0. その想いの行方は
数多の作品の中から、本作に目を留めていただきありがとうございます。
主人公ちゃんが幸せを掴むまでの過程を温かく見守ってくださると嬉しいです。
「これより、フォルテ伯爵家とグラス男爵家の婚約の儀を始める」
教会の衣装に身を包む男性が声を上げると、この場にいる人々の視線が中央の台へ向けられた。
フォルテ家の大広間には多くの貴族と使用人たちが集まっており、部屋の中央に設置された白く四角い台を囲んでいる。台の上には神父が立ち、彼と向かい合うように一組の若い男女が並んで跪いていた。
「貴方たちは神に婚約の誓いを立てようとしている。ソナタ・グラス、異議があればこの場で申し立てなさい」
「いいえ、ございません」
ソナタと呼ばれた男は跪いたまま答えた。彼は私が仕える主で、グラス男爵家の当主代理でもある。
神父は視線をソナタ様の隣で俯く女性に向ける。
「貴族学園を卒業後、貴方達は夫婦の契りを結ぼうとしている。アマービレ・フォルテ、齟齬があればこの場で訂正しなさい」
「ございませんわ」
アマービレと呼ばれた女性は静かに答えた。彼女がソナタ様のお相手の女性である。煌びやかな衣装に身を包む二人はとてもお似合いだ。そう私には見えてしまった。
「では、ソナタ。誓いの言葉を」
神父の言葉を合図に、二人は向き合うように位置を変えた。
アマービレ様は立ち上がると細い手を伸ばし、跪いたままのソナタ様はその手を取る。
その光景を遠巻きに見ていると胸の奥がざわつく。気がつけばドレスの端を強く握りしめていた。
「アマービレ。貴女を永遠に愛することを神に誓います」
低く甘い声と共に、ソナタ様の唇がアマービレ様の手の甲に触れる。
もう見ていられなくて、私は視線を足元に落とす。
「神は二人を祝福する。教会は二人の婚約をここに認めよう。これにて婚約の儀を終わりとする。皆の者、若い二人に祝福の拍手を!」
神父は周囲に拍手を求める。その声に呼応するように手を叩く音が鳴り響いた。
喜びに満ちた熱気が辺りを覆っている。その空気を感じて、私の心は更に沈み込む。それでもなけなしの気力を振り絞り、掌を叩いた。
「二人ともよくお似合いだわ。これでフォルテ家も暫くは安泰ね」
「そうね。それにしても、あの人も可哀想よね。ご主人様がフォルテ家へ婿入りしてしまえば用済みになってしまうのですもの。同情しちゃうわ」
「あら、心にもないことを。いい気味って思ってるくせに」
背後から私を嘲笑する声がする。それを黙って聞いていた。
よかった。この胸に秘めた想いは誰にも気付かれてはいない。
気付かれてしまってはいけないのだ。だから、私は黙って耐えていればいい。
私はじっと地面を見つめ、拍手が鳴り止むのを静かに待っていた。