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優しい愚者〜身分違いの恋は許されますか?〜  作者: なか
第1章. ジョコーソ(楽しげに)
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1-3. 灰かぶりは孤児院育ち(3)

「お帰りなさいませ、旦那様」


 旦那様たちの後についてお屋敷の中に入ると、一人の女性が頭を下げて待っていた。

 黒いドレスの前に真っ白なエプロンを付けており、年齢はシスターと同じくらいに見える。この人もお屋敷で働いている人なのだろうか。


「チェローナ。この娘が例の子供だ。身支度を済ませたらソナタの部屋に連れて来てくれ」


 旦那様はそう答えると、私の方へ顔を向ける。


「ヒカリ。彼女が侍女長のチェローナだ。この屋敷では彼女に従うように!」


 私が首を縦に振ると、旦那様はリュートを連れてどこかへ行ってしまった。この場にはチェローナと二人きりだ。

 視線をチェローナに向けると彼女と目が合う。彼女は厳しい顔つきで私の全身を観察しているように見える。なんだか目が怖い。


 突然、その顔をパッと笑顔に変えたチェローナが私に近づいて来た。


「ヒカリと言ったかしら。取り敢えず貴女は風呂行きね。さあ、こちらに来なさい」


 チェローナの顔には凄味のある笑みが浮かんでいる。その迫力に思わず何度も首を縦に振り続けてしまう。

 すると、彼女に力強く腕を掴まれてそのまま何処かへ連れていかれた。今度は何処へ。


 風呂場に連れられた私は、されるがままに全身を洗われて新しい服に着替えさせられた。

 今は大きな姿見の前に座らされ、髪を梳かしてもらっている。身体がスッキリして何だかとても心地が良い。


「貴女、痩せすぎよ。これからは食事もしっかり取りましょうね」


 背後から聞こえるチェローナの言葉に、視線を目の前の鏡へ向ける。

 大きな姿見の中には椅子に座った少女が映っていた。肩まで伸びる銀髪は灯りに照らされて光沢を放っており、質の良い糸で縫われた黒いドレスに良く似合っている。一方、左右対称の顔は青白く、ドレスから伸びる腕は折れてしまいそうなほどに細い。


「あら、ドレスの丈が長いわね。後で手直ししてあげるから今は我慢して。さあ、エプロンを着けたらソナタ坊っちゃまの所へ行きましょうか」


 その言葉と共に渡された白いエプロンを着けて姿見の前に立ってみた。

 ドレスやエプロンの端が地面を引き摺っており、服に着られている感じがする。それでも見慣れない自分の姿を眺めるのが楽しくて、鏡の前で身体をくねらせていると腕を掴まれてしまった。


「何をしているの? 急ぎますよ!」


 呆れた様子のチェローナの声を聞きながら腕を引く力に身を委ねた。何だか今日は連れ回されてばかりな気がする。


 ◇


「旦那様。ヒカリを連れてまいりました」

「ああ。ヒカリ、こっちに来なさい」


 チェローナの後について部屋に入ると、中には旦那様とリュートの他に見知らぬ男の子が居た。

 短く黒い髪と同じ色の瞳が私を興味深そうに見つめている。旦那様の隣で上品に座る様は、中性的な顔立ちと相まって可愛らしく感じた。女の子の様にも見えるけれど服装で判断すると男の子だと思う。


 手招きする旦那様の前に進むと、チェローナから教わった通りに挨拶をした。


「ヒカリです。今日からよろしくお願いします」


 旦那様は満足気に頷くと、隣の男の子へ話しかける。


「ソナタ。今日から彼女をお前の専属侍女にする。お前と同じ十二歳の娘だ。何かあればヒカリを使いなさい」


 ソナタ様。この人のお世話をすれば良いのだろうか。

 男の子が難しそうな表情を浮かべているのを見つめていると背後から声がする。


「ちょっと、旦那様。ヒカリにソナタ坊っちゃまを任せるのですか? 異性を傍に侍らすのは坊っちゃまの外聞に関わりますよ? わたくしは反対です!」

「いや、しかし他に当てがないんだが」


 旦那様とチェローナが言い合いを始めてしまった。途中でリュートも加わり更に白熱している。しばらく収拾がつく様子はない。


 気が付けばドレスの端を握りしめていた。

 私は必要だからここに連れてこられたのではなかったのだろうか。もし、不要だと言われて捨てられてしまったら……。

 一度出てしまった孤児院には戻れない。戻る道も分からない。他にお世話になる当てなんてない。私はこれからどうやって生きていけばいいのだろう。


 鼻の奥が熱く感じ、視界が滲む。それを必死に堪えているとどこからか、高く柔らかな声が聞こえた。


「君はヒカリと言ったっけ。こんな状況じゃ困惑するよね。本当に仕方のない大人たちだ」


 顔を上げると先ほどの男の子が話しかけてきているようだった。ソナタという名前だっただろうか。視界がボヤけて表情はよく分からない。


「ひとまず安心して。放り出すような真似はしないからさ」


 ソナタ様はそう言うと、静かに、と大きな声を発した後に言葉を続けた。


「チェローナ。ヒカリを僕の侍女にしよう。既に使用人が少なくて最低限の事は自分で行なっているんだ。僕の手の届かない部分を彼女に手伝ってもらう形なら問題ないだろ?」

「坊っちゃま。しかし、外聞が——」

「屋敷内での奉公に限定すれば外聞も気にせずに済むよ。課題が発生したらその時にまた考えれば良い。父上、それでいいですね?」


 ソナタ様の発言で張り詰めていた空気が徐々に緩む。このお屋敷から追い出されずに済みそう、そんな雰囲気になりつつあるのを感じる。


「というわけで、ヒカリ。今日からよろしくね」


 大人の話し合いから抜けたソナタ様はそう言うと、私に向けて手を伸ばす。恐る恐る取ったその手はとても柔らかく温かかった。

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