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指輪6  過去からの糸口

 建物を飛び出して追い付いた先は、芝の整えられた広い公園。

 男は被っていたシルクハットをベンチに置くと、暖かい熱を放る太陽の光を浴びて背伸びをした。隠れていたブロンドが輝きを集めて風に流れる。

 途中男を見失い迷いながらも駆けた博志は、久しぶりの運動に息を切らし膝を付いていた。

「大丈夫か?」

 シルクハットを置いた隣に座った男が、高々と足を組み欠伸混じりに言った。

 そして膝を殴られる。

「何だ」

「何だじゃねーや馬鹿たれがっ! せめて追い付くまで待てってんだ!」

「それはすまなかったな」

 殴っても怒鳴っても平然と受け答える男。

 更に強く膝を殴られた。

「まあ落ち着け。話がしたいと言っただろう。…久々に見たしな」

「はあ?」

 漸く息を整えた博志がどすんと芝に座り込み、訝しげに男を睨み上げる。

「いや、なんて事はない。タイプ的には珍しいというだけだ」

「だから何の話だよ」

 物珍しげな表情。それに苛立ち声を上げると男はふむ、と1度顎に手を当て、そして博志の頭を掴むようにその額に手を乗せた。

「お前からじゃないお前の救難信号が…ここに、取り憑く霊から聴こえた」

「れっ……!?」

 伝えられた、突然の言葉。

 呆然として表情を強張らせる博志の額を小突くと、男はなにとなしに息を吐いた。

「お前に害はない。ただそこにいて、お前の為の救難信号を発しているだけだ」

「…俺の、為……!?」

 停止していた思考を再起動させ、博志は回らない頭を捻る。

 どれだけ考えても、たった1人の人間しか思い浮かばない。

 亡くなってやがて数週間経つが、その間の記憶よりも 鮮明に、美しく思い出せる愛していた人。

 博志は泣いてもいないのに出そうになる嗚咽を噛み殺し、口元を押さえて顔を上げた。

「絵美子」

 男を見上げ言う言葉は自然と震え、見開かれた瞳はうっすらと潤む。

「…それが、その霊の名前か?」

「…ああ、俺の家内…だった……。…2週間前…交通、事故で……っ」

 男の問いにまた顔を伏せると、博志は口元を押さえたまま突如強烈な吐き気に襲われた。脳裏には、美しく穏やかな記憶と共に蘇る事故の惨劇。

 片方だけ脱げた靴、地面に散る黒髪、不自然に曲がった腕。

 後に布を掛けられたその場面は、曇った影が纏わり付いたかのように暗く重たい。

「思い出したか?」

 いつの間にか博志の背を撫でていた男が、顔を覗き込みながら尋ねた。

 口元に押し当てた指の間からは荒い息が漏れ、その顔色は真っ青。

「…う……」

「無理に話さなくても良い。落ち着いて…深呼吸しろ」

 真美は見えずとも、男の焦りが声に乗り、確実に博志に伝える。

 生理的な涙で視界は歪むが、見上げると口元を引き結んだままの男の顔が芽に映った。

「…っ……っは……!」

 対比するその様子の不自然さに、息を荒げながらも博志は苦笑した。

「何だ、何が可笑しい?」

 声を潜めて笑い出した博志に首をコトリと傾げて尋ねるが、顔の上半分を覆うブロンドでやはりその表情は分からない。

 博志は口端からくつくつと笑いを溢し、いつの間にか血色の良くなった顔を上げ男を見上げた。

「何…なんだよ、あんた……」

 苦笑混じりの声。男はそれに安堵の息を吐くと直ぐに口角を吊り上げ、色濃い笑みを薄い唇で象った。

「トランキライザーと呼ばれている。持ち主不定の怪力系ロボット…自称、カウンセラーだ」

「……は?」

「全て説明するのは面倒だ。知りたい事だけ訊け。じゃあ行くぞ、連れて行ってくれ」

 ベンチに置いていたシルクハットの埃を叩きながら、博志の意見も聞かずに話を進めていく男。のんびりと欠伸などしながら、振り向いた博志が状況を理解していない事に気付く。

「どうした、早くしてくれ。解決しないと、沢山の救難信号がいつまでも私を追い立て続けて落ち着く事が出来ないんだ。連れて行ってくれ、お前の家に」

 座り込んでいる博志を立たせ、言う。それに博志は男を突き飛ばすと、強い当惑を表しながら視線を揺らした。

「か…解、決……っ? 解決って…お前、どうやって?」

「さあな。これから決める」

 転びはしなかっったが数歩後退すると、特に怒った様子も見せず男は頭を掻いて答えた。

 まるで無計画。

 このような男を家へ案内して良いものかと少々悩んだが、拒否した所でめげるような奴ではないと直ぐに思い至る。

 諦めたように掌底で額を叩くと、博志は深くため息を吐いた。

「絵美子の為だしなー…仕方ねぇや。着いて来いよ、トランキライザーさん」

 面倒臭そうな、だが思いやりの篭もったその声に男は苦笑すると、早足で追い付いて博志の肩に手を乗せた。と同時に、持っていたシルクハットを博志の頭に被せる。

「ぅおっ!?」

 突然視界が遮られた博志は声を上げ直ぐに原因の物を取ろうとするが、楽しそうにシルクハットを押さえ付ける男に成す術もない。

 慌てふためくその様子に男は快活に笑うと、その声の高さで口を開いた。

「協力頼むぞ。お前は人間だ、私には出来ない事をして貰う。…ところで、お前の名前は何だ?」

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