第三章第三話 好きとかそんな気持ちは
やっと書けた、かもしれない。
セマニャならではなのかわからないけど、
冒険者ギルドという建物は、五階建ての、黒い煉瓦をベースに白い煉瓦で模様を描いた、予想以上の豪華な建物だった。
「……やっと着いたね。」建物を見上げながらアイツがため息をついた。
「やはりはやくどこかの女子でもいいので、捕まれてきてください。」
検問所からここまでの道順は至って単純。
中央商店街でまっすぐ歩けばたどり着けるものの、
途中で色んな女子に「どこから来ましたか?」やら「飲みに行かない?」やら「うちに泊まりにおいで?」みたいなストレートすぎる言葉まで投げられて、
普通に歩けば十五分ほどの距離が、一時間ほどかかってしまったのであった。
無視すればいいもの、
「ここ暫く滞在したいだろう?なら愛想をよくした方が色々と便利になるはず。」
「そんなのは一人でいる時にでもやってください。」本当に、いい迷惑でしかない。
「やはりやきもち、だな。嬉しいな。」
手はまだ繋いだまま。とりあえず女連れているのは一応見えるはず。
それでもそれほど話しかけられた、アイツの魅力はかなり怖いものだと思う。そしてそれほどの女性に勝てられそうと思われているのもふい思ってしまった。
「手、離してください。シエンさんの気持ちを汲んであげてください。」
旅の途中、たまに変なことしてきたので、ルーツたちにはどうやらただのいとこ同士と思われていないかもしれないけど、
ずっと見えていないか諦めていないシエンのために、手繋いだままはまずいだろう、と思って。
「これが俺のその気持ちへの答え、にすればいいじゃないか。」
なるほど。
でも、恋人同士だと思われてなんか悔しいというか。
またあの日の反応に取られては今度こそ異世界でもトラウマになっちゃいそう…
そもそもアイツは本気だなんて思ってないし、こっちもこっちでまだアイツの態度に完全な信用が置けない状態。
恋人のフリなんてしないほうがいいと思う。
ギルドの中には、かなりの数の人間がくつろいでいる。
食堂の中は更に人で溢れているようで、いつもこんな感じだなぁとすごく新鮮かも。
それでも、この手をどうにかしないと。
「お手洗いまで付いてくる気ですか?」
奥の手その一。
「外で待ってるから。」
「意味がわかりません。」そこまで執着する理由が見当たらない。
「頼むから、合わせてくれ。これからもお世話になりそうなパーティーには、はっきりした態度を取りたい。」
「なら自分で断ればいいではありませんか。人を巻き込ま… あ。」
そもそも目の前のこいつをここまで巻き込んだのは自分であることを自覚してしまった。
「…ごめんなさい。」
「そこがお前のいいところだ。」と優しく髪をくしゃくしゃしてきた。
なんか照れくさい。
「わ、わかりました。ここで落ち着くまで、恋人のフリに協力します。あくまでフリで、変なことはしないでくださいね。」
仕方ない。巻き込んでおいて、困るだろう環境に放り出すのは、いくらこいつのことが苦手であっても、良心が痛む。
「助かる。あ、頼み事がもう一つ。」
「面倒くさいことは断りますよ。」もう、図々しいったら…。
「その敬語、やめてくれ。」
「努力し…するよ。まだ慣れないうちには我慢してください。」
敬語で距離を取ろうとしてるのがバレたかな?
「よーし。お手洗いは?」手を強めに握って微笑んできた。
「うそで…うそだった。リエンたちのとこに行…こうね。」
いつの間にかアイツが指を絡ませて、本当の恋人みたいな繋ぎ方になった。
向かう先が一応知り合っている人たちなだけに、緊張が止まらない。
胃が痛くなってきた。
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「いいよ、付き合おう。」
目の前の、生徒会長というイケメンが微笑みながらそう言った。
教室が静まり返った。
はい?
あなたに向かって言ってるわけないよ。ショウさまほど素敵な人、三次元にはないよ?
たぶん今目が漫画みたいに点になってボケた顔になっているに違いない。
「会長、いくらなんでも、こんな冗談はきついっすよ。」よかった、隣の深森くんも冗談だと思って笑った。
「いや、本気で言ってますよ。お名前は?」
これはきっと幻聴だね。
「やだ〜鷹嶺くん、こんなキモオタ、冗談でも気持ち悪いよ?」廊下から生徒会長親衛隊の一人が走ってきた。
はい、目の前のは親衛隊が付くほどの大人気のイケメンである。
顔つきは確かに素晴らしいけど、このレベルだと観賞のままでいいと、常に思ってる。
性格とか現実のことを考えないで夢見続けたい、みたいな気持ち。
割り切ってたのに。
流石にキモオタと呼ばれたら気分が悪くなった。
「関係ないよ。僕はもう決めたから。」
「やだ〜なんのドッキリですか〜?」もう一人の親衛隊がやってきた。「鷹嶺先輩の何も知らない図々しいオタクに、現実を知らせるための芝居ですよね〜?」
だから現実は好きじゃないんだよね。
なんでこいつのこと知らなきゃだめなんだろう。
お陰で今は大嫌いになったよ。三次元なんて関わりたくないしリア充にもなりたくはないよ!
「ハハハ、見て、こいつ怒ってるよ!自分からコクといたのに!」
「待ってくれ、そんなわけには…」イケメンはこっちに手を伸ばそうとしてた。
これ以上気分を悪くさせないで。
目がすごく熱くて湿っぽい。
「鷹嶺先輩の優しさに付け込んで何をしようとしてるの?やだな〜キモい!」
「白川、冗談でももう二度と世界が違いすぎる人にコクるなよ?」
「そう、これからは鷹嶺くんに簡単に近づけないでちょうだい。ただの冗談もわからないなんて、気持ち悪いね。」
「こいつのこと好きなわけねーだろうが、自惚れにもほどがあるよね、さっさと親衛隊とともにと消えろよぉおおぉおぉ!!!!!!!」
精一杯、胸の中のどろっとしたものを吐き出そうとしたら、こんな言葉が出てきた。
本当にそう思ってるから。
そして鞄を取って廊下へ走り出した。
翌日から、クラスのみんなの視線で、気持ち悪くなるようになった。
なんとか昼間では耐えられたが、昼ご飯の時、もうなにもかも重くて、教室で吐いてしまった。それからより避けられた。
今まで普通にしてくれたみんななのに。
あれからあのイケメンとも会ったことがない。やはりそれは遊びだったと判断した。
意味分からなさすぎで、学校へはもう行きたくなかった。けど毎日頑張って行った。
バイトする度胸がない。
学校行かなければお小遣いもらえなくなったら、課金できなくなるから。耐えなくちゃ。
やはり私はキモオタだった。
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あの日の私が、今こうしてアイツと手繋いでいるの知っていたらどう思うかな。
あの日のように、ルーツたちも同じ反応取ったら…
そんな思いが止められなく、胃あたりが久しぶりに疼く。
「やはりあの日のことが…」
話してる途中で私の顔を見たら、アイツは続きをやめた。
立ち止まった私の顔色はどんな色だろう。
「そうです。気持ち悪い。また深森くんたちと同じようなこと言われたらもうだめかも…。」
頭が回らない。泣きたい。このまま隠れて引きこもりたい。
「あいつらは大丈夫だ。シエンだって、誠実に言えばわかってくれると信じてる。」
身長差があるからか、頭がちょうどその胸あたりに埋められた。
咄嗟の出来事に、頭の中が真っ白になった。
「約束するよ。あとでちゃんとこっちの事情を伝うから。な?」後頭部がまるで赤ちゃんみたいに、丁寧に撫でられてる。
無意識に、頷こうとした時。
「あれ?あんたたち…」シエンの声が聞こえる。
「そういうこと。ごめん、ずっと言いづらかったから…」真っ上からいつもと少しちがって不安そうな声が響く。
「…そ、そう、やはりそうなんだ…」
シエンの気まずそうな声が続いた。
「気付かないふりしてたけど、認めたくなかっただけだから、気にしないで!」
「ごめんな。」
「もう、いいから。さあ、ルーツたちも待ってるから、早く来てね?」
パタパタとシエンが走っていくのがわかる。
「ほら、行こう。」まだ撫でられた。
このまま甘えたい、いや、そんな気になってはならない。
「顔洗ってくる、先に行って。」微笑んでみせた。
「分かった。待ってる。」と、ほっぺたに先日手の甲と同じような暖かくて柔らかい感触が…。
三次元は怖い。
一瞬でも、甘えたい気持ちをさせたのが恐ろしい。
後ろ姿が消えたのを確認したら、
こっそりと、ゆっくりと、
冒険者ギルドから出て行った。
これからどうなるのかわからないけど、
もう、一人でいたい。
死神さん、私にくれた祝福を取り上げてくださいよ。
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いつの日か、
サボって校舎裏でゲームのランキングイベントを頑張ろうとした時。
「やはり盾になるような女がいればなぁ…モテすぎだろうお前は。」
「今のままでは学校にも迷惑掛けてしまうだろうな。考えておく。」
一人だけ、見たことがある、忘れられない整った顔。
もう一人は顔見えないからわからなかった。
そんなドラマみたいなことを話せるのは、やはり会長さんと同じようなレベルの人間か。
誰に言うつもりはないし、こちらが気をつけようと言っても接点がないから、
とりあえず、ゲームに集中しよう。ギリギリまで頑張りたいよね。
どうせ私には関係ない話だし。
悪い言葉投げられたところ、難しかったです…。
気持ち悪くさせてしまったら、ごめんなさい。