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宰相閣下の宝物  作者: 半崎ゆま
本編
8/107

花咲く丘の上

 池の奥にあった四個目の魔道具は他の物よりも状態は良かったが、念のため交換することにした。

 記録を取っていて気が付いたのだが、前司祭の作った魔法はサラが習ってきたものと組み立て方が多少異なっていた。国によって違うのか、それともただの個性か。ノキアに直接聞いてみたかったな、と思う。

 いずれにしろ他人が作ったものより、自分が魔法を構築した方が後々管理がしやすいだろう。新しい水晶が届き次第、作業を始めなければ。


 コハクは相変わらず必要なこと以外は口を開かなかった。それでも、以前よりは居心地の悪さを感じることは少なくなった。




 最後の祠は小さな丘の上にあった。周囲には薄紅色の小さな花がたくさん咲いていて、遠目には丘を埋め尽くす絨毯のように見えた。風が吹く度にほんのりと甘い香りが広がる。


「きれい…」


 サラはその場にしゃがみ、歩道脇の花を覗きこんだ。

 ステイシアにはない花だ。不思議な濃淡のある薄紅色に見えるのは、透けるように薄い花びらが何枚も重なりあっていたからだ。この花びらを紅茶に入れたら、きっときれいだろう。もしかして、乾燥させた方が甘い香りが引き立つかもしれない。

 次に、明るい色の茎と葉をかきわけて根元を観察する。乾燥した土に生息しているわりには、茎は太くて水分量が多そうだ。しっかり根をはっている証拠だろう。薬になるような効能はあるのだろうか。


 サラが物珍しそうに眺めていたからだろうか。


「マリアンナという花です。暖かい季節に咲く花ですから、北国のステイシアで見かけることは少ないでしょう」


 コハクはサラの隣に座ると、風に揺れる花に手を添えた。長い指が花びらを撫でる。コハクは目を細め、まるで恋人を愛でるような表情で花を見つめていた。


 こんな優しい顔もできるのか…。


 きっと思い入れのある花なのだろう。でも、どこか寂しそうに見えるのはサラの気のせいか。


「素敵なお花ですね。花びらがきれいなだけでなく、小さいけれど茎は太いですし、しっかりと根がはっている強い植物です」


 サラの言葉に、コハクが顔を上げた。不思議なものを見るような、困ったような顔でこちらを見つめている。しまった、と思ったが遅かった。


「すみません。わたし、余計なことを…」


 他人が大切にしているものに不用意に触れてはいけないよ。


 サラは孤児院の先生の言葉を思い出した。やはりこの花はコハクにとって特別なもので、初対面の人が触れてはいけないものだった。

 どう謝ればいいのだろう。

 サラは申し訳なくて下を向くしかない。


 風が吹いて、甘い香りが広がった。


 突然、コハクがくすくすと笑いだした。サラは驚いて顔を上げる。


「失礼。あまりにも貴女が面白いことをおっしゃるから…」


 肩を震わせてコハクが言った。


「面白いこと、ですか」

「花を見ながら根の話をされたのは初めてですよ」

「わたし、あの、このお花がとっても素敵だと思って、えっと、うまく伝えられなくて…」


 頭が真っ白になって、うまく言葉が出てこない。サラはまともにコハクの顔を見ることができなくなった。

 コハクはゆっくりと立ち上がった。


「斬新な視点だと思いますよ」


 そう言いながら、続いて立とうとするサラに手を貸してくれる。恐る恐る見上げると、コハクは穏やかな笑みを浮かべていた。

 春の柔らかい日差しが、金色の髪に反射してきらきらと輝いている。まるで物語の挿し絵のような光景だった。

 これも作られた笑顔なのだろうか。サラはわからなくなった。


「わたし、薬草作りと調合が趣味なのです。お花は本当にきれいだと思うのですが、それよりも観察や研究の対象として見てしまいます」


 言い訳がましくサラは説明する。


「昔からよく変わっていると言われました。ご気分を害されたのならば、申し訳ありません」


 コハクは穏やかな笑みを浮かべたまま、首を振った。


「変わっているだなんてとんでもない。貴女は素晴らしい趣味をお持ちなのですね」

「あ、ありがとうございます」

「打ち込めるものがある人は素敵ですよ」


 お世辞だとわかっているのに顔が火照ってくる。こんな台詞を表情ひとつ変えずに言えるなんて、さすが宰相さまだと思わざるを得ない。


「もったいないお言葉です」


 そう返すのが精一杯だった。


「私の好きな花を誉めてくださり、ありがとうございます」


 目が合うと、コハクは口角を上げて美しく微笑んだ。

 これが街の女の子たちが憧れるという笑顔だろう。こんなのは反則だ。この人は、こうやってたくさんの女性を夢中にさせているのだろうか。

 サラはふるふると頭を振って、余計な考えをかき消した。


「そろそろはじめます」


 早足で祠に向かい、サラは手をかざした。

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