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指輪7  悲しくもロボット故に

「おかもとひろし…岡本博志か、何と呼べば良い?」

 発音を確かめるように音を転がして微笑むと、男は後ろを歩く案内人を振り返って尋ねた。

「博志で良いぜ、別に気にゃしねーよ」

 複雑な筋道を歩き慣れた足ですいすいと進みながら答える博志。その頭には、持つのが面倒且つ日に当たりたいと言う男のシルクハットが絡み付いたリボンをなびかせて被せられていた。

 後ろを歩いていた博志が曲がり角に入り、慌てて後を追う。

「私も。呼び捨てで良い、さんは付けるな」

「だぁれが呼ぶかってんだ。あんたはあんたで充分だ。長過ぎんだよ、トラ…トランキ…」

「トランキライザーだ」

「あー分かった分かった。覚えてたら呼んでやんよ。…あのよ、ちょっと訊いても良いかい?」

 面倒臭そうに右手を振ると、博志は男の前を歩いたまま目を細めて尋ねた。

「私が答えられる範囲でなら、何でも」

「…ロボットって言ったろ、あんた。…その、ロボットってさ、普通金持ちの家ん中にいるもんじゃねーのか? 何でこんな所にいるんだい」

「ああ、そんな事か」

 神妙な面持ちで問われた言葉に男は拍子抜けしたと言わんばかりのため息を吐いた。

「私は元所有者の家で虐待を受けていてな、もう35年は経つか。両目を取られてから勢いで逃げ出して来たんだ」

「両目!? じゃああんた目ぇ見えてねーのかよ!?」

「いいや、取られたのは眼球に据え付けられた色彩識別センサーだけだ。目と脳核…ロボットで言う脳のようなものだが、それを繋ぐコードは引き千切られてその先端からモノクロで見えている。視力は大分下がって何もかもぼやけているがな」

「なんつー…エグイ持ち主さんもいるもんだな」

「コードを根元から抜かれなかっただけマシだ、私はまだ自分の手が見える」

「手…ね……」

 1つひとつ説明しながら、男は前髪越しに瞼を撫でた。

「…見てみるか? 今はコードが出ているだけだが大分グロテスクらしいぞ、眼球の抜けた後の内側が見えて」

 くつくつと笑いながら前髪を掻き上げると、しっかりと閉じられた男の白い瞼が覗く

「誰が見るかよんーなもんっ! …あー、も一個訊くぞ。さっき言ってた救難信号…ってさ、あれか? 心が読める…って事かい? ロボットは皆そうなのか?」

「いいや、私は元所有者の家から逃げ出して民間の家に入り込んでな。偶然にもそこが修理工で傷付いた所を直して貰ったんだが…どこをどう弄ったのか、人間が肉体的苦痛、精神的苦痛を感じるとそれが電波となって私に伝えるようになったのだ。恐らく、数あるロボットの中でもそのように出来ているのは私だけだろうな」

 特に表情を変えずに言う男。

 博志はちらりと男を振り返ると、その無表情を見やりまた前を見て歩き続けた。男のシルクハットを被せられているので、仕草まで博志に見えない。

「それで…あんたは長ぇ間、仕方なくずっと人助けしてたのかい」

「仕方なく、ではない。嫌いな事を30年以上も出来ると思うか? カウンセラーをしているのは、私の趣味だ」

「趣味……。持ち主に…虐待されて、それでもあんたは人を嫌いにならなかったのか」

「ああ。…ロボットとして私は今は古いが、感情を持つタイプとしては新しい方でな。造られて色々な感情を学習させられてから所有者に届けられるんだが、…大きな屋敷の中よりも、広い世界にいる人間達の方が感情豊かで、少しも飽きる事はない。脳核は学習を続ける」

「……」

「50年前()まれた時は思わなかったな、両目はなくなったが毎日が出会いに溢れている。なぜ所有者の家の中で10年もじっとしていたのか不思議で…」

「あんた…トランキライザー、辛くはないのかい?」

「…は……?」

 先程までさも楽しそうに話していた筈が、1つの真剣な質問で足音と共に言葉が止まる。

 それに気付いた博志も足を止めて振り返ると、困惑する男に慌てて取り繕った。

「べっ、別に悪ぃ意味じゃねーよ! ただ、その…あんた旧型の感情があるロボットっていったろ? 俺が聞いた話じゃあ、最新型の感情がないロボットも旧型も持ち主を一生尊敬し敬うって言ってたけど……、あんたはそんな、ずっと持ち主から離れてて辛くねーのかなって……」

「……」

 わたわたと説明しても黙り込んでいる男。博志がまた慌てて口を開こうとすると、仏頂面のような無表情を俯けた。

「よく…衝動的に、屋敷に帰りたくなる。どうせ酷い目に合うだけだと分かっているが、所有者の元にいなければと植え付けられた本能が私の言う事を聞かない」

 下げていた手を震わせて自身の肩を抱き、苦しげに息を吐いた。

「色々な発見や楽しみがあるが…常に酸素が足りず、喉元を掻き毟りたくなるような……。長い時間が経ち元所有者の顔も忘れたが…、ロボットの本能というのは恐いな、今でも辛い」

 自嘲の混じる笑みに、先程までは感じなかった心労を見て取れる。

 戸惑う博志のシルクハットへとゆっくり手を伸ばすと、男は視界を遮るようにつばを掴んで深く被せた。

「ぅわっ、てめまたっ……」

 常に予測不可能な男の行動に声を上げる。

 漸く力が弱まりシルクハットのつばを押し上げると、次に視界に映ったのは不敵に笑う男の表情。

「戻るも辛い、戻らぬも辛い。だが私は…今はまだ決心が付かないが、いつかは元所有者の屋敷に戻るさ。その後どうするかは知らない」

 そう言ってつばを持つ手を引きシルクハットを被ると、男は口角を吊り上げて笑って見せた。

 博志は乱れた髪を更に掻き混ぜながら苦笑し、曲がりくねった道をまた歩き出した。

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