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優しい愚者〜身分違いの恋は許されますか?〜  作者: なか
第1章. ジョコーソ(楽しげに)
3/22

1-2. 灰かぶりは孤児院育ち(2)

 孤児院の入り口を出ると、馬に引かれた四角い箱の様なものがあった。

 恐らく、馬車と呼ばれているものだろうか。シスターから話は聞いていたが実物を見るのは初めてだ。


 じっと馬車を観察していると、先に歩いていた男性たちが手招きしている。


「ヒカリ、早く馬車に乗りなさい。詳しい話はそれからだ」


 彼らの声を聞き、一度後ろを振り返る。

 私の背後には小さな孤児院が建っていた。緑の蔦が覆う古びた建物は見慣れた私の家だった。きっとここに戻る事はもうないのだろう。そう思うと切ない気持ちになる。私が離れてもみんな元気に過ごしてくれるといいなあ。


「ヒカリ、立ち止まってないで早くしなさい!」


 若干の苛立ちを含んだ声に私は前を向いて駆け出す。

 そして馬車の段差の高さに苦労しながら中に乗り込んだ。


 ◇


 馬車の中はまるで小さな部屋の様だった。屋根や窓があり、部屋の下部分には向き合う様に置かれた橙色の長椅子が占めている。

 恐る恐る座ってみるとフカフカしていて心地良い。木が剥き出しの孤児院の椅子とは大違いだ。


 奥に座った私の隣には若い男性が、正面には歳を取った男性が座る。

 馬車が動き出すと、正面の男性が紙を見ながら口を開いた。


「ヒカリ。いくつか質問をしますので答えてくださいね」


 男性の問いに首を縦に振って同意する。この人は誰なのだろうか。


「年齢は……十二歳で間違いないですね?」


 私は首を縦に振る。


「読み書きや計算が出来ると聞いていますが合っていますか? ああ、ちゃんと言葉で回答してください」

「読み書きは出来ます。計算は複雑なものでなければ」


 孤児院ではシスターが子供達に文字や計算を教えていた。将来のために必要な事だと聞いている。だから、全員ではないが私以外にも読み書きや計算が出来る子供は多い。


「なるほど。次はそうですね、この街一帯が属しているグラス男爵領を治めている貴族について、どのくらい知っていますか?」

「領主様のことですか? 偉い人としか分からないです」


 そう答えると、隣でクスっと笑う声が聞こえた。思わず視線を隣の男性に向ける。


「ヒカリ。貴女の隣に座っているお方が、そのグラス男爵領の領主ですよ」

「やあ、ヒカリ。私がその偉い人だ」


 視線の先には若い男性が揶揄いを含んだ笑みを浮かべていた。

 この人が領主様なの!? どうしよう、お貴族様となんてお話したことないのに。


「り、領主様! あ、えっと……」

「くくっ。ヒカリ、普通に接してくれて構わないよ。さて、ちゃんと名乗ると、私が領主のバリトーノだ。お前の雇い主になるのだから、これからは私のことを旦那様と呼びなさい」

「ヒカリ。旦那様は平民にも心を砕けるお優しい方ですから、変に畏まらなくても大丈夫ですよ」


 そう言って二人の男性は柔らかな笑顔で話しかけてくれた。

 でもそんなこと急に言われても無理だ。私も頑張って笑顔を作るものの頬が引き攣ってしまう。


 そんな私の様子を見た旦那様はゆっくりとした口調で私に語りかけた。


「これからヒカリにはグラス家の屋敷で働いてもらう。心配しなくても衣食住は保証するし給金もちゃんと出すよ。お前は息子の侍女となってもらう予定だ」

「領主様の息子さん? 侍女?」


 私の問いに、旦那様は正面の男性へ視線を向ける。


「ヒカリ。ここからは旦那様の執事である私、リュートが説明しましょう。一度しか説明しないのでちゃんと聞く様に」


 この白髪の男性はリュート様というそうだ。

 若い男性が私の旦那様で、お爺ちゃんの方がリュート様。うん、覚えた!


「分かりました。リュート様、教えてください」

「リュートと呼び捨てで構いませんよ。それで、ヒカリはこれからソナタ様にお仕えしてもらうことになります。ああ、ソナタ様とはグラス家の嫡男になりますよ」


 リュートの言葉に頷いて話を理解したことを示す。

 嫡男とは跡取り息子のことだそうだ。そのお方にお仕えすればよいらしい。


「貴女の仕事はソナタ様の身の回りのお世話をすることです。教育係を付けるので詳しくは彼女に教わってください」


 相槌を打ちながら話を聞いていると馬車が大きく揺れた後に止まる。


「どうやら、お屋敷に着いたようですね。旦那様、ヒカリ。参りましょうか」


 ◇


「わあ、すごい立派なお屋敷です!」


 馬車を降りると、目の前には大きなお屋敷があった。

 赤いレンガ造りの外壁で屋根は黒い。二階部分が無い平屋なのは孤児院と変わらないが、家の大きさは倍以上もある。こんな立派なお屋敷なんて見たことがない。


「ほら、ヒカリ。余所見していると置いていきますよ!」


 リュートの声にハッと我に返る。旦那様とリュートから大きく離れてしまっていた。

 手に持っていた麻袋を抱え直すと、私を待っている二人の元へ駆け出した。

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