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優しい愚者〜身分違いの恋は許されますか?〜  作者: なか
第2章. ラメンタービレ(哀れに)
10/22

2-1. 五年後の二人(ソナタ視点)

 始業時間前ということもあり、学園内の廊下は生徒たちの楽しげな声で溢れていた。

 その声を聞き流しながら廊下の窓から中庭を覗く。空は灰色の厚い雲で覆われており今にも雨が降り出しそうに見える。


 僕は十七歳となり、貴族学園へ通うようになった。


 王国には四つの学園が存在しており、十六歳から十八歳迄の貴族の子供たちは学園で社交や専門的な学問を学ぶことになる。ここで学んだ知識を活かし、貴族社会で生きていくのだ。

 そして僕はその内の一つ、カランド公爵領の学園に通っている。学年で言えば今年の春に二年生となった。学園内には寮があり、遠方の貴族の中には寮生活している者たちもいる。グラス家の屋敷とは非常に距離が近いため、幸いなことに僕は寮を利用せずに済んでいた。出費を抑えられるので正直なところありがたい。


 学園生活はまずまずといったところだろうか。

 勉学はとても楽しめている。王都で学んだ教師たちによる専門性の高い講義は刺激的であり、希少な蔵書が並ぶ図書館は僕にとっての憩いの場所になっている。


 一方で人間関係は……どうだろうか。

 学園内の上下関係には貴族社会でのそれが表れており、交友関係は利害の上で成り立つ。純粋な『友人』などここには存在しないのだ。貴族社会で評判の悪いグラス家の僕には友人と呼べる存在は少ない。


 ◇


 僕は窓の縁を掴むと大きく息を吸い込む。

 肺に入り込んだ新鮮な空気がチクりと胸の奥を刺した。


「ソナタ! 今日も一人か?」


 物思いに耽っていると背後から聞き覚えのある声がする。


「相変わらず寂しい奴だな、お前は。俺の『友人』でも紹介してやろうか?」

「余計なお世話だよ、アレグロ」


 振り返ると揶揄う友人の姿があった。


 ——アレグロ・カランド


 カランド公爵家の嫡男で僕の数少ない友人の一人である。男爵家の僕とは貴族としての格が違いすぎる存在だ。

 明るい金色の髪を後ろになで上げる彼は、同性でも思わず息を呑む程に整った容姿と相まって女子学生の注目を集めている。


「で、お前は窓の外に何を見ていたんだ?」

「別に何も。ただ、考え事をしていただけさ」


 そう言って僕は視線を窓の外に向ける。アレグロは僕の隣に並び、同じように窓の外を覗き込む様子を見せた。

 僕たちはしばらく無言で中庭の景色を眺めていた。


「おはようございます、アレグロ様。今日も素敵でいらっしゃいますね」


 隣から高く可愛らしい声が聞こえて視線をそちらに向ける。

 どうやら女子生徒がアレグロに話しかけているようだ。顔を赤らめる彼女に対して、甘さを深めた笑顔でアレグロが言葉を掛ける。


「嗚呼、貴女のような魅力的な淑女に話しかけられるなんて俺はなんて罪深い男なんだ。今日一日貴女の可愛らしい笑顔を忘れられる自信がないよ」

「そんな……アレグロ様にそう思っていただけるなんて……。あの、お友達にもご挨拶してまいりますわ」


 顔の朱色の濃さを増した女子生徒は小走りに廊下を走り去っていった。

 残されたアレグロに僕は軽蔑を込めた視線を送る。


「……おい、アレグロ。お前の婚約者に言いつけるぞ」


 彼の女好きは相当なものだ。女子生徒を見つけてはこうして愛想を振りまき愛の言葉を贈っている。

 そんなアレグロには婚約者がいたはずだ。僕も顔を合わせた事があるが、物静かで気品がある素敵な女性だったと記憶している。彼女に申し訳なさを感じないのだろうか。


「お前は何を言ってるんだい。女性は等しく愛でるべきだろ?」


 僕の視線にも悪びれた様子はなくアレグロは口角を上げた。


「真面目すぎるんだよ、ソナタは。もっと気楽に生きようぜ」


 戯言を吐く彼の姿に思わず溜息が零れる。お前は自由すぎるんだよなあ。


 突如、廊下の先で騒がしい音を聞く。目を見合わせた僕らは騒音の方向へ顔を向けた。

 視線の先には女子生徒が一人。そして彼女を取り囲むように複数の男子生徒が集まっている様子だった。囲まれた彼女は作り物の様な笑顔で男子生徒たちと挨拶を交わしている。ほんの一瞬、彼女に嫌悪の表情を見て取れた気がした。僕の見間違いなのだろうか。


「相変わらずいい女だな、アマービレ様は」


 同じ光景を見ていたアレグロはそう呟く。


 ——アマービレ・フォルテ


 フォルテ伯爵家のご令嬢である。僅かに波打つ赤髪は肩まで伸び、左右で釣り合いの取れた顔は確かに美しいがどこか冷たさも感じる。まるで彫刻が着飾って歩いている様に僕には見えてしまう、そんな女性だった。


「フォルテ家は公爵家に並ぶ程に力を持ち始めている。おまけに本人は学園でも五指に入る美人だ。婚約していなかったら俺も手を出したかったぞ」

「アレグロ、お前さぁ——」

「じゃあソナタはどうなんだよ。お前も彼女を狙ってみたらどうだ?」


 アレグロの問いに僕は首を横に振って答えた。


「伯爵家のお嬢様だろ? どうせ木っ端貴族が話しかけても相手にされないよ」


 豊潤な広い領土を持つフォルテ伯爵領では農業が盛んで、質の良い農作物の取引で多額の利益を上げていると聞く。アレグロが評する通り、近年のフォルテ家は七つある公爵家に次ぐ貴族として頭角を現しつつある。

 加えて、フォルテ伯爵自身は野心家として有名であり、更なる繁栄のために上位貴族たちとの縁繋ぎも考えているだろう。恐らくは彼の娘たちも王族や公爵家に嫁入りするのではないだろうか。


「あとは、そうだなー。何より僕が彼女に興味を持てないってのもある」

「へー。じゃあ誰だったら興味を持てるんだ?」


 アレグロの質問に少し考える。


 父は社交にまるで興味がない。家の繁栄であるとか、上位貴族との縁なども考えていないだろう。平民の女性でなければ誰でも首を縦に振ってしまいそうである。

 あの人はそういう人物だ。だから、婚約者は僕自身で考えて選ばなければならない。


 ならば、僕は婚約者に何を求めるつもりなのだろうか。

 今の僕はまだ答えを持ち合わせていなかった。


「特にはいないな」

「そうかい。相変わらずだな、お前は」


 嘲笑する友人の声を聞き流しながら、僕は視線を窓の外に戻した。


 ◇


 学園から屋敷に戻ると、僕は真っ直ぐに自室へ向かう。

 軽く叩いた後に扉を開けると、部屋には芳ばしい香りが充満していた。


「おかえりなさいませ、ソナタ様」


 部屋で出迎えてくれたのは、僕の侍女であるヒカリだった。


 変わらず細身の彼女だが、出会った頃と比べれば手足の肉付きが良くなり健康的に見える。ただ、背丈はそれほど伸びなかったようだ。僕の肩口くらいだろうか。小柄な体格は可愛らしい彼女の雰囲気と合っていて気にならないけれども。

 あとは、五年前と比べると髪は随分と伸びたかな。透き通る様な彼女の銀髪は肩より先まで伸び、侍女用の黒いドレスにとても映えて見える。


「そろそろお戻りになると思って、お茶の準備をしておりました。お召し上がりますか?」

「ああ。頼むよ、ヒカリ」


 僕が頷くとヒカリは整った顔を引き締めて茶器の準備を始めた。

 そんな彼女の様子を眺めながら僕は椅子に腰を落とす。


 ヒカリの所作は随分と良くなったと思う。先程の挨拶の仕草から、指先に神経を尖らせて丁寧に茶器に触れる様子まで、彼女の動作全てに気品を感じる。もう彼女は一人前の侍女であり立派な淑女に成長していた。


 しばらくヒカリを見つめていると、彼女と目が合う。


「ふふ。甘いものを欲されているお顔ですね。ちゃんと用意してありますので安心してください!」


 ヒカリはそんな見当外れの事を眩しいほどの笑顔で呟く。


 出会った頃と変わらない事もあった。

 ヒカリは感情表現が豊かで表情をくるくると良く変える。そんな幼さの残る人柄が彼女の可愛らしさを引き立てていた。

 そうかと思えば、時折大人びた一面も見せる。上質な絹のような銀髪を搔き上げる仕草に胸が高まったり、上目遣いの彼女と目が合って息を呑む瞬間もあった。


 清楚さと可愛らしさ、そして妖艶さを併せ持つ彼女。

 そんなヒカリを見ていて最近思うことがある。


 彼女の存在は毒だ、と。


 僕は貴族学園で多くの女性を見てきた。彼女たちは皆貴族として教育された素敵な淑女ばかりだ。器量の良い女性も多い。

 そんなご令嬢たちよりもヒカリの方が遥かに魅力的な女性に感じてしまう。そしてヒカリは僕の一番近くに居て、誰よりも長く同じ時間を共有する存在だ。近い将来、彼女への想いがどのような形に変化するか、想像するのは容易い。


 僕が成人する十八歳になる頃か、あるいは婚約者を定めた時か。

 そう遠くない時期にヒカリを僕から遠ざける必要がある、そう考えていた。貴族と平民が結ばれる事など許されないのだから。


「ソナタ様、お待たせいたしました。お熱いので気をつけてくださいませ」


 ヒカリの声が僕の思考を妨げる。彼女は柔らかな笑顔とともに、ティーカップを僕の目の前に置いた。


 僕は頷くとティーカップを口元へ近づける。

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