表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
優しい愚者〜身分違いの恋は許されますか?〜  作者: なか
第2章. ラメンタービレ(哀れに)
11/22

2-2. そのお茶の味は

 ティーカップを持ち上げたソナタ様の様子をじっと見つめる。


 緊張のあまり、私は胸の前で両手を固く組んでしまっていたようだ。

 今日使った茶葉は最近街で手に入れたもので、初めてソナタ様にお出しするのだ。どうしても緊張してしまう。

 でも、大丈夫なはず。何度も研究し、ようやく納得のいく淹れ方を見つけたのだ。ソナタ様にも満足していただけると良いのだけれど。


「いつものお茶とは香りが違うな」


 ティーカップを口元に近づけたソナタ様は呟く。


「ええ。フォルテ伯爵領の茶葉で『ツィンク』というものです。如何ですか?」

「ああ。芳ばしい香りに頭がスッキリする気がする。悪くないと思うよ」


 香りについて感想を呟いたソナタ様は、そのまま口に含む。軽く目を閉じて味を堪能している様子だ。


「うん、初めての味だが美味しいよ。しかし、面白い味だね。独特のコクと苦味を感じる。甘い物と一緒に食すにはちょうど良いかもしれないな」


 合格点を貰えたことに思わず飛び上がりそうになる。

 たくさん練習して良かった。そして本番で成功して本当に良かった。


 貴族学園から戻ったソナタ様はいつも疲れた表情をしていた。それほどにお貴族様の学び舎というものは過酷な場所なのだろう。そんな主の心身を少しでも癒すことができればと思い、お茶の選定には力を注いている。


 そして今回の茶葉は好評だった。

 もしかしたらお気に入りに更新があるかもしれないと思い、ソナタ様へ尋ねる。


「いつもの茶葉と、どちらがお好みですか?」


 ソナタ様のお気に入りはグラス男爵領が原産の『トゥンカル』というもので、甘い風味が特徴的な茶葉だ。

 疲労回復や解毒等の薬としても代用できるため常備している。


 ソナタ様は少し悩む素振りを見せた後、口を開いた。


「そうだなー。僕は『トゥンカル』の方が好きかな。でも、この茶葉も悪くはないと思うよ」


 そう言ってソナタ様は再び目の前のお茶に口を付けた。その様子を見つめながら思う。


 侍女になって五年が経った。


 私が屋敷に来た頃と比べてソナタ様は変わったと思う。

 背丈は伸びて中性的だった顔立ちも男性的な凛々しさを感じるようになった。闇夜のような黒髪と同じ色の瞳で見つめられると胸の奥がざわめく。知的で格好良い自慢の主だ。

 そして性格は少し旦那様に似てきたと思う。日頃から私たち使用人の事を想い、対応も優しい。他人に甘くお人好しな部分はご両親にそっくりだ。こんな事をソナタ様に告げると怒られてしまいそうだが。


 それにしても、今日のソナタ様は随分と疲れた表情をしている。何か嫌な事でもあったのだろうか。

 きっと答えては貰えないだろうけれど尋ねてみよう。


「貴族学園は如何でしたか? 楽しめましたか?」


 ティーカップを静かに置いたソナタ様は、私の問いに曖昧な笑みを浮かべて答える。


「まあそれなりには……ね。それにしても、ヒカリは本当に学園の話が好きだね。毎日のように質問してくるけど、実際は代わり映えしないところだよ」

「それは……私の知らない世界ですから。どうしても憧れてしまいます」


 心配だからそれとなく尋ねていたのですけど……。などとは言える筈も無く、思わず口ごもってしまった。

 ソナタ様は何か悩みを抱えている。それなのに私には共有してもらえない。主に頼ってもらえない。その事がとても歯痒い。


 そんな思いを視線に込めてソナタ様を見つめる。

 私の返答を聞いた彼は僅かに表情を曇らせると手元に視線を落とした。


「なあ、ヒカリ。僕らのことを恨んではいないかい?」


 意外な問いに言葉を返せなかった。その声は少し震えているように感じた。

 ソナタ様の言葉は続く。


「もしもグラス家の使用人にならなければ。普通の平民として暮らしていれば、街の学校へ通えたかもしれない。君の未来を奪った僕らのことを恨んでいないかい?」

「いいえ。孤児の私に選択の余地はありませんでした。そんな私をグラス家の皆様は温かく迎えてくださったのです。感謝しかございません」


 嘘偽りのない私の本音である。

 産みの親の顔など知らない。育った孤児院では共に過ごした仲間たちもやがて散り散りになってしまう。あの頃は家族を持つ未来など思い描くことは出来なかった。

 そんな私もこうしてグラス家の一員になり、居場所を見つけて毎日楽しく暮らす事が出来ている。恨むなんてあり得ない。


「今の私にとってグラス家の皆様は家族同然であり、この屋敷には実家のような愛着を感じております。孤児の私が家族を持てるとは思いませんでした。その事が本当に嬉しいのです」

「そうか。それならば良かった」


 顔を上げたソナタ様は穏やかに微笑む。少しだけ明るさを取り戻した様子だ。

 主の憂いが一つ晴れたことに安心すると、私はおかわりの準備を始めた。


 ◇


 自室に戻った私は座卓の前に座り便箋に手を伸ばす。


 この手紙の宛先は幼少期に過ごした孤児院だ。管理者のシスターとは毎月手紙のやり取りと、給金の一部を仕送りしていた。

 そのやり取りもこれで最後になるだろう。孤児院は今月中に閉鎖することが決まったからだ。


 シスター曰く、閉鎖の理由は資金難とのことだったので私の力で何とかできる話ではない。

 ただ、幸いなことに孤児院で暮らす子供たちの引き取り先に目処が立ったそうなので一安心だ。たとえ離れて暮らすことになったとしても皆が幸せであれば良いと思う。


 本音を言えば寂しい気持ちはある。だって、育った家が無くなってしまうのだ。

 けれど、今の私にはグラス家という居場所がある。私を受け入れてくれる家族がいる。


 だから、私は頑張ることができるんだ。そう信じている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ