2-5. 晴れのち雨(1)
「リラ。凄い量の荷物ですね」
「そりゃそうさ。七日間の旅支度だからね」
侍女長であるチェローナの指示で私たちは荷物を木箱に詰める作業をしていた。
目の前には細長い木箱が既に山の様に積まれている。これで荷詰めの途中なのだから驚きだ。
「グリッジ子爵領で二泊。フォルテ伯爵領で二泊。後は移動でしたっけ? 同行する使用人がリラだけで本当に大丈夫なんですか?」
他領に向かうため旦那様とヴィオローネ様は明日馬車で出発される。目的はお相手との交渉のためとのことだ。このような外遊は年に数回あり、その都度私たちは準備のために大騒ぎしている。
しかし、リラの話によれば他のお貴族様と比べて頻度が少ないらしい。大貴族になると月に何度も外遊するらしいので、彼らの使用人たちの苦労を思うと苦笑いが浮かぶ。
「あたしの役目は道中のお供と、奥様のお世話だけだから大した事はないよ。旦那様をお世話する使用人や下働きは相手方に貸してもらう予定だからね」
私の問いに、なんて事はない様子でリラは豪快に笑う。
グラス家の使用人は少ない。普段から少数精鋭でお屋敷を回しているのだから、今回の不在は正直に言えば辛いと思っている。
けれど、リラも十分大変なのだと思う。長旅に同行するたった一人の使用人だ。お世話するだけという仕事量でもないだろう。
「でもまあ楽しみな事もあるから心配はいらないよ。フォルテ伯爵領は農業が盛んで食事も美味しいんだ。使用人に出される食事も中々のもんさ。羨ましいだろ?」
ニヤリと口元を歪めるリラの表情に思わず笑ってしまった。
「あー、リラばっかりずるいです。お土産は期待していていいんですか?」
「ちゃんとお留守番してたら何か買ってきてあげるさ」
「本当ですね! じゃあ『ツィンク』を探してきてください」
『ツィンク』はフォルテ伯爵領で取れる茶葉でソナタ様のお気に入りの一つである。そろそろ在庫が少なくなってきていたので補充したいと考えていたところだ。
「アンタらしいお願いだね。こういう時、普通は自分の欲しい物をおねだりするもんだよ」
「私が欲しい物なんですから、別におかしくはないと思いますけど?」
「まあいいさ。ちゃんと買ってきてあげるよ」
「本当ですね! 約束ですよ!」
リラと二人で笑い合いながら約束を結んだ。
「こら、二人とも! お喋りしてないで手を動かしなさい!!」
振り返ると凄い形相のチェローナが腰に手を当てて立っていた。
しまった、まだ荷詰めの途中だったのだ。
「「すぐに続きの作業に戻ります!」」
リラと目を合わせると、私は衣服を木箱へ詰める作業を再開した。
◇
翌日になり、旦那様たちが出発する時間が近づく。
お屋敷の門前には馬車が二台。昨日用意した荷物は既に馬車へ運び込んでいる。
「使用人一同、旦那様方のお早いご帰宅を心よりお待ちしております」
リュートの声を合図に、チェローナと私は深く頭を下げた。
「ああ。リュート、留守は任せたぞ」
顔を上げた先には旦那様とヴィオローネ様が並び、その隣にはリラが侍っていた。
「チェローナとヒカリも屋敷の事をよろしく頼む」
「「かしこまりました」」
穏やかな表情の旦那様に笑みを返すと、隣のヴィオローネ様へ視線を向ける。
「ヒカリ。ソナタの事、よろしく頼むわね。最近また部屋に籠りがちだから適当に外へ連れ出してくれると嬉しいわ」
「ええ、ヴィオローネ様。私にお任せください」
軽くウィンクするヴィオローネ様の様子に頰が緩む。
ヴィオローネ様はいつでもソナタ様を心配されている。そんな親子の情を見ているとこちらまで心が温かくなるのだ。
続いて、ヴィオローネ様の隣で立つリラへ顔を向ける。
「リラ。お土産待ってますからね!」
「ヒカリ。こういう時、普通は旅の無事を祈ってくれるもんじゃないのかい?」
「だって、リラなら野盗でも追い返しそうな感じがしますもの。でも、身を案じてないわけではないですよ?」
「失礼な娘だねー、本当に。ヒカリはあたしの抜けた分までキッチリ働くんだよ!」
そう言うと、リラは心地よい笑い声を上げながら私の頭を軽く叩く。
お仕事でリラから叱られることはもう無くなった。彼女に一人前として認められたのだ。彼女の期待に応えられる様に頑張りたい。
「旦那様、ヴィオローネ様。いってらっしゃいませ」
三人を乗せた馬車はしばらくすると動き出す。
それが小さく見えなくなるまで私たちは頭を下げ続けていた。




