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宰相閣下の宝物  作者: 半崎ゆま
本編
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二回目の城

 一日かけて準備した道具を詰め込んだ鞄を持ち、サラは城の入り口に立った。今日は体力だけでなく魔力を回復する薬も持っている。鞄の重量は増えたが仕方がない。

 今日は失敗しませんように。

 心の中で祈ってから、サラは入り口の兵士に声をかけた。



 前回と同様に国王の執務室に行くのかと思ったが、今回は別の部屋に案内されたようだ。大きな扉の前で兵士が声をかけると、内側から扉が開いた。


「お待ちしておりました。お体は大丈夫ですか?」


 現れたのは金色の髪をした、背の高い美しい男性。


「宰相さま…」


 一昨日の出来事が頭をよぎり、頭に血がのぼる。


「先日はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」


 コハクの顔を直視することができなくて、サラは頭を下げた。


「今日はしっかりと準備をしましたから、大丈夫です」


 おずおずと顔をあげると、コハクは一見穏やかに微笑んでいた。


「それは頼もしいです。ですが、無理はなさらないでくださいね」


 話す内容はサラを心配するものだが、そこには何の感情も込められていない。彫刻のように美しい顔には、貼り付いたような笑みが浮かんでいた。


 本当に、きれいな作り物のような人。


 遠目で見て憧れている少女たちにはわからないだろう。


「はい。気を付けます」

「では行きましょう。お荷物をお持ちしますね」


 コハクは慣れた様子で、サラに向かって手を差し出す。社交辞令だろうが、このようなとき普通の女性はどうするのだろう。


「重いですから…」

「こう見えて、結構鍛えているのですよ」


 断りづらい雰囲気になり、サラは渋々鞄を差し出した。コハクはサラが両手でやっと持っていた鞄を、片手で軽々と持ち上げる。細身に見えるが、鍛えているというのは本当のことらしい。


「…ありがとうございます」

「では、参りましょうか」




 ぎこちない雰囲気のまま、二人で廊下を進む。

 先日の事を気にしているのか、コハクはサラの隣を歩くように意識しているようだ。しかも、一昨日は背の高いコハクについていくだけで必死だったが、今日は普通に歩くことができる。きっとサラの速さに合わせてくれているのだろう。

 鞄まで持ってもらって、今日も宰相閣下には余計な気を使わせてしまったようだ。居たたまれない気持ちで、サラはコハクの様子を伺い見る。

 口を開く気はなさそうだ。

 会話をしなくて済むのはありがたい。どうせ共通の話題などないのだから。

 無言で歩き続けるコハクの横顔はまるで人形のようだった。



 城の裏の小さな池にかかる橋の上で、突然コハクが立ち止まった。辺りに人影はない。ここに祠があるのかと周囲を見るが、どうやら違うようだ。

 コハクは振り返ってサラを見下ろした。


「一昨日は、貴女に無理をさせてしまいました。私の気配りが足りなかったがために、貴女は体調を崩してしまわれたのです」

「え?」


 唐突に切り出された言葉の意味が理解できず、サラは間の抜けた声を出してしまった。


「すべて私の責任です。謝らなければならないのは私の方です」


 そう言ってコハクは頭を下げた。

 風が吹いて金色の長い髪が揺れる。しかし、サラには一国の宰相が頭を下げるほどのことをしたとは思えなかった。


「どうか頭をお上げください。わたしの自己管理が甘かったからです。宰相さまの責任ではありません」

「具合が悪くても貴女は言い出せなかったでしょう。緊張されていることには気が付いていましたから、何も対策をしなかった私のせいです」


 顔を上げたコハクは淡々と話し続ける。無表情すぎる顔からは、本当に悪いと思っているかどうかもわからない。


「宰相さまは悪くありません」

「私の配慮が不足していたゆえの結果です」

「わたしの準備が足りなかったからです」

「違います。貴女が気に病むことは何もありません」

「わたしにもっと体力があればよかったのです」

「それは貴女のせいではないでしょう」


 一瞬、コハクの語気が強まり、サラはびくりと体を震わせた。今になって、生意気にも宰相閣下に口答えしてしまったことに気が付いた。

 相手が感情のない人形のように見えたから調子に乗ったのかもしれない。後悔と、この場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。


「…申し訳ありません」

「ですから、なぜ貴女が謝るのですか」

「宰相さまのせいではありませんから…」

「それは私が…、いえ、もうやめましょう」


 ため息をついてコハクが言った。きれいな弧を描く眉が、少しだけ歪んだように見えた。


「私としたことが…、つい感情的になってしまいました」


 コハクは目を逸らした。白い頬が少し赤く染まったように見えるのは気のせいだろうか。


「一昨日、貴女が帰られてからずっと後悔していました。貴女の不安な様子に気が付いていたのなら、もっと違う声のかけ方や接し方ができたのではないかと」


 透き通った池を眺めながら、コハクが呟く。


 顔に出さないだけで、優しい人なのかもしれない。


 それにしても、聖王国の宰相ともあろう人がそんな小さなことで悩んでいたなんて…。

 サラは思わず笑ってしまった。


「ファティマ司祭?」

「ごめんなさい、宰相さまが本当は優しい方だとわかって、なんだか嬉しくなりました」


 そう答えてから、自分がとても失礼なことを言ったことに気が付いた。


「申し訳ありません。わたし、なんてことを…」

「いいえ、構いませんよ」


 サラには、コハクが微笑んだように見えた。理由はわからないが、機嫌を損ねたわけではなさそうだ。


「さぁ、魔道具の所へ行きましょう」

「はい」


 少し軽い気持ちになって、サラはコハクの後を追った。

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