスマホを構えている中、私は現実離れした異様さを目の当たりにしていた。
森の中とは言え、夕暮れなのだからある程度の明るさはあるはずなのだ。だのに、あの建物の周辺だけが底なし沼のように真っ暗に見える。
ああ、これ拙いやつだ。霊は霊でもとんでもない悪霊がいる。
私はそう感じて、引き返そうか少し悩む。けど、徒歩で帰るには街まで遠いし、何より他の四人を放っておけない。
「詠ー?」
「……ん、いや、なんでもない。入るのか?」
「ああ。庭とかも探索しようと思ったけど、さすがにこの荒れようじゃ無理だろ? だから、中に入って心霊写真でも取るか、それっぽい物でも持って帰ろうかって感じだ」
「前にも言ったけど、写真ならともかく物を持ち帰るのは色々拙いと思うよ」
「…………まあ、何も無かったらだよ。オカルト研究部として何も収穫が無いのもアレだろ?」
伊月の言うことは尤もで、オカルト研究部を自称しているのだから何かしら収穫が無いと廃部にされてしまう。ただでさえ活動内容が不明瞭かつ現実味が無いと、生徒会から嫌味を言われているのだ。
首から提げているお守りが守ってくれると信じ、私はこの建物に足を踏み入れることを決心する。
……我ながら、危険だと分かっているのに首を突っ込むのは馬鹿げていると思うが、後から振り返って楽しいと感じてしまう性分なのだから仕方ないだろう。
「庸太、外観を撮るのはそれぐらいにして中に入るぞ。絢奈も、変なポーズ取らなくていいから」
伊月が先頭に立ち、玄関のドアノブに手を掛ける。
「……おかしいな。バグかな」
庸太の言葉が聞こえた瞬間、私は嫌な予感を覚えた。ばっと伊月の方を振り向くと、彼は幾重にも重なった真っ黒な手で顔が見えなくなっていた。
声が出なかった。玄関の隙間から溢れ出ているその無数の手が恐ろしかったからでは無い。
私の後ろに、形容し難いナニカがいると判ったからだ。理性ではなく本能で理解してしまったのだ。
私達は来ては行けない場所へ来てしまったのだと。
「――ん、うん……?」
気が付けば、私は暗い部屋の中で仰向けに倒れていた。
床は埃っぽくて、壁や天井には蜘蛛の巣が張っている。調度品も埃を被っているせいで元の雰囲気を味わえないが、それ以上に悍ましいと私は感じる。
気を失う直前に背後に感じた気配とは比べるべくもないが、部屋の中も部屋の外も似たような気配で満たされている。
「……い」
伊月を呼ぼうとしたが止める。よくないものを呼び寄せてしまっては命に関わるからだ。無論、私のではない。
伊月の命に関わってしまう。彼らにも守護霊はいるが、私に憑いているのより格も力も弱すぎる。この状況で襲われでもしたら、彼らは十中八九大怪我をするだろう。
声は出さずに周囲を観察する。
どうやら、この建物の元の持ち主はいい趣味をしていたようだ。埃で判別しづらいが、素人の私でもいい品だと思える物品がガラスのケースで保管されている。
まあ、その元の持ち主はとっくに死んでいるだろう。朽ちてボロボロになったカレンダーが相当昔のものだからだ。一世紀以上昔からあったのは間違いない。
そうなると、建物の劣化状態も気になってくる。天井が崩れたり床が抜けたりしないだろうか。少し不安だ。
部屋の外は廊下だ。真っ直ぐ進めばエントランスに出るようで、床に落ちたシャンデリアを避けて用心深く進めば、外から確認した玄関と一致する扉が不気味に佇んでいる。
しかしその扉はいくら力を入れても開かない。窓の外も霧が掛かっていて全く見えず、どう考えてもこの建物に閉じ込められたのは間違いないだろう。
一つ解せないのは、なぜ私が建物の中で気を失っていたかだ。殺すつもりなら私の背後に立てた時点で可能なはずだ。
悪霊などの怪異は総じて、人という存在を呪い殺そうとするからな。対象が誰であろうと、知性のない獣のように襲い掛かってくる。
「――い。お……い。おー……い。おーーーーい!? 誰かいないのかー!?」
その場で考え込んでいると、庸太の声が聞こえてくる。てっきり、伊月が一番最初に大声を上げて私達を捜し回ると思っていたが。
ともあれ、合流できるのなら合流したい。私は声がする方に向かう。
「あ、詠。よかった無事だったんですね」
「……誰だお前」
しかし、出会ったのは全くの別人だ。庸太でも伊月でも、ましてや絢奈でもない。
彼はキョトンとすると、次の瞬間には醜く顔を歪め「なんで分かったんですか?」と聞いてきた。
「なんでって、顔が見えるからに決まってるだろう。首から下が判別できないぐらい覆われているのに、顔だけそんなにハッキリ見えるわけがない」
彼が庸太ではないと分かった理由はこの通りだ。私は霊感があるからこういったモノが見える。見えるからこそ、ハッキリ認識できるを疑う。
首から下が、玄関で伊月を覆っていた真っ黒な手で隠れている状態で、ハッキリと庸太の顔が見えるのは私にとって異常なのだ。
彼はニタリと笑う。不気味に歪んだ顔で、更にニタリと。
悍ましい気配が倍増していく。身体を蝕むような悪寒が辺りを満たし、庸太の顔をしていたモノは歪に膨れあがった人間のような姿に変貌した。
「さア、お前の魂ヲ寄コせ。ワタしに殺サレろ」
「そんなに殺したいならさっさとやればいいだろ。なんでやらないんだ?」
水風船のように頭だけが膨らんだ彼に、私は至極全うな疑問を投げかける。
やりたければやればいい。出来る機会はあったはずだ。
「……バカニシテルノカァァァ!!!」
すると、彼はビリビリと辺りが震えるような大声を上げた。劈くような悲鳴と重ね合わせたようなその声は、酷く不気味で恐ろしいというのに、これから起きることを考えればただただ滑稽でしかない。
『これ、妾のモノに勝手に触るでない』
鈴の音が聞こえる。同時に、魂が歓喜するような錯覚を覚えるほど魅力的で美しい声が私の耳に届く。
熱を感じる。胸の上、お守りが熱くなる。
『これは妾のモノだ。妾のモノと決めておる。低俗で薄汚い貴様が取ってよいモノではないのだぞ?』
重みが増す。だが、彼に因る重みではない。
私が身に付けているお守りから這い出てくる彼女の重みだ。
『これの魂は妾のモノなのだ。先約がいるのに後からしゃしゃり出るでないぞ。それとも、消えてしまいたいのかのう?』
美しい女性だ。私が信仰するただ一柱の神様だ。
私以外の霊能力者からすれば目の前の彼と変わらない怪異だが、私にとっては私を守護してくれるありがたい神様だ。
姿を現した神様は霊感が無ければ感じることすら能わない。けれど、その存在感は思わず傅いてしまいそうになるほど重く、強い。
「ヨコセ、タマシイヲヨコセ」
『だから、妾のモノと言っておるだろう』
綺麗な紅色でふちが彩られた白い着物に身を包む神様は、黄金色の神を揺蕩わせて当たり前のように述べる。
直接見れば引き込まれそうになるほど繊細で鮮やかな瞳も、この世のあらゆるものをして適わないと思うほど美しく蠱惑的な美貌も、私に合わせた姿だと知らなければ恋をしてしまうだろう。
『そんなに消えたいのなら、喰ろうてやるわ』
神様の本性は怪異だ。人を呪い殺す、呪詛の神。
人々に忘れ去られ、蔑ろにされた祠の神様は、私に取り憑くまで周囲の人間を無差別に呪っていた。その力は田舎とは言え町一つを軽々と覆い、霊感のあるなしに関わらず震えさせ病を発症させるほど。
この美しい姿に重なるように現れた悍ましい狐の口が、目の前の怪異を空間ごと喰い破る。
人間では到底適わないと理解させられる恐ろしい呪詛の塊が、より上位の悍ましい呪詛に喰い荒らされている。
怪異を貪り、跡形も無く腹に収めた神様は、私の方を向くとその目を細めた。
『嗚呼、愛しい男。妾のモノよ。今すぐ呪い殺してやりたいが、その生が終わるときにと約束した以上、手を出すのは女として不甲斐ないからのう。代わりに、可愛い可愛いその目をおくれ』
「目は上げられませんが、おいなりさんならいくらでも差し上げますよ」
『おお、そうかそうか。では早く帰り供えよ。でなければその舌を貰おうぞ』
そう言い残し、神様はお守りの中へ戻っていった。
私が部屋にいるときは神棚に宿り、出掛けるときはお守りに宿って常に守護してくれる神様の要望だ。さっさと伊月達を回収して家に帰るとしよう。
スマホの時刻を確認すれば、すでに十時を回っていた。
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小さな小さな餌を腹に収めたあとで、ソレは自らが守護する若者を眺める。
異空間のような場所で、小さな小窓から愛おしそうに優しく眺める。
困っている様子を見て微笑み、戸惑っているのを見ては笑いを零す。
気まぐれに導いてやれば、その若者はそれをありがたがりお供え物を捧げる。
幼き頃の若者と交した小さな約束を守るため、無粋な輩が手を出そうとすれば追い払い、虫の居所が悪ければ喰い殺す。
それに名は無い。人々に忘れられて久しいソレは、今はただ一人を守護する怪異でしかないからだ。
それでもソレは約束を守る。忘れられ怪異に堕ちたといえど元は神。人間を愚かで欲深い、恨めしい存在と思うからこそ、律儀に恩を返し続ける。
拙い手で祠を直した若者は、悍ましい怪異によって今日も命を守られる。
この物語はフィクションです。




