花火大会
「春樹くん、今回もありがとう。」「いいえ、どういたしまして。」「合宿の後半はテンション低かったけど、大丈夫だったのかい?」「ああ、なんでもなかったよ。」俺は目をそらす。
あの合宿の日、田辺先輩がアリス親衛隊のメンバーではないということを確認した俺は、後日、神田に
メールにて連絡を入れた。合宿では俺がどれだけあの大学の連中に嫌われているのかがわかり、神田に話す
テンションはなかったからだ。
今日彼女といるのはそのお礼として彼女が俺にご馳走をしてくれるとお誘いいただいたからだ。
つっても大学近くのいつものファミレスだが。まあいいんだけどね。
「先輩はただのアリスちゃんファンだったってことだったね。」「まさにそうだな。」
神田も心なしかどこかホッとしている様子だった。まあ一番良かったのは俺だがな。田辺先輩は俺が校内1
嫌われている男だと知らなかったということもあり、親衛隊でなかったため俺の素性をバラされる心配も
なくなった。
「あれ、アリスちゃんじゃないか?」神田が窓の外に向かって指をさす。その方向に視線を向けると確かに
アリスがいた。
夏休みに大学?サークルをやっていないのに大学に何しに来てんだ?補習か?それにしてはやたらと
キョロキョロしているが。
「誰か来たね。」なにやら長身の男性だった。顔はこちらから見ると後ろ姿でわからないが、短髪にすらっとした長身から察するになんとなくイケメンそうだった。
「デートかな?」「そんな感じがするな。」まあアリスだってもう大人だ。デートぐらいするのは当然と言えば当然のことだろう。だがなんだこの気持ちは?知っている奴が知らないポッと出の男の元へ行くのはなんも言えない気持ちになる。これが娘を持つお父さんの気持ちだろうか?
「あ、こっちに来るよ」「へ?おい、隠れろ!」俺たちは潜入ミッションを受けたエージェントのように
息を潜めた。
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「どうやら中に入ってきたようだね。」彼女たちが店内に侵入してきた。これよりミッションを開始する。
アリスと何処の馬の骨ともわからない男の様子を探る。
「まさかだけど、こっち来るよ。」「へ?」あいつらがこっちの方向にきている。これはやばい。俺らはメニューを見るフリしてアリスたちが通り過ぎるのを待つ。ドクンドクン。心臓の音が高鳴る。見つかるかどうかのギリギリの駆け引き。これがスリルってやつ?
「あれー?春きゅんじゃん。」そんなしょうもないことを考えていたら見つかった。なんでわかったの?
そして神田さん、そんな俺のせいでバレたみたいな顔するのやめてくれない?
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「へー、二人はサークルで一緒なんだー」「まあな。つってもほぼ無理やryごほっ!」足に強烈な痛みが走る。そんな強く踏みます?
「そうですね。春樹くんとはいつも仲良くさせてもらってますよ。」神田はまるで何事もなかったかのように笑顔で答える。
「え?羨ましい!私ももっと春きゅんと仲良くなりたい。」アリスちゃん、彼氏の前でそれはまずくね?
なんなら俺の命に関わるからやめて。「おい、彼氏さんの前でそれはダメだろ?」アリスがキョトンとしている。
「彼氏?え?春きゅん覚えてないの?」「は?え?えっと・・・」俺はにごそうとした。あれ?お知り合いでしたっけ?
「えー、高校で一緒だったじゃん?涼太くんだよ!」「涼太?」全く思い出せない。つかお前は高校に俺以外の知り合いいたのかよ。「え、えっと、大友くんだよね?覚えてないのはしょうがないと思う。クラス違ったし。」身長とイケメンな顔からは想像できないぐらいに気弱な声で涼太が話す。「改めて自己紹介させてもらうと、ほ、細川涼太です。い、一応、山本さんと大友くんとは同じ高校出身で、今は浪人生してます。はは・・・」
だ、大丈夫か?と言いたくなるぐらいのボリュームで話してくる。しかも浪人で引け目を感じているのかなんだか知らないが暗いし重い。
「僕は神田ルナ。よろしく。ところで細川くんと山本さんはここで何してたんだい?」神田がかなり直接的な質問をする。
「えっと・・・第一志望がみなさんが通ってる大学だから、山本さんに案内をお願いしたんだ。入れるかは
わからないけど。ここに来ることによって少しでもモチベーションをあげられるようにね・・・あとは大学に間することで相談かな。」なんだろう、この哀愁は。やるせなさすぎる。
「そう!だから私が案内してるのさ。」アリスがドヤ顔でいってくる。
「そうなんだね。でも今日はお盆だから大学お休みだよ。」「「え?」」二人の声がハモる。お前ら夏休みで完全にボケてるな。
「気づかなかった・・・完全にやばかったね・・・私たち。でも春きゅん達と会えたし、まあオールオッケーってことで。」笑顔でアリスはそう言ってるが何がオールオッケーなんだか・・・涼太くんは困るだろ。
「そ、そっか・・・まあお休みとはね。まあ大学だって休みたいよね。毎日が日曜日だから、曜日感覚が
ない僕が山本さんを誘わなければ山本さんに無駄足踏ませる必要もなかったのにね。ほんとごめんね。」
「え!別に大丈夫だよ。また今度行けばいいしさ。みんなで。」おい、さらっと俺らを巻き込むんじゃないよ。
「み、みんな・・・!」断りにくい流れになっちまったじゃねーか。ふざけんなよ。「そうだね。高校の同級生水入らずで行ってくるといいさ。」おい、追い討ちをかけるだけでなく、関係ないふりして逃げようとするんじゃない。お前も行くんだよ。
「よし、じゃあ今度みんなで大学見学会決まりだね。あとさ。」アリスがモジモジしだす。「なに?トイレでも行きたいの?」「違うよ!みんなで今晩花火大会に行かない?なんかこうして知り合えたしさ。」アリスがこっちを見て言ってくる。いや、僕スカ?大学近くでアリスさんと一緒にいると怪しまれるというか・・・
俺は神田に助けを求め、チラッと彼女の方に視線を送る。当然、彼女は俺とは目を合わせない。こいつ・・・
「まあ俺はみんなで行くなら問題ないよ。ここにいるみんなで行くなら。」当然、神田の方を見ながら言う。
「そうだね。せっかくだしね。ただ僕もいいのかい?高校の同級生に水を差すような真似をしてしまって。」
「もちろん!というか神田さんに言いたいこともあるしむしろ来てくれると嬉しいな。」ん?言いたいこと。アリスが意味深な発言をする。
「じゃあ決まりだね!夕方6時に大学の正門前集合ね!」アリスは張り切って飛び出していった。おーい、
涼太くんも連れてってやれ。つか勘定・・・
「春樹くんの分は奢るよ。でも山本さんの分は誰か払ってね。」ちくしょおおおおおお。
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「春きゅーーん!こっちだよ!」アリスによばれる。アリスは本当に元男かと疑いたくなるほど、浴衣を着こなしていらっしゃる。本当、こいつがおとこだって知ったら、何人の人が信じるだろうか?
駅降りたらびっくりするぐらいの人の多さに俺は大学まで行くのに迷子になると思った。あーー、たどり着けてよかった。本当に。
「春樹くん、遅かったね。」「神田来てたの・・・」俺は唖然とした。「ん?どうした?」「神田・・・
浴衣なんて着るんだな。」腹に強烈な一発をいただく。「僕だってこう見えて女なんだよ?普通、浴衣ぐらい着るだろ。」
「二人は仲良いなんだね。」「「いや、全然!」」俺らはハモる。「そういうところだよ。いいなー。
大学入ってからはあんまり春きゅんと関われてないからな。」アリスが少し悲しそうにそう言った。
「いや、山本さん誤解だ。僕は春樹くんとは確かに仲良くさせてもらっている。だが彼とはなんの関係もない。彼も別に僕に対してなんの感情も抱いていない。彼とはただの友達?いや、知り合いだよ。」
「そうなの?本当に?まあいいや。あとでじっくり聞くから。それよりも涼太くん遅いね。」アリスは
キョロキョロと辺りを見渡す。
「えっと。先からいるんだけど。」「うわあ!」長身でイケメンなのに全くと言っていいほど存在感を
消していた涼太くんが突如現る。多分この場にいた全員が思ったであろう気持ち。いたんだ。
「あ、えっと、とりあえず行こっか!」アリスはごまかした。そして俺らも触れないことにした。
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「うわーすごい人だね。ほら、みんな早くー!」アリスがはしゃいでる。「春樹くんちょっといいかな。」
神田が突如そんなことを言ってくる。「どうした?」「いや、君はあのアリスちゃんから随分気に入られてるようだね。本当に付き合ってるのかい?」なわけないやん。ってこいつはアリスのことを知らないんだよな。
「高校が同じなだけだよ。」「ふーん。それにしてはアリスちゃんは君に好意を寄せているように見えるけどな。」「それはないって。つかなんだよ。そんな話ならもうしないぞ。」俺は話を切ろうとする。
「ごめんね。からかうのはもうやめるよ。ここからが本題。彼女ってサークルとかやってないんだろ?オカ研に入る気はないかなと思って。」「はあ?」こいつ何言い出すんだ?アリスがオカ研なんて入るわけないだろ。
「それはないだろ。」「いや、でもだよ?オカ研は君も見た通り、オカルトをほぼ研究していないと言っていい。むしろ一般の人が入りやすいサークルになっている。君という知り合いもいるし、彼女としても悪くないんじゃないのか?」言われてみればそうだ。確かに一見するとオカルトという分野で入りにくいかもだが、活動内容は全くもってオカルト向きではない。でも・・・
「なんでアリスを入れさせようとするんだ?」「簡単だよ。アリスちゃんは君ともっと仲良くしたいと
言っていた。同じサークルなら彼女の気持ちに答えてやれるだろ?」「なるほどな。でもサークルが一緒ならますます俺やばくね?親衛隊に何されるかわかんないんだけど。」「大丈夫だよ。表向きには君がこのサークルに所属しているなんて誰も分かりやしないよ。アリスちゃんほどの有名人じゃなきゃ、誰がどこのサークルにいるかなんて把握できない。」それもそうだな。考えすぎか。
「じゃあ誘うのか?」「声かけてみるだけで違うと思うよ。君が言えば一発だろうし。親衛隊メンバーがいるかもしれないから僕も一緒にいるからさ。」はあー。結局誘うのは俺なのね。しぶしぶ俺は了解した。
「おーい二人とも早くー。あっ!また二人でなんかお話ししてたでしょ?もうー。」アリスが頬を膨らます。
これがあの大河だと思わなければ音速で惚れてた。
「ごめんごめん。」ヒューーーどーん!気づいたら花火が始まってしまった。
「わあー、綺麗だね。春きゅん。」さっきまで怒っていたかと思ったら、急に元に戻る。全く忙しいやつだ。
「そう言えば山本さん。昼に僕に話したいことがあるって言ってなかったっけ?」神田が花火そっちのけで
切り出す。こいつさっさと誘うつもりだな。
「あーそうなの!実は私オカ研に入ろうと思って!神田さんに聞いたらどうやって入れるか知ってるかなと思って。」
「「え?ええええええええ」」
花火の音よりも大きい俺らの声がこだまするのであった。