4話 魔界の門
PM13:45
「止まれ。」
茂みの中に身を隠す。辺りは戦国時代の戦に登場するような松明が四隅に置かれている。
アリシアのスキル、サーチ状態であるため、そこに何がいるのか、すぐに見て取れた。
小柄なゴブリンが5匹、辺りを巡回している。その中心に高さ4m程の洞穴があった。
「アリシア、門があるんじゃなかったのか?それに、あの穴の中、はっきり敵や足跡まで見えたのに、ぼんやり赤いのが・・・動いてる?」
「おそらく、あの穴の中には、私達より強い敵がいる。スキル、サーチでは自分より強力な敵は認識できない。逆に、ゴブリン共は、はっきり見えるだろ?」
「・・・でもそんな強い奴ら、どうするんだよ?」
「いいか・・・・・・」
二人は作戦を打ち合わせた。
「・・・わかった、よし。奴らを倒すぞ。」
「まずは生き残るためだ。先に行く。・・・ジョブ、<アーチャー>。」
すっと立ち上がり、アリシアが唱えると、風が生まれ、枯葉や小枝が舞い上がり、アリシアを包む。そして、指輪から、戦闘着が飛び出し、アリシアの全身をくるくると回る。すると景光と同じ、肩の白い肌が出た黒いスーツと、頭から被るように緑色のローブを纏っていた。
「あとは手筈通りだ。遅れるなよ。」
軽く笑いかけると、右手を前に出した。すると透明にちらちらと景色を反射するものが現れ、みるみる弓の形を成す。銀色の小ぶりな弓をアリシアは構えた。
「スキル、<アローレイン>!」
弓を引く体制に入ると、白く光る矢が5本、弦にかかっている。
瞬時にアリシアはその矢を全て同時に放つ。放つ矢は正面に飛んだと思いきや、転移したように消え、ゴブリン5匹の頭上に現れる。
手前にいた3匹の脳天から弓は刺さった。おそらく即死だろう。
だが、左のゴブリンはガードした腕に刺さり、右のゴブリンは飛び移ろうとした際に腹に刺さった。
「イギャャアア!」
腹に刺さった方が、叫びをあげる。
「チッ。スキル、<ホーミング>、ッ!」
死んでいないと分かると、またも無から生まれた2本の矢を生み、一射、また一射と続けて放つ。
矢は逃げようとするゴブリン達を挟み込むように飛び、それぞれの頭を射抜いた。
全てのゴブリンが倒れて動けないことを確認した時、穴から雄叫びがこちらに向かって響き渡る。
「来たか。」
アリシアはその場で弓を構えた時、はっと何かに気付き、
「飛べ!平地に出ろ!」
「うあっ、ちょっ!」
景光の襟元を掴みながら飛び出す。
ヒューン、ドン!
体を一飲みにするような火の玉が、隠れていた茂みを爆破し、木々を焼き薙ぎ倒す。
「おいおい、何かと思えばエルフの女かぁ~。あらまぁ、やってくれたなぁあ!!」
洞穴から、小柄なゴブリン。だが全身騎士のような鎧と槍を構えていた。それが10匹。
呪術師のようなカラカラと骨でできた飾りやおどろおどろした衣装を纏うゴブリン4
匹。
そして、景光の体よりも大きく、推定身長3mはある、コブラのような蛇頭の魔物が、ゆっくり、穴から出てきたのである。
「お前が・・・お前が村の人達をやったんだな。」
景光は蛇頭の魔物を睨み付ける。
「シャ~ッシャッシャッシャ!お~いおい。そこにいるの、ただの人間かよぉ。何しにきたんだ人間?遊ばれたいの?いじられたいの?ッ!」
アリシアは矢を放ったが、蛇頭はとっさに武器で矢を弾いた。黒い二又の槍。先端は紫色
した靄がかかっている。
「調子に乗るのはここまでだ魔物共。一体、この村を焼いて何の得になる?」
「得~!?ありありだぜぇ?だがそれも済んだ。だから俺達は残ってゆっくり食事を楽しんでたんだぜぇ!?」
立ち上がり、拳を握って震える景光。
「食事って・・・何喰ってたんだよ・・・おい。」
「やっぱ、恐怖して、怯えるやつをよぉ、生きてるうちにいただくのが、最ッ高だよなぁ・・・にぃんんげぇ~ん!」
笑う蛇頭の大きな二本の歯は、本人のものでない血で赤く、染まっていた。
「アリシア、いいな?」
額に汗を浮かばせながら、頷いた。
PM14:00
「ジョブ、<ウォーリアー>!!!」
景光のペンダントから、滝の如く、水が飛び出す。その水は景光に纏わり、形を成していく。黒いスーツと、白のコートと左手には白銀の盾。
そして、景光の足元の地面は、波打ち、青白く発光する。
ゴブリン達は、驚きながら警戒し、二人を囲むように陣を組む。
地面より、柄の方から上に上がってくる。それはリヴァイアサンから授かりし、
龍の造形が施された、光を乱反射する直剣。
「この剣は、清王リヴァイアサンから授かった、ミラージュ・ソード。蛇野郎。お前達を引き裂く剣だ!」
身じろぐ蛇頭。
「なっ!リヴァイアサンだと!?そんなもん見せかけだ!フッ!俺の名は、ナーガ族のヴェノムだ。殺れ!」
一斉に飛び掛かるゴブリンナイト。
「スキル、<エッジ・スラッシュ>!」
その刹那、剣は光を強め、景光は上体と共に、剣を一周させた。
剣から光の刃が放たれる。
正面にいたゴブリン兵3匹の鎧は粉々に砕け、胴体から真っ二つに切れ味良く分かれた。
当たった衝撃で、同時に飛び込んだゴブリン達は、茂みまで吹き飛ばされる。
「・・・思ったより、威力あるみたいだな。」
再度、剣を構える。
「ぐぬぅ!魔道兵、放て!」
ヴェノムの前に横並びになっていたゴブリン術師は、杖を高く上げる。
「「スキル!<ファイヤーボール>!」」
杖に炎が宿り、巨大化しながら回転する。
「やれえええ!」
「くっ!スキル、<プロテクト・シールド>!」
ヒュッ!ヒュッ!ドーン!
ファイヤーボールは景光に直撃し、辺りは爆煙に包まれる。
「シャアーハッハ!これでおしま・・・!?」
シュッ、シュッ!
煙の中から何かが飛び出し、術を放った2匹に当たり額に穴を明け、倒れこむ。
煙が消えると、額に刺さるそれは矢の姿を現し、ヴェノムが正面を見ると、
景光の構えた盾から、光が壁のように展開され、その後ろで、アリシアも立っている。だが、アリシアの立ち位置が、先の攻撃前と逆になっていた。
「んん!?ま、まさか・・・」
ヴェノムが左右茂みに目をやると、矢が刺さった者と、喉元をナイフで切られた跡の兵士達が転がっていた。
「そう、この男がソードスキルを放った瞬間、隠密スキル、<インビジブル>を発動。吹き飛ばした兵に近づき始末した。」
「ここまで、作戦成功だな。」
「・・・あの矢もスキルか!だが、詠唱の隙は無かったはず・・・ッ!」
「ファイヤーボール衝突と同時に、煙玉を投げ、爆音に合わせて<シャドウショット>を唱えたんだ。まあ、ここまで説明するということは・・・分かるな?」
「ハッ!俺様を殺すからかぁ!?舐めんなよ!次だ!」
またも生き残りのゴブリン術師2匹を、ヴェノムは盾のように配置し、詠唱させようとする。
「遅い。スキル、<クイックステップ>!」
景光はスキルの効果で、目にも止まらぬ速度でヴェノムの目の前まで移動し、ゴブリンの頭を2匹とも同時に刎ねた。
その瞬間、ヴェノムは槍を両手で下向きに構え、景光に飛び掛かる。
ガキィン!
とっさに盾を上に向け、片膝を立てながら、攻撃をガードする。
「オラァ!調子に乗んなぁ!」
力任せに景光を押し潰そうとする。
「ぐっ!」
盾によって直接ではないが、魔物の腕力に圧倒され始める。
「下がれッ!スキル、<ブラスト・アロー>!」
アリシアの放った弓は、ヴェノムの心臓部を狙う。だが、ヴェノムは刺していた槍を振るい、矢を足元に叩き落とす。瞬時に、景光はバックステップで距離を取るため、宙に浮いた。
「させるかあああ!」
ヴェノムは槍の柄を端に持ち、鋭い先端を、景光の左膝に刺す。
ズブッ!
「があっ!」
景光は会得の儀とは比べ物にならない痛みに悶絶する。
「シャッ!どうだ?俺の槍は!気持ちいいいいいい!だろ?」
ヴェノムは油断した。自分にも、同じような痛みがやってくるとは思わなかった。
「弾けろ!」
アリシアは叫んだ。すると、先ほど落とされた矢が、ヴェノムの足元で爆発する。
パァン!
決して大きな爆発ではない。だが、ヴェノムに痛みを与えるには十分だった。
ふとヴェノムは足元を見ると、左足の甲が半分になっていた。
「ギシャアア!」
膝を抱え、槍から力が抜ける。とっさに膝から槍を抜き、景光はアリシアのいる元に飛ぶ。
「アリシア、回復を!」
「スキル、<ヒール>!」
景光の膝に手を当て、光が集まる。傷跡はすぐ塞がった。
「オロロロロ・・・おの、れぇえええ!!!殺す!殺すぞおお!
スキル、<トルネードランス>!」
ヴェノムは構えると、槍の先端が高速回転し、やがて小さな竜巻を帯びた。
そして、二人めがけて突進する。景光はそれを迎え撃つように、飛び込む。
ギィイン!
剣と槍がつば競り合うが、圧倒的に火力の上がったヴェノムの槍に押し負ける。
「シャアア!ここまま、すり潰れろ!カスがあ!」
「ス、スキル・・・<ナックルクロー>!」
「なっ!何いいい!?」
景光は左の盾を持つ腕をヴェノムへ振るう。すると、
カキン、カシャカシャカシャ、ギン!
盾が変形し、左の拳に装着した。それは龍の顔をモチーフとし、鋭利なその牙で、
ヴェノムの顔を狙う。危うく右腕で庇うが、噛み千切られたかのように、腕が落とされた。慌てて距離を取るが、ドクドクと、黒い血液が流れる。
「ふ、ふざけるなよ・・・なんでこっちの人間がぁ!そんな力持ってんだよ!」
「ふざけてんのはてめぇだ。人を殺し、もてあそび、食いやがって。お前を簡単に殺すと思うなよ?・・・スキル、<アクア、パニッシャー>。」
ミラージュ・ソードが水を纏い、バシャバシャと音を立てる。
剣を持つ景光の光る目に宿る強烈な殺意に、ヴェノムは立ち上がれない。
「やめろっ!待て!俺を殺してもなんも変わんねぇ!何でも話す!話を聞けぇ!」
「待て景光。向こうの状況を知ろう。お前、ここにあちらにつながる門があったはずだ。どこへいった?」
「あ、ああ!俺達は、デモンズ・ゲートと呼んでいる!そのゲートをくぐったら、目につくものを好きにしていいと、上から言われてこっちに来たんだ!そして、撤収の指示を受け、大半は戻ったが、俺はこの世界でもっと、いや残りたくて残ったんだ!」
「つまり、他にもこの世界に残る魔物がいるんだな?」
「おそらくな。だが、別のゲートが複数現れて、それぞれのゲートに入って行っちまった。」
景光はヴェノムの目の前に立つ。
「そうか。お前言い残すことはあるか?」
「ああ待て!待ってくれ!」
と槍を落とし、残された右腕を挙げた。
「待て!景光!尋問すれば、まだ敵の情報が・・・」
ヴェノムはにたりと笑った。すると瞬時に落とした槍を隠していた尻尾で掴み、景光に向かって突き刺す。
景光は、鬼の形相で、剣を振るった。
「死ね。」
ズバッ!
槍を持つ尻尾は、水でできた刃が飛び、鮮やかに切り離される。
「はああ!待て!待て待て待てまっ・・・」
ズバッ!
ブンブンと振る右腕も容赦なく切り伏せる。
ズバッ!ズバッズバッ!ズバッ!
「やめろおお!やめ・・・」
ヴェノムの抵抗虚しく、頭、胴体も、ブロックの肉塊のようになってしまった。
「景光・・・お前・・・」
アリシアは絶句した。
「アリシア。とりあえず、ここは終わったよ。君のおかげだ。ありがとう。」
景光は、俯きながら。淡々と言葉を口にした。
「とにかく、今のうちに生存者がいないか探すぞ。もしかしたら、まだ村の外れなら・・・!」
PM14:44
ゴゴゴゴ・・・
二人は、洞穴の上を見た。空中に浮かぶそれは、黒だが常に突起したり、くぼんだりを繰り返し何かが蠢いているようだ。ぶよぶよと蠢くそれは、門を形取り、異形の造形、人間の骸が積み重なってできているようにも見える。一体、どれほどの大きさなのか。目視では測れない規模だった。
ギョロッ!
門の中央で二つの大きな眼が生まれ、こちらを視た。
構える景光とアリシア。
そして、開かれた。まだまだ、地獄はこれからだよ。と、言わんばかりに。