1-1. 灰かぶりは孤児院育ち(1)
朽ちかけた長机の中央にはシスターが座り、その周りを小さな子供達が囲んで席に着いていた。男女合わせて二十人の大所帯である。
「皆さん。神に祈りを捧げてから召し上がりましょうか」
シスターの声を聞き、子供達は思い思いに祈りを捧げている。隣に座る小さな子を手伝いながら私も手を合わせた。
祈りを終えると視線を手元に落とす。目の前には一欠片のパンと具の無いスープが置かれていた。
私は孤児院で最年長の十二歳になる。正直に言えば量が足りない。食べる物があるだけマシなのは理解しているが、どうしてもため息が零れてしまう。
パンに手を伸ばそうと思ったところで、どこからか泣きわめく声が聞こえた。特に珍しくはない孤児院の日常だ。
「ヒカリお姉ちゃん、ルイにパンを取られた! うわああああん!」
泣き声と共に、誰かが私に引っ付いた。よく見るとトモという女の子だった。
トモの席に視線を向けると、ルイという男の子が何かを頬張っている。もう食べちゃったんだね、仕方のない子だ。
「こら、ルイ! 人の物を取っちゃダメでしょ!! ねえ、トモ。お姉ちゃんのパンを半分あげるから。それで我慢できる?」
抱きついたままのトモはグズリながらも頷く。泣き止むまでに暫くかかりそうな様子だ。
ふと、視線を手元のスープに向けた。
微かに白い湯気が見える。今日も温かいままのスープを食べるのは難しそうかな。私は小さく息を吐く。
◇
食事の後は子供たちと一緒にお掃除だ。小さな子に指示を出しながら食堂の掃除を始める。
けれど、先程から身動きが取りづらく捗らない。あいかわらず抱きついたまま離れないトモの髪を撫でながら優しく諭す。
「トモ。みんなとお掃除しよ? 一緒にすればきっと楽しいよ!」
「嫌だ! ヒカリお姉ちゃんと一緒にいる!」
それでもトモは引っ付いたままイヤイヤと首を横に振る。
私にとって孤児院の子供達は弟や妹のような存在だ。こうして甘えて頼られるのはとても嬉しい。
でもね、トモ。ずっと一緒は無理なの。そう遠くない未来に私はここを出て行かなければならないのだから。
孤児院の経営は厳しい。だから年頃の子供は労働力として売られるそうだ。
そうしないと孤児院を運営できないとシスターから聞いている。次に売られるのは最年長の私であることも。
「トモ。それならお姉ちゃんと一緒にお掃除しよっか? トモはいい子だから手伝ってくれるかな?」
「……わかった。ヒカリお姉ちゃんを手伝う」
ようやく顔を上げてくれたトモの頭をそっと撫でる。彼女の口元には笑みも浮かんでいた。そうやって笑っていた方が可愛いよ。
「ヒカリ! 奥の部屋にいらっしゃい。お客様よ」
トモと二人で笑い合っているとシスターの呼ぶ声が聞こえた。
「トモ。すぐに戻ってくるから先にお掃除してて。お利口さんだから出来るよね?」
「うん、待ってるから早く帰ってきてね」
近くの子供にトモを預け、シスターの声のする方向へ歩き出した。
◇
奥の部屋に入るとシスターの他に、見知らぬ二人が座っていた。
一人は白髪混じりの髪に高そうな服を着ている男性だ。今年で五十歳になったシスターよりも年上のように見える。
白髪の男性に向かってシスターが口を開く。
「リュート様。この子がご要望の子供です。名前をヒカリと言います。ほら、ヒカリ。ご挨拶を!」
シスターに促されるまま私は頭を下げた。
「あの。は、はじめまして! ヒカリと言います」
顔を上げると男性と目が合った。鋭い眼差しで私を頭から爪先まで吟味する様子を見せる。
小さく唸り声を上げる男性はシスターに質問した。
「……女児ですか。男児はいないのですか?」
「申し訳ございません。既に街へ売却済みでご要望に合うのはこの子しかいません。難しいのでしょうか?」
その答えに難しい表情で考え込む男性は、隣に座る少し若い男性に話しかけた。
「旦那様。いかが致しましょうか?」
「仕方がない。この子を連れて帰ろうか」
話しかけられた若い男性は苦笑いを浮かべながら答えた。
この男性も高そうな服を着ている。高貴なお方なのだろうか。
「ヒカリと言ったかな。君には今日から我が屋敷で働いてもらう。一緒に来てくれるかな?」
「え? 今からですか?」
男性の言葉に驚いて聞き返してしまった。まだ掃除の途中なのですけど。
「ヒカリ、何か不都合があるのかい?」
私の返答に少し困った様子で男性が質問する。
それに答えようと思ったところでシスターの声が割り込んできた。
「いいえ、何の問題もございません。すぐに支度させますので少々お待ちを。ヒカリ、早く支度をしてきてちょうだい」
ほら早くと言うシスターの声に押されて、私は部屋を追い出される。
とは言え、それほど私物がある訳ではない。最低限の荷物を麻袋に入れると、それを抱えて急いで部屋に戻った。
「領主様。リュート様。それではヒカリの事をよろしくお願いします」
そう言って頭を下げるシスターの声を背に、何だかよく分からないまま私は男性たちに連れていかれた。