春の儀式
カシャ!
「眉間にシワ寄せないでっ」
「うん。…なんか照れくさいな」
「あなたが撮ってって言ったんでしょ? 私忙しいんだから…」
「…ふむ。すまん…」
ジーンズのポケットに、すねた少年のように両手を入れてみた。少し落ち着く。ポケットってやつは不思議だ。…いや、不思議なのは別れようとしている僕達だ。
カシャ。
「連続でイクね。…ウン!いいわよっ、その表情」
アホか…、自分に対しても、何気にそんな事を言える加奈にも呆れる。まぁ、似た者同士なのだが…。
加奈はネコを専門に撮る女流カメラマンだ。カメラでターゲットを狙っている時の彼女は抜群に素敵だ。
カシャカシャカシャカシャ。シャッター音が芝の公園に鋭く響いてゆく。その音は、自然界のあらゆる音と融合する事はなく際立った。
「なぁ、加奈…。なんでネコを撮るようになったんだよ」
「うるさいわねぇ…。もう何度も話したでしょ。ねぇ、もっと笑ってよぉ~」
「お前が面白い顔でもしてくれない限り、これ以上、笑えん。アホみたいじゃないか」
「自分を撮ってほしいと言った段階で、もう十分、間抜けよ」
ケッ…指ピストルで加奈を撃ってやった。
この場所は以前、米軍キャンプの土地だった所だ。ここにいると、とても日本の公園にいるという感じはしない。それはなだらかな傾斜といいい、広さといい、空気感とでもいうべきものか。…まったく、勝者はいつだって美味しい所を略奪してしまう。逆に言うと、よく返したなって感もある。
「ネコはねぇ…自由なのよ。…そして自分の時間というものをとても大切にしてるの。そのくせ、オス猫はね、すっごい甘えん坊なの。あなたみたいよ」
「なんだよ、それ…」
「もう春だねぇ…あなたに出逢ったのも春だった。ねぇ!後向いて。あなたの後姿も撮っておくわ」
しょうがねぇ。だけども、なんだか、背中を撮られる気分は妙だった。カシャ。その音を最後に、ふたりの関係が終わった。
「なぁ、加奈。……なんで俺達、別れるんだろ?」
「あなたが売れない小説ばかり書いているから・・・」
「そうじゃねぇだろ…加奈。…」
「…きっと、今…ふたりとも、幸せを望んでいないからよ」
「なぁ、加奈。振り返っていいか?」
「…だめ…」
「お前の涙、見ておくよ……今まで一度も見たことねぇし。…でも、あれだぞ、…お前は俺の笑顔だけ刻んどけ…ってか?」
加奈の鼻をすする音だけが聞こえた。
「わかった。…振り返らない。…このまま行く」
歩き去るあいだ、春の匂いがした。きっとあのカメラにフィルムは入っていない。それでも良かった。ふたりの儀式なのだから・・・
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