聖王国へ2
「向こうの丘の上にあるのがアレクディアのお城です。今の国王様は同じ名前のアレクディア十五世、長いので皆アレク王と呼んでいます。第一位王位継承者は、みーんなアレクディアって名前になるんですって」
検問を抜け、見晴らしの良いなだらかな下り道が続いている。道も舗装され、馬車の揺れも少なくなった。
「城の手前に広がっている森は、青の森と呼ばれています。そのはずれに聖教会があります。で、さらにその手前にあるのが城下町。いろんなお店があってにぎやかなところです」
聖都に入ってから、ニーナはさらに饒舌になった。視界に入るものを一生懸命説明してくれるのだが、人より記憶力の良いサラでも一度に覚えるのは不可能に思える。それほどに聖王国の首都である聖都は大きな町だった。
「ところでサラ様、甘いものはお好きですか」
「あまり食べないのでわかりませんが、嫌いではないと思います」
「そんなのつまらないですよ! あっちの通りに美味しいお店があるんです。いつかぜーったいに行きましょうね」
「ええ。案内してくださいね」
ニーナの話は止まらない。あれは魚料理の店、これは果物の店、奥にあるのが肉料理の店。気が付くと食べ物の話ばかりだった。
サラの故郷の神官たちは、厳しい規律にしたがって生活していた。恋愛や結婚は禁止で、食事の内容まで細かく決められていた。どうやら聖王国の神官は、サラが思っているより自由に生活できるようだ。これなら仕事の合間に趣味の研究を続けられるかもしれない。
「この道をまっすぐ行くと市場通り。その脇にあるのが、魔道具街です。魔石とか魔道書とか、魔法に必要な物は何でも揃います。あたし、よくお使いで行くんですよ」
少し興味をひかれて、サラは指差された方を見る。華やかな大通りの奥に、他の通りとは明らかに雰囲気の違う道がある。
「薬草のお店はありますか?」
「もちろんです。何でも揃う大きなお店から、一見枯れ葉しか置いてないような怪しいお店まで、いろいろありますよ」
それはぜひ行ってみたい。これだけ気候が違うのだから、自生する植物や栽培できる薬草はきっとステイシアと異なるのだろう。
「サラ様、薬草とかお好きなんですか?」
「ええ、薬草を調合して、いろいろな薬を作るのが趣味なのです」
「すごーい。さすが司祭様ですね。あたしと歳が二つしか違わないなんて思えません」
素直なニーナの言葉に、サラは愛想笑いで答える。
サラの育った孤児院では薬草を育てて薬を作り、それを売って収入を得ていた。当然、子どもたちも栽培や収穫の手伝いをしなければならない。皆は面倒くさがっていたが、サラはこの作業が好きだった。普通の植物が人を癒すことに興味を持ったサラは、魔法学校に入学してからは、魔法を使って薬の効果を高める方法を研究していた。こちらでも続けられたら、良い気分転換になるだろう。
調合に必要な道具は少しだけ持ってきている。こちらの魔道具街を回って、新しい道具を探してみたい。少しだけここでの暮らしに希望が見えた。
あれこれ考えている間に、馬車は青の森を抜け、簡素だが大きな門をくぐり抜ける。そこに、強い結界が張られていることにサラは気がついた。悪意あるものの侵入を察知し、知らせる魔法がかけられているようだ。
空気がひんやりとしたものに変わったように感じられた。
「教会の敷地に入りましたよ。正面にあるのが大聖堂です」
ニーナが囁いた。
正面に大きな石造りの建物が見える。近づくと、壁にはびっしりと細かい装飾が施され、一番高い塔には銀色の鐘がぶらさがっている。はじめて来たサラですら、ここが大聖堂だとすぐにわかるような立派な建物だった。
ここが、聖教会。これからサラが司祭として働く場所。
本で読んで想像していたものよりも何倍も大きい。気軽に人が集まる場所であった故郷の教会とは規模が違う。
本当にここでやっていけるのか。
頭がくらくらとするのは不安からだろうか、それとも旅の疲れからだろうか。
見上げるほど高い入り口の前には、ニーナと同じ白い神官服や、同じ形の青い神官服を着た人々が並んでいた。
「みんな、サラ様の到着を待っていたんですよ。一番前にいらっしゃるのが神官長です。司祭様が不在の間、この教会を取り仕切っておられました」
青い神官服を着た背の高い女性のことだろう。降りたら最初にあいさつをしなければ。緊張で手が震えた。
馬車は、人々が待つ階段の前で止まった。ニーナが両手を広げて笑う。
「長旅、お疲れさまでした。ようこそ聖教会へ」
サラは荷物を持ち、重い腰を上げた。今さら逃げ出すわけにはいかないのだ。背筋を伸ばし、深呼吸して、馬車から足を踏み出した。
これからサラの司祭としての生活がはじまる。