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マフラー3  カウンセリング

 それを満足げに眺めていた男は破片を全て抜き終わった上着を着、優雅に生徒達を振り返った。

「あいつのどこが嫌いなんだ? 教えてくれ」

 いきなり、突拍子のない質問。掠り傷程度の生徒も数人いたが、それ以外の生徒も誰1人答えようとしない。

 聞こえなかった筈もないが、全員顔を俯けているその様子に段々と苛立ってきた男は1番近い男子生徒の前で視線を合わせるようにしゃがみ込み、もう1度だけ、凛とした声で尋ねた。

「お前は? どこが嫌いなんだ?」

 面と向かっての質問から逃れられる訳もなく、諦めた男子生徒は男の顔を睨み付ける。

「あいつ、いつも無口で……何考えているか分かんねーんだよ!」

「それだけか?」

「っグループで行動する時も1人だけ動かねーし! さっきの実験の時だって……」

「分かった」

 本当に分かったのか流したのか、男はそれだけ言うと立ち上がって、生徒達の顔を見回した。

「全員、それと同じ意見か?」

 戸惑いながらも、ほぼ全員が頷く。それを男は確認すると、口角を吊り上げて珍しく快活に喋り始めた。

「お前達、あいつの事を誤解しているらしいな。…違う1面を知りたい奴は着いて来い。面白いものが見られる筈だ。…ああ、お前は強制だぞ」

 愉快に笑いながら、どこから出したのか先ほどの男子生徒に包帯を投げ渡し、そのまま教室を後にする。初め不愉快そうに眉を寄せていたが拒む様子はなく、ため息を吐きながらも立ち上がって座り込んでいる同級生達を振り返った。

「俺は佐々木の手当てに着いて行くけど……お前達はどうする?」

 既に迷いのないその瞳。断る理由はない。暫く俯いていた生徒達も、背中を押されるように次々と立ち上がる。

 数分後、教室には教科担任以外の姿は見当たらなかった。






 この時期、この時間、授業にも出ずプールにいる者など影で喫煙をしている生徒だけ。あの男が呼ぶからには何かあったに違いないと、仁は息切れするのも構わず全速力で校庭を走る。

 やがてプールへと到着すると、地面に寝かされた1人とそれを囲む2人の生徒が目に入った。内1人が走り寄る仁に気付き、必死に助けを求めた。

「さっ佐々木!? 丁度良かった、先生呼べ!」

「何があったんだ!?」

「さっきの地震でこいつが水に落ちて、それからショックで死んだみてーに……っ」

「分かった、ちょっと退いててくれ!」

 あまりの取り乱し様、そして後ろで仰向けされた生徒の顔色の悪さに状況を察した仁はその傍に屈み込む。やがて仁を追ってきた生徒達が駆け付けると、異様な空気に息を呑んだ。

「い、生きてるの……?」

 女子生徒の不安げな声には答えず、寝かされた生徒の様子を窺っていた仁は顔を曇らせて即座に心臓マッサージを始める。

 初めてだが、助けられるかどうかは……。

「止まってる……っ! 倒れて何分経った!?」

「3、4分くらいだ、助けられるか!?」

「微妙だっ、誰か救急車呼んでくれ!」

 段々と多くなる野次馬に苛立ちながらも、既に疲れきった体で心臓マッサージを続けていく。

「ね、ねえ……」

 不意に、後方から小さな話し声。

「こういう時って…その、人工呼吸とか必要なの?」

「でも…そんなの、誰がやるの……? 先生達もいないのに……」

 小声ではあったが、ざわめく中ではっきり聞こえた。他の者も聞こえていたらしく、それぞれ無意識に仁の方を見る。

 それに内心舌打ちすると、仁は手を止めず半ば叫ぶように言った。

「人工呼吸なんてマッサージのおまけみたいなもんだっ、やり方を知らない奴がやるのは危険すぎる!」

「え、そうなの!?」

「それよりも、マッサージの方が優先される! それに、もたもたしてると時間的にも助からなくなる……っ!」

 全て、集めた本で纏めた知識。初めてそれが役立ち嬉しい筈だが、現実では人1人の命の重さに恐怖していた。何て重い。助からなかったらどうしよう。知らない命だが、失うのが恐い。

 あらぬ考えに思考がぶれる。

 だが、そんな仁の視界の端で不意に生徒の指がピクリと動き、僅かに息を吹き返した。

 驚いて手を止めると、苦しそうに咳をしているのが分かる。

 仁は、喜びに打ち震えた。助けられたのだ。

「よ……かった――!」

 しっかりと打たれる脈。仁はそれを確認すると、安堵や疲労の波に襲われてその場に倒れ込んだ。そして、上がる歓喜と歓声。そのあまりの騒ぎに驚く仁を、同級生達が次々に褒め称えた。

「佐々木君、凄いね! 本物の医者みたい!」

「地震にも直ぐ気付いたしさ!」

 大勢の人に囲まれ、自分が中心だとしても腰が引けてしまう。だが、ずっとどこかで感じていた疎外感がすっと消えたような気がした。

 ツンと鼻の奥が痛む、だが、辛くはない。

 潤んだ瞳から零れる涙はそのままにぐずつく鼻を啜っていると、シルクハットを被った男が優しげな笑みを携えて近付いてきた。それに慌てて涙を拭う。

「良かったじゃないか、ちゃんと助けられて」

「あ、ああ……。なあ、あの地震起こしたのあんただろ」

 確証はない。だが途中洩らしていた言葉やタイミングからして、この男がやったとした思えなかった。どうやったかは分からないが。

「怪力系のロボだしな、地震くらい起こせる。余震はないし、この学校の敷地以外は少しも揺れはない。ついでに素行が悪く頑丈そうな男を狙ってプールを中心に揺らしていたが…少々危ない状況になって冷や汗をかいたぞ。まあ、結果オーライという奴だろう」

「馬鹿かあんた! 今回は…他のクラスはどうかは知らねーけど、多分大丈夫だとは思うが危なかっただろ! しかも狙ってってんな事すんなよ!」

「良いじゃないか別に。奴だって、これを機に更正するかも知れないぞ」

「先生達に叱られるだけだよ!」

 はぁ――…。

 眉間を押さえて盛大なため息を吐くと、男はらしくなく肩を竦めて見せた。

「今はもう聴こえないが…今日の朝、私と離れてからお前の救難信号が大きくなったぞ。傍ニ居テクレ、と」

「……え?」

 無意識に、間の抜けた声がついて出た。確か昨日の夜も救難信号がどうとか言っていたが、どういう事なのだ。思考が追い付かない。

「分からないか?」

「何が」

 焦れる男の表情に、仁は答えを求めて話の続きを促す。その様子に男は呆れたようにため息を洩らすと、地面に座り込んだ仁と視線を合わせるように屈んでその胸を拳で軽く叩いた。

「いつでも傍にいてくれる友人が欲しかったのだろう? だから私が離れた時、危機感を感じて無意識に救難信号を発した。地震を起こす直前が一番強かったな……。…悪いな、寂しかったか?」

 胸を叩いた手は言葉の終わりと共に頭へと移され、飴色の髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜられた。少々乱暴に感じられたが、響く声はその男の独特なもので、ようやく柔らかな布で縫い合わされた仁の心を優しく包むような安心感があった。

 だが直ぐにくすぐったいような感覚に陥り、表情を悟られぬよう小さく俯いた。頭を撫でられたままなのであまり変わりはないが、気付いた男はフンと鼻を鳴らした。

「…別に、寂しくはなかったよ。慣れてたし」

 素直じゃない。自分でもそう思ったが、もう暫くは男の優しさに身を委ねていたかった。

「そうか、慣れていたか。…おい、顔を上げろ。皆が見てるぞべそっかき」

 言葉と共に撫でられていた頭を後方に押され、自然と周りの人だかりを見上げる形になった。

 地震が起こる前までは恐ろしくもあった彼らが、今は傍にいてくれるだけで心強い。女子生徒も男子生徒も、少しの不審感と信頼を抱いて2人を見守っていた。

 その温かさがやはり慣れないもので、仁は首に巻いたマフラーで口元を覆い表情を隠した。

「何をしているんだ、隠れるな」

「かっ、隠れてねえよ! …寒くも、ねえけど……」

 口元を覆ったのは顔中に集中する熱を隠したいだけ。

 刺すような視線と違うそれに戸惑う仁は、気恥ずかしさに暫く黙り込んだ。そして視線を伏せたまま、か細い声で尋ねた。

「俺が助けると思ったって…何で、そう思った?」

 躊躇われた質問に、男はああ、と呟いて空を仰いだ。それから脳裏を過ぎる、整然と片付けられた仁の部屋。の、本棚。

「お前の部屋に人命救助の本がいくつもあっただろう、学校であれを思い出してな」

「そんなもん見るなよ。只の憧れだ。…小さい頃、夢だったんだよ……」

 妙な気恥ずかしさにふいとそっぽを向く。そこでふと思い付いた仁は立ち上がって己のマフラーを解き、男の首に巻いてやった。ひやりと自分の首元が冷えるが、周りにいる大勢の人のせいか、それ程寒いとは思わなかった。

「昨日の夜、散々寒いって言ってたろ。…今回のお礼。その服に良く似合うぜ」

 言った通り、一切の汚れやほつれなどないそれは赤みがかった男の正装服には良く似合った。まだ温かみのある、その真白いマフラー。素材は柔らかく、ロボットの繊細な肌にも優しく触れてくる。

 男は両端を背中に垂らされたマフラーを指でなぞった。手袋で妙な触り心地になるが、悪くない。

「人間というのは不思議なものだな。…このシルクハットも、リボンも、服も手袋もネクタイも。全て私への礼と渡された物だ。そして、例外なくお前も……」

 呟かれる小さな声。男の独白は続き、仁は目を離さない。

「お前は知らないだろう。持ち主に引き取られたロボットの中には、酷い虐待を受けるものが少なからず存在する。私もその被害者の1人で、持ち主に色彩識別センサー…つまり眼球を、両目共抉り取られて今はモノクロの視界だ。記憶は曖昧だが、確か青い瞳だったか。…そして私は持ち主の家から勝手に出て行き、何度戻って来いとのメッセージを受信しても絶対に帰らなかった」

「それから、カウンセラーに……?」

「ああ、そうだ。飛び出して少しした頃、優しい人に出会ってな。それがきっかけだが…正に天職だと思うね」

 自嘲じみた笑み。ここに行き着くまでに、辛い事などいくらでもあっただろう。

 仁は男のシルクハットにそっと手を伸ばし、無造作に巻き付けられたリボンに触れた。

「あんたは……善意の塊なんだな」

「そんな訳…いや、それもそうか。中々面白い事を言うな」

 冗談めかせて言われた言葉に当惑するが、その意味を理解して男はくつくつと喉の奥で笑った。

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