秋学期スタート
「おい、お前ミクロどうだった?」「ああ、もちろんSだった。」「だよな!」俺なんて他の科目もみんな
Sだったぜ。へへっ。
周りでは成績の話で盛り上がっていた。友達同士で「成績どうだった?」って普通っぽいやり取りをしたかった。
俺がそのやり取りをするのは学生課の人たちとだけだ。俺は成績が優秀なため、なんと成績優秀者ということで学費を免除されることになった。最高に親孝行だな俺。あれ、目から汗が。9月といえどまだ残暑は残ってるからな。俺はそっとため息を吐いた。
「やあ、成績優秀者で表彰された春樹くんじゃないか。まあそんなの知っているのは僕ぐらいだがね。」
聞き覚えのある声。どころかなんやかんや夏休みの間、しょっちゅう会っていた人物、神田がいた。
「おう。成績優秀者の俺に何か聞きたいことでもあるのか?勉強なら教えられるから・・・」「なんでそんなに自信なさげなんだい?ま、まあいいや。早速でわるいんだけど、依頼のことで話がある。いつものところに12時集合で。」
通りすがりにそれだけを伝えると彼女はさっさと歩き去ってしまった。なにこれ?かっこいい。依頼の仕方も受け方も完全にエージェントじゃん。俺はウキウキで12時になるのを待つのであった。
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「やあ、待ってたよ。なんでそんなにニコニコしてるんだい?さっきはあんなに暗い表情だったのに。」
「なんでもねーよ。で依頼ってなんだ。」エージェントの俺はスマートに以来のことを確認する。そう、エージェントの俺は余計な時間を使わないために余計な会話は避けるのだ。
「いつにも増してやる気だね・・・まあいいや。」神田は一つ咳払いをする。
「今回、秋学期になったことでまた授業を取り直すことになったね。ちなみに君は取る科目は決めたかい?」「まあ一応は。」勉強するぐらいしかやることないんもんで。「なるほど。もう決めてるとはさすが成績優秀者だね。」
「おい、おちょくるのはやめろ。生徒からの信頼はなくても学校からの信頼は高いんだからな。」「いや、おちょくってはないよ。まあいいよ。君は”楽単”というものをご存知かな?」「楽単?あの砂糖でコーティングしたお菓子の?」「それは落雁。」神田が間髪入れずにツッコみをしてくれる。このテンポ感がたまらなく好き。
「楽単とは楽な単位のこと。難しいテストや課題をしなくても単位を習得できるのが楽単さ。」な、なるほど。そんなものがうちの大学にはあるのか。みんな何しに大学入ってるの?勉強するためじゃないの?俺は今のこの大学社会に一言異議申し立てをしたい、そんな秋の昼下がり。
「黄昏た詩人みたいな顔してる場合じゃないよ。」ツッコみが的確すぎるよ。もはや心読んでるのかと疑いたくなるレベル。「そこで君の今回のミッションなんだが・・・」「断る。」「え?」神田は驚いた表情をする。
「要はあれだろ?楽単を探せということだろ?そもそも何を持って楽単とするかはその人の主観になるだろ?」神田が頷く。「そうだね。全員が全員それが楽単の概念に合うかはわからないね。」「だろ?それに仮にも俺は成績優秀者。俺からしたら全部楽単になっちゃうぜ?」神田さんが何やら呆れてらっしゃる。お、俺は事実を述べたまでだからな?
「すごい自信だね。さすがだよ。でもいいのかい?断っても?」ふっ。断るかって?実際そんなことできるはずがない。でも自分の意見を述べたかっただけなの。それに俺が難しいといえば、神田なら報酬を上げてくれるに違いないと踏んだからだ。断れないのは鼻からわかっているが、ミッションの難しさをこうして認識させることが大切である。
「もちろんやるよ。でも俺の主観で判断すると”楽”の基準は上がる可能性がある。それを理解した上で
神田さんは判断してくれるのかな?」「確かにね。それは一理あるね。」いいぞ、さあ今回の報酬額はこれで上がるぞ。さあ来い。いくらだ?いくらにするんだ?「わかった。じゃあ今回は僕と君でやろう。そうしたら二人分の意見になるからね。情報が偏ることはないだろ?」「へ?」あれ思っていた展開とは違うぞ?
「ま、待てよ。そしたらお前が大変だろ?」「いや、いつも君一人に任せっきりだしね。たまには僕もやるよ。」
「で、でも俺と同じ授業で隣にいたら、変な目で見られるかもよ?」「それは別々の席に座ればいいし。」ちーん。完全に引き下がる気は無いな。「わかった。じゃあやるか。」俺はしぶしぶ了解する。
「どうしたんだい?そんな落ち込んで?そんなに僕と一緒は嫌かい?」「いや、そうじゃない!けど・・・報酬はどうなるのかなーって思って。」本音が漏れる。「なんだそんなことか。安心しなよ日頃のお礼もあるしね。お見舞いにも来てもらったから、君に全額渡すよ。」「か、神田さまあー!」「今日は表情がころころ変わって忙しいね・・・ま、まあがんばろう。」「ああ。」俺は神田様に一生ついていくことを誓った。
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そしてその日の午後から俺らは決行することにした。だが肝心なことを俺らは忘れていた。そう、大学の
授業はその時間帯に1科目とは限らないことだ。つまり俺ら二人で分業したとしても2科目までしか分けることができない。
「俺らバカじゃね?」「ちょっと考えれば気づけたね。」完全に終わった。「ま、まあ先輩とかに聞いて、先輩が昔とってた科目に関してはスルーしかないね。」「そうだな。でも先輩たちが別々の科目をとってるとは限らなくね?」詰んだ。確実に終わった。そもそも友達の少ない俺らには無理な話なのだ。ん?待てよ?そういやこいつって友達事情どうなんだ?
「神田の友達とかに頼むのは無理なのか?」俺は探りを入れるためにもそう質問をした。こいつの普段の
友達事情について探るためと、いたらいたで頼めないかという二重の意味での質問だ。
「友達かい?ああ・・・みんないい人だったよ・・・もう今じゃ頼れるのは君ぐらいなものだね・・・」
なにその意味深発言?え?友達に何があったよ?俺はこいつに友達がいないことを確信した。ますます終わりが見えた。誰か知り合い多くて、頼りになる人いないのか?
「こういう時に知り合いが多くて頼りになりそうな人が都合よくいないかなー」「いや、いるじゃない?そこに」
「え?」俺は神田が指差す方を見た。そこには親衛隊の文字をデカデカと掲げた半被を着て、頭にはアリスLOVEのハチマキをした5〜6人の集団がいた。もちろんそこの中心にいるのは我らが大学の姫、アリス様だ。
この大学に入ってからはよく見る光景で別に珍しくもないが、あいつらとは深い事情があり関われない。だから意識して目に入らないようにしていた。
「おい、アリスかよ。確かに知り合いには困らない超大型新人だけど、俺からは話せないぞ?」「誰も君に行けとは言わないよ。僕だってそこまで鬼じゃない。僕に任せて。女なら親衛隊にも怪しまれずに済むだろうしね。」
「神田・・・お前・・・死ぬなよ。」「ああ、帰ってきたら一緒にまたご飯でも食べに行こう。今度は君の奢りでね。」彼女はそう言うと親指を突き立て、アリスの元へ向かっていく。俺はまだこの時は知る由もなかった。これが彼女の最後の姿になるなんて。
あれから10分が経った。そろそろ昼やすみも終わりを迎えようとしている。あれ?まじで帰らぬ人となったか?
キーンコーンカーンコーン。3限のチャイムがなる。おいおい神田さん授業始まっちまったよ。仕方がないから、俺は目についた教室にとりあえず飛び込んだ。
”神田、いるなら応答しろ。どうなったんだ?34教室い俺はいる。”
俺は神田にメールを送る。とりあえず連絡がすぐ来ないとは思うが、何かあれば分かるようにはしておいた。つかこの教室暗いがなんの授業をやるんだ?人もあんまりいないようだし、教授もまだ来てないようだし。
俺はそれから5分ほど待ったが神田の連絡も教授も来ない。これは・・・
学校案内を俺は広げる。「え〜と、3限の34教室は・・・空き教室・・・」もはや授業にすら参加できなかった。やばい。とりあえず神田に連絡を入れないと。
”ごめん。こっちは空き教室で授業なかった。つか神田さんどこいるの?連絡ください。”
ふー。俺は深く息を吐く。なんか疲れがどっと出た。もう3限は授業始まったし、俺は手持ち無沙汰になった。暇だから普段見ない携帯をなんども確認してしまう。が一向に連絡はない。とりあえず4限の授業が何あるのか確認した。俺が取ろうと思っていた授業は2限までに終わったから、3限以降は特に気にしていなかった。
だからこそ教室を間違えたわけだが・・・うるせー、ほっとけ。初日だからか、4限もそれなりに授業は
ある。少なくとも俺と神田が分業したところでどうにかなる授業数ではなかった。おいおい、これどうするよ?
しかし神田からは連絡が一向にない。割と冗談のつもりだったが本当に彼女の最後になってしまったのか?と思っていたら、神田からメールが来た。
”遅くなってすまない。交渉は上手くいった。”
さすが神田だ。あの連中の中にとっこみ、交渉も上手くできたとは。文章はまだ続くようだから読み進める。
”だが大変なことになった。とりあえず君はとる授業がなければ帰ってくれ。”
まさかのあの神田からそんなことを言われるとは思ってなかった。一体何があったのか?まあ時間を持て余しても仕方ないし、きっとめんどくさいことに巻き込まれているだろうし、巻き込まれたくない俺は帰ることにした。
”わかった。つか大変なことってなんだ?今度聞かせてくれ。とりま俺は帰宅する。”
そう連絡して俺は帰路に向かった。